第35話

「──ほら、起きて。ねえ、リビア!」


 電車の中、体を揺すられてオリビアは瞼を開いた。

 姉との食事から一週間。


「んんぅ……? 着いたの?」


 今度は友達とのお出かけだ。


「もうっ、ほら行くよ」


 寝ぼけ眼ながらオリビアは友人に手を引かれて改札を抜ける。ビルの立ち並ぶ街セアノ。煌びやかさに目を覚まされる。


「これが……」

「そうっ! セアノの街! はぁ、私の王子様ぁ! 今会いに行くからねっ」

「ソフィはテンション高いね……」

「全く! テンション低い方がどうかしてるのよ! 年に一回のお祭り! それがエクスフェスティバルなの!」

「もーハイハイ。分かったから」


 呆れた様な顔をして見せるがセアノの街に興奮しているのは友達のソフィアだけではない。オリビアも浮かれている。


「すぐ始まっちゃうんだからさ! ほら、あんなに並んでる!」


 ずらりと並んだ老若男女にオリビアは若干の目眩を覚えてしまう。太陽の下、長時間待たされるのは結構な苦痛だ。顔に出るのを隠すこともできない。

 オリビアは料理で並ぶのはそこまで好きではない為、この行列も好きではない。

 時折に列を離れてきゃっきゃと笑う子供を見ては、少しばかり顔を顰める。


「……でも、ソフィもチケット買ったんでしょ?」

「あったりまえじゃん!」

「なら、入れるでしょ?」

「えー、それはほら始まる前にサービスとかあるかも?」

「私ももう少しだけ前向きになりたいよ……」


 隣にいるソフィアを見て溜息を吐きながら言うと、言われたソフィアはどこか自慢げに笑う。


「えへっ、えへへ」

「褒めてないから。……それにしても、こんなに子供も居るんだね……」


 チッチッチッ。

 指を左右に振って、分かってないなぁと言いたげな顔をして、彼女は蘊蓄うんちくを垂れる。


「あのね、リビア。あんた、分かってないよ!」

「何が?」

「パワードスーツこそ、子供に人気なの! それにイケメンも多いし! レディースは美人も多いから!」

「ああ、なるほどね……」


 思い出してみればたしかに自らの姉も美人であったなどと、関係ないことを考え始めていた。


「お姉ちゃん、居るかな……」

「え? リビアのお姉さん!? 何処どこ!?」

「いるかなって言ったじゃん」

「あ、そう。でもなあ、見てみたかったな」

「何で?」

「リビアのお姉さんって事は美人に決まってるじゃん!」

「如何してそうなるのよ……」


 理解できないと言うように、オリビアは肩をすくめて見せればソフィアはキョトンとした顔をする。


「そんなの、リビアが可愛いから」

「はぁ〜っ? 私が可愛い? ばっ、冗談やめてよ……」


 オリビアは顔を横に逸らすが、ソフィアには彼女のこの反応は照れ隠しだと知っているのかニヤニヤと意地の悪そうな顔をする。


「あっ、リビア! あれも出場する人かな?」


 彼女の視線の先には二人の男性と思われる姿があった。


「はいはーい、ちゃんと並んでくれよー」


 パワードスーツを身に纏った二人組の男は少し先の方から歩いてくる。


「はいはい、ごめんね。おじさんも仕事だから。ほら、列に戻りなさい」

「なあ、クリストファー……」

「……アーノルド、馬鹿なことを言うなよ」

「ナンパしたらダメか?」


 どうにもバカの様だ。


「……いや、ダメだろ。後でゴミクズの様な扱いを受けるぞ」

「む、そうか。はいはい、俺たちは真面目な隊員さぁ〜」


 ふざけた様なやりとりをしながらも、彼らは自らに課された職務をこなしていく。


「……違うと思うよ」

「そうだね」


 流石にこの二人の様子を見れば出場選手でない事は明らかだった様だ。


「追い越しは禁止だからな」


 言いながら、二人は今しがた追い越しをしようとした男女グループを摘みだす。


「最後尾からやり直せ」

「にしてもよぉ、クリストファー。警備の仕事ってこんなんなのか?」

「去年もやったろうが」


 文句を垂れるパワードスーツの言葉を聞きながら、もう片方は真面目な態度で業務を行なっている。


「すっご……」


 先程の一部始終を見ていたオリビアは驚きの声を上げていた。襟首を軽々と片手で掴み放り出すなど。

 鍛え上げられた男でもなかなかできることではない。


「ねぇ、ソフィ……っ」


 斜め後ろに立つ友人の名前を呼んだ瞬間、目に入ったのは友人、ソフィアの姿と暴走し高速で迫る大型トラック。


「え……」


 人を跳ね飛ばしていく。

 問答無用に。

 それに気がついたのは彼女だけではない。誰もが気が付き、最も早く動いたのは──。

 

「止まれェェエエエエエエ!!!!」

 

 パワードスーツを着た男、アーノルドだ。トラックの前に立ち爆発的に底上げされた身体能力により正面から大型トラックを受け止める。


「グゥォォォォオオオオッ!!」


 数十メートル押された状態で、トラックの前方が持ち上げられ、これ以上は進めない。これで終わりかと思われた瞬間。

 

 音が失われた。

 

 オリビアの、その場にいた多くの人々の体を襲ったのは一瞬の強烈な衝撃。

 引き起こされたのは数十メートルにも及ぶ大爆発。


「なっ、あっ……」


 その爆発の中心にいたのにも関わらず、無傷のアーノルドは爆風に吹き飛ばされた場所で顔を上げる。


「なん、だよっ。コレ……」


 燃え盛る人の身体。

 泣き喚く、火だるま。

 倒れて血だらけの老若男女。


「何だよ、コレはァアアアア!!」


 地獄、とでも言うのだろうか。

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