第32話

 

「ここら辺だよな……」


 オリバーは懐かしさを覚えていた。

 彼が今、立っているのは何の変哲もない歩道だ。


「おい、そこのお前」


 ふと背後から声をかけられて振り向けば白人の男が悪辣な笑みを浮かべて近づいてくる。嫌なものだと、オリバーは辟易とした表情を浮かべる。


「何ですか?」


 なんとなく、思い出を辿ってここに来て見れば相変わらずに黒人に対する差別意識は薄まっていない様だ。


「いやぁ、お前が余りにも犯罪を起こしそうな顔しててなぁ。偶には事件が起きる前に解決するってのが評判的にも良いんだよ」


 腹いせの間違いだろうに。

 警察と言っても、アーノルドやクリストファーとは全く違う。余りにも下衆な考えが透けて見える。

 彼らがどれほど良心的な存在なのかもよくわかる。黒人のアーノルドと白人のクリストファーは仲が良いのだが、それは稀な例なのだろう。

 本来的には黒人と白人の関係などアスタゴ合衆国という国ではこうあるべきなのだ。


「まあ、反抗しても公務執行妨害ってやつだ。大人しくお縄につけよ」


 取り出したのは拳銃。

 軽々しく、重たい銃口をオリバーに向けた。ただ、オリバーは取り乱す様な事はない。


「……はあ」


 やれ、面倒な事になったと。

 理由はよく分からないが、どうしたものかと。これがアーノルドであれば、まず殴るという蛮族じみた思考をするだろう。クリストファーも答えは同じになるはずだ。


「──ん、オリバー?」


 聞き覚えのある声が前方から聞こえて思考の為に下に向けていた視線を上げると、やはり居たのは見知った顔だ。


「あ、フィリップさん」

「何してるんだい?」


 尋ねるという形を取ってはいるが、しっかりと現状を把握している。


「いや、言い掛かりを付けられたと言いますか……」

「そっか。まあ、分かってたけどね」


 拳銃を片手に持っている警察官にジロリとフィリップは鋭い眼差しを向ける。


「キミ、何のつもりかな?」

「は、はは。私はただ平和の為に……ですね」

「そっか。ならキミの正義感は全くの見当違いだ。彼はボクの仲間でね」

「この、黒や──」


 言葉を最後まで吐き出せなかった。

 フィリップの殺気が警察官の体を突き刺す。余りにも濃密な殺意に膝が震え、冷や汗が吹き出す。


「今、キミは何て言おうとしたのかな? いや、繰り返さなくても良いんだ。怒りでキミを殺してしまいそうになる。ボクは悪という人種が嫌いでね。それが正義を名乗る事、つまりキミみたいなのは一番腹が立つんだ。だから……早く失せろ」


 フィリップのどす黒い瞳と白人の警察官の目が合った。死神が目の前にいる様な錯覚。


「はっ、はぁ……」


 警察官は呼吸する事すら困難な状態に陥ってしまう。先程までは差別の被害者であった筈のオリバーも気の毒そうな表情を向けている。


「早くしろ」

「は、はいぃっ!」


 見っともない顔をして、滅茶苦茶な姿勢で怯えた様子を隠しもせずに彼は背中を向けて逃げ出した。


「──さて、オリバー。ちょっとそこでお茶でもしないかい?」

「あ、はい」


 先程の鬼の形相を見ていたオリバーの心も完全に萎縮しきっていた。

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