第34話

 

 レストランの看板が目に入る。

 高級なレストランの様な、ドレスコードを求められる堅苦しい場所ではない。

 女性が二人。

 ミアとオリビアだ。

 テーブルを挟んで対面して座り、オリビアはメニュー省と睨めっこしている。


「どう、リビア。決まった?」

「うーん、もう少し待って」

「そう。ならちょっとトイレに行ってくるわね?」

「うん……」


 オリビアの返事は適当な物で、ミアの声を右から左に聞き流しているのだろう事は直ぐにわかった。

 席を立ってミアはお手洗いに向かう。用を足して、手を洗い席に戻ると決まっていたのだろう。


「じゃあ、このパスタで」

「いいの?」


 ミアは長年、世話を見てきたオリビアのことを良く理解している。オリビアは悪戯好きで寂しがり屋で、それでも遠慮を見せる様な性格の持ち主。

 だから、この注文もまた姉であるミアに遠慮を見せているのだと考えて。


「本当は何が食べたいの?」

「……パスタで良いよ」

「ハンバーグ」

「うっ」

「遠慮しないの」


 愛らしさを覚えてミアもクスリと笑うと、オリビアは恥ずかしさと居心地の悪さを感じたのかモジモジとしている。


「……はあ、お姉ちゃんには隠し事できないなぁ」


 オリビアは溜息をついてグラスコップを手に水を口に含んだ。


「だって小さい頃から誰が面倒みてると思ってるの?」

「それは、お姉ちゃんだけど……」

「でしょ。うちはお母さんもお父さんも居ないんだし」


 八年前の両親の蒸発。

 そこからがミアの苦労の始まりだった。幼い妹を守る為の日々が始まった。妹には苦労はさせられないと労働の毎日。


「でも、苦労ばっかり掛けちゃってるのに」

「良いの良いの。ほら、今はあの頃よりは稼げてるし」

「そうかもしれないけどさ……」

「それにリビアは、まだ子供なんだし」

「じゃあ、大人になったらお姉ちゃんに恩返ししないとね」

「……期待してるわ」


 店員を呼びつけ、ミアが注文を終えるまでオリビアは口を閉じる。


「──以上で」

「ソースはデミグラス、ホワイトを選べますがどちらにしますか?」

「デミグラスで」


 注文の確認が終わり店員は戻っていく。

 ミアは手元にあるグラスコップを手に取ってよく冷えた水を飲む。


「そう言えばさ、お姉ちゃんは私の恋愛気にするけど、そっちこそどうなの?」

「ふぇ?」

「えー、だって私ばかり聞かれるのって不公平じゃない?」


 オリビアはハムスターの様に頬を膨らませて、不満げに眉を八の字にして見せた。


「いや、別に……」

「えー、本当に? 気になってる人とか居ないの?」


 妹に問われて思い浮かべてみるが、まずもってオスカーは論外である。彼を好きになってしまってはベルに怒られてしまう。マルコは父であるというイメージが強く、付き合う対象として考えられない。

 フィリップ、オリバーは兄弟の様な感覚を抱いている。では、残りのアーノルドとクリストファーだが。


「……いや、ないないない」


 口早な否定を呟いていた。


「えー、つまんなーい」

「まあ、恋愛の話を振った私が悪かったわ」


 溜息を一つ。


「じゃあ、お姉ちゃんって処じ──」

「場所を考えなさい」


 テーブルの上に置かれているオリビアの左手の甲を右手の指先で抓り、注意する。


「痛ったぁ……。ごめんなさい」

「それに私だって二十代前半。まだまだこれからよ……」

「ギリギリ二十代前半でしょ?」

「リビア?」


 ミアは笑っているが、目が笑っていない。恐怖を覚えて、オリビアは謝罪の言葉を何度も並べたてる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 その様子を見て、小さく息を吐いてミアは失笑する。


「……はあっ。別に怒ってないわよ」

「本当?」


 どこまで怯えているのか。

 上目遣いでオリビアは目の前に座るミアを見上げて尋ねた。


「本当。お姉ちゃんは優しいのよ」

「良かった〜。……さっき手の甲、抓られたけどね」

「うん?」

「何でもないです」

「そう」


 ささやかな姉妹の交流をしていると注文をした品がテーブルの上に置かれる。


「──さて、食べましょ」

「うん」


 ナイフとフォークを手に取って彼女達は食事を始めた。

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