第31話

「サクル。本当にやるのか?」


 黄色おうしょくの肌の男が、どこか迷いを感じさせるような表情を浮かべながら尋ねる。

 窓際のベッドに腰掛けているのは褐色肌の青年だ。感情は見えない。

 照明は付いておらず、部屋を照らすのは窓の外から差し込む日の光だけ。


「リズク……。当然だろう、これは我らの『正義アダーラ』に従っての行動だ。そしてアサドの、我らの願いの為にも必要な事だ」


 リズクという男にとって、彼らの願いに賛同する事は当然と言えた。

 アダーラ教徒の楽園の創造。

 これこそは聖戦なのだと言い聞かせて、リズクはこれから行う事を自らの中で正当化させてきた。


 アスタゴ合衆国は現在の世界の中心地とも言える。中でもイルメア州セアノは産業都市として有名であり、人口密度も高い。

 一年を通して最も人口が増える時期。

 それこそがエクスフェティバルの開催時期である。

 エクスフェスティバルを間近にして彼らもアスタゴ合衆国にやって来たのだ。

 旅行が目的というわけではない。


「だが、サクル──」


 リズクは自らの意見を述べようとするが、サクルは彼の主張を真面目に聞こうともせずに疑問を投げつけてきた。


「リズク、アサドの意思に刃向かうのか?」

「…………」


 リズクには答えられなかった。

 彼がリーダーとするアサドに刃向かうことはそもそもにして頭になかったのだ。


「何を見た」


 サクルの鷹の様な鋭い目がリズクを睨みつける。


「……何でもない」


 リズクはさっと視線を外した。

 何を話したところでも無意味で、自らの行動も結局のところは変えられないという事をリズクも悟ったのだ。

 首を横に振って否定と、思考の拒絶を行う。必要なのは『正義』に殉ずることだ。

 正義とは何か。


「今更、何を怖気付く」


 語るサクルの目には迷いがない。

 きっとこの計画をやり遂げて、彼は『正義』を謳うだろう。


「我らの命は、我らの『正義』の下へと」


 正義とは彼らの神だ。

 なによりも重大で、なによりも大切にせねばならない彼らのルールだ。

 『正義』は迷わない。迷ってはならない。揺れる事を許されないのが正義と言うものだ。正義とは不変のものでなくてはならない。

 状況によって変わってしまう可変の正義などあり得てはならない。

 だから、彼らの心が揺れてしまうことも悪と言えるはずだ。


「この大陸に居るのは我々だけではない」


 より多くのアダーラ教徒がアサドの指示によってこの地に赴いている。

 彼らが望むは楽園の創造。

 その為であれば、喜んで彼らは土壌に成る。


「これは聖戦だ」


 サクルは宣言する。

 ならば、これは正義の下に行われる生存競争だ。

 優しい青年が落としたフォークを拾った。道に迷った自分を心優しい童女が案内してくれた。

 だから何だというのか。

 そんなモノはこれから遂行される正義には何一つとして関係ない。


 ──……新しい物を用意しますね。

 ──こっちだよ、おにいちゃん!


 青年や童女、少年らが正義を行なった様に、サクルらも正義を。

 悍ましい正義が此処には存在してしまっていた。

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