第3話

 アリエルが入った部屋は人が生活する部屋、と言うには少しばかり家具が少ない。あるのは大きな机と椅子。

 椅子には一人の中年男性が座っている。

 自己紹介の通り、彼こそが『牙』の団長であるマルコ・スミスであった。

 フィリップはアリエルが部屋の中に入ったのを確認してから、立ち去ってしまった。


「よくもまあ、ここまで無事に辿り着けたものだ」


 マルコの目の前に立っているのが若い女性であったと言うこともあってのことだ。暴走機関車の如く暴れるベル・モーガンのことを、団長である彼が把握していないわけが無い。


 ベルの暴走の原因は彼の補佐を務める、オスカー・ハワードという副団長が原因であったのだが。

 地毛の黒髪を整髪料でオールバックに纏めた、細目のやけに色気のある男で、映画の主演であるなどと言っても、それで誤魔化すことが出来そうなほどの容姿の秀麗さである。

 彼の見目の美しさに、マルコも少しばかりの嫉妬を覚えないこともない。


「名前は?」

「アリエル・アガターです!」


 大きな声での返答にフムと少しばかり考えるような態度を見せてから、一つ質問をする。


「そうだな……、君は人を殺せるか?」

「分かりません……」

「……ははっ、まあそうだ」


 人を殺せるかと聞かれて、人を殺せると答えるのは殺人鬼であったり、何度も戦場に向かっては生き抜いてきた軍人や傭兵くらいのものだ。


「なら、そうだな。少し聞き方を変えよう……君は君の大切なモノの為に自分の手を汚す覚悟があるか?」


 イエス、と答えたとしても、目を見ればマルコには分かる。この程度の簡単なこと。それくらいは見抜ける程に歳を重ねてきたのだから。


「はい」


 自信を持って答えたアリエルの目を、マルコはじっと見ていた。


「──合格だ。あのモーガンに襲われても何とかなってたんだ。強さには問題ないだろう」


 マルコは溜息を吐いた。


「これは鍵だ。君はエヴァンスと歳が近そうだ。歳が近い者同士の方が気楽だろう」


 マルコが携帯電話を取り出して誰かに連絡を入れる。


「少し待っていてくれ、アガター。君の同室の者をここに呼ぶ」


 連絡が繋がったのか、通話を数十秒ほどか、そんなにもかかっていないかで切った。

 通話が終わり、五分ほど待つと扉を四回ノックする音が響く。


「入れ」


 マルコが告げると扉が開かれる。


「失礼します。エマ・エヴァンス、到着しました」


 入ってきたのは銀髪をショートボブほどの長さに切り揃えた、青紫の目、雪のような色白の肌の少女だ。身長はアリエルよりも少し高く、百六十八センチメートルくらいだろうか。身体は鍛えられているのか、思いの外にがっしりとしている。年齢は十代後半。アリエルと同じ程に見える。


「エヴァンス、『牙』の新メンバーのアリエル・アガターだ」


 マルコがアリエルの方へと視線を向けると、エマと呼ばれた少女も彼に倣ってアリエルに視線を向ける。


「アリエル・アガターです」

「マルコ団長の紹介に預かりました。エマ・エヴァンスです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします?」


 アリエルも挨拶を返し、差し伸べられていたエマの右手に向けて自らの右手を伸ばす。

 アリエルが伸ばした右手がギュッと握りしめられる。


「よし、案内をして……、といっても、そこまで施設の数は多くないな」


 マルコが溜息を吐きながら、小さくつぶやいた。

 この施設にあるのは、彼ら『牙』専用の訓練施設、射撃訓練室、後は彼らの住むことになる部屋くらいの物だ。


「まあ、仲良くしてくれ。退室していいぞ」


 彼の言葉を聞くと、エマとアリエルの順番で失礼しましたと言うと部屋を出て行った。

 廊下に出ると、早速エマがアリエルに話しかける。


「アリエル・アガター」


 話しかけると言っても名前を呼ぶ程度であったのだが、初対面であれば仕方がないだろう。


「はい……?」


 どうしたのだろうと、疑問の成分の多い返事をする。


「私、貴女のことをアリエルと呼んでも良い?」

「え、あ、はい。ご自由に」


 呆気にとられて、少しばかり挙動不審になってしまう。無表情のままエマは話を続ける。


「私の事はエマって呼んで」


 少しばかりの圧力を感じながら、アリエルは彼女の言葉に従う。


「エマ、さん……?」

「エマ」

「エマ……」


 名前を呼ぶと、彼女はこれ以上の言及をしなかった。満足したのかはわからない。何せ彼女は、始終無表情であったから。

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