第30話
アリエルの『牙』や、装備の調整確認を終えた頃、基地の外に出ると僅かに太陽が西に傾いていた。
「ここだよー」
シャーロットの案内を受けてアリエルらはカフェテリアに来ていた。
店の内観はシンプル。
壁は清潔感を感じる白一色、床は黒のタイル。落ち着いた雰囲気が有りながらも客足も少なくなく、少しの雑音が心地いい。
「中々、良い場所ですね」
視線を左右に彷徨わせ、カタリナが感想を呟くとシャーロットも「でしょー?」とまるで自分のことの様に自慢げに言った。
「ここはね、私の思い出の場所なんだー」
「そうなんですか?」
アリエルはシャーロットの言葉に興味を持ったのだろう。内観を物珍しげに見ていた視線をシャーロットに合わせた。
「そうなんだよー」
ニコニコしながら、シャーロットは四人がけの席の椅子を引いて座る。カタリナとアリエルも彼女に倣って席に着く。
「おっと。……あ、えっと。すみません」
カタンと音がしてどうしたのだろうとアリエルが振り向けばどうやら中東出身と思われる黄色に近い肌の色をした男性だ。
座っているが男はかなりの長身であることは分かった。
「……新しい物を用意しますね」
駆けつけた店員が、中東の男性がフォークを拾うより先に拾い上げて持っていってしまう。直ぐに先程の店員の青年が戻ってくるのだろうと思い、アリエルはシャーロットに視線を向けた。
「アリエルさん?」
「あ、すみません」
「いいよー」
「それでさっきの事なんですけど……」
「昔にちょっとね……、仕事のことで悩んだりしたんだけど」
「それって……」
『牙』の事ですか、とアリエルが尋ねようとすると予めどんな質問が来るのかを理解していたのかシャーロットは首を横に振った。
「……昔、いやそんなに前じゃないか。アリエルさんが多分、十歳くらいの頃かな」
「…………」
「私、これでも学校の先生だったんだー」
シャーロットは懐かしむ様に苦笑いを見せる。それでも様になるのだから美人は得というものだ。
「それでね、やらかした時とかもここに来たりしてさー」
「やらかし?」
「んー、まあ色々とね」
カタリナの質問に対して、シャーロットははぐらかして答えようとはしない。
「ほら、カタリナさんもアリエルさんも」
メニュー表を取り出してテーブルの上に置く。乗っているのはドリンク、パイ、パスタとどれも食欲を唆る。
「パスタも絶品なんだよー? マルテアで料理の修行をして来た人もいるみたいだし」
味には自信があるのだろうことはよく理解できた。マルテアの料理の味の事はカタリナにもよく分かっていた。この店はマルテアで修行をして来たと売りにする程なのだから中々の腕前なのだろう。
「何食べても美味しそう……」
メニューに見えるのは殆どが文字だけであるが、シャーロットの説明を聞いたカタリナはどのメニューもが魅力的に見えて仕方がなかった。
「アリエルちゃんは決まったの?」
「じゃあ、私はこれで」
アリエルが指さしたのはメニューにも大きく乗っているボロネーゼの文字だ。
「定番だねー」
「私は何にしましょうか……」
悩みながらも、カタリナはペスカトーレを選ぶとシャーロットは何を頼むのか既に決まっていたのだろう。
「えーとボロネーゼ二つとペスカトーレを一つ。あと、アイスコーヒーを……」
シャーロットはチラリと二人を見てから「三つ」と告げる。
彼女は店員を呼ぶとさっさと全員分の注文をしてしまう。
「……アイスコーヒーで良かったかな?」
「私は大丈夫です」
カタリナが答えてからアリエルの方へ顔を向ける。
「アリエルちゃん、大丈夫?」
「コーヒーですか?」
アリエルはコテンと首を傾げて見せる。
「分かりません、飲んだことがないので」
「そうなの?」
彼女ほどの歳になればコーヒーを飲んだ事はないと言うのは中々、珍しいのではないだろうか。
「甘い方が好きだろって言われて、お父さんは良くココアを作ってくれましたけど」
アリエルの言葉に勝手に注文してしまったシャーロットは僅かな不安を抱く。
「大丈夫だと思います!」
「そ、そう?」
ただアリエルは自信ありげなのだから止めるのもどうなのだろうか。
シャーロットは、どこからこの自信が湧いてくるのだろうと思いながらも、かつての教え子にも謎の自信に溢れていた子がいたものだと懐かしさをも覚えていた。
「飲めなかったら私が飲んであげるからね、アリエルちゃん」
「はいっ」
子供扱いをされているとはアリエルは考えなかったのか屈託のない笑顔を浮かべる。
とは言え、カタリナの頭の中に浮かんできたのは桃色の思考だ。これはうまくいけば間接的な接吻が出来るのでは、という浅はかな物。
実に、欲望に忠実なことである。
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