第4話

 エマ・エヴァンス。

 彼女は類稀な身体能力を有する女性であった。十代後半、彼女はそこらの軍人以上の力を持つ『牙』の一員として務めている。

 彼女の曾祖父、アイザック・エヴァンスは軍人退役後も、先の大戦をタイタンの整備士として支え、戦争から二十年ほどしたある日にこの世を去った。


 当時、赤子であったエマには詳しいことは分からない。それでも、彼女の母からはとても優しい人であったことは聞かされていた。

 アスタゴの教科書には『悪魔』として、その名前が語り継がれていた。

 最も、身近な英雄。それがアイザック・エヴァンス。そんな彼の血を引くエヴァンスの家族は何処か比較され、そんな英雄に対して劣等感を覚える所もあった。


 ただ、彼女、エマは違った。

 もしかしたら。

 などと世間は彼女に期待していたのかもしれない。

 ただ、それは彼女にとってはどうでも良い話、などとは言い切れなかった。『悪魔』と呼ばれるほどの曾祖父に彼女は憧れたのだ。

 だから、こうして彼女は『牙』にいる。


「アリエル」


 エマが振り返り、アリエルが居ることを確認する。


「ここが、『牙』専用の訓練室」


 二人が居たのは『牙』の専用訓練室。

 とにかく、広い空間。

 ただ地下を四方にくり抜いたようにも思えるその空間は、ただ広く、それ以外には何もない。


「広いね……」


 だとしても、もう少しくらい設備が整っていても良いはずだ。


「専用って言ったけど、ここではどんな訓練するの?」


 質問をした瞬間に、エマの拳が風切り音を出しながらアリエルの顔に迫る。

 アリエルは首を少しだけ横に曲げて、エマの右拳を避ける。


「うん、良い反応……」

「と、突然だね?」

「驚いた?」

「まあ、それはね……」

「でも、これならベルと戦っても大丈夫なのは納得」

「で、ここはどんな訓練をする場所なの?」

「それは。『牙』の為の……」


 彼女の説明を受けていると、階段を靴の底が叩く、カツンカツンといった音が響く。


「誰だろ?」


 アリエルが背後を見ると、そこには先程、アリエルを襲撃したベル・モーガンが階段から降りてきているのが見えた。

 彼女もアリエルを認識したのか、階段で立ち止まる。


「アンタ……!」

「ど、どうも?」


 アリエルは対応に困りながらも挨拶をすると、階段の方から舌打ちが聞こえてきた。そして、カンカンと足早に階段を降りてくる音がする。


「団長に認められたら、仕方ないね……」


 言葉の割には、彼女は、何処か嫌だと言いたげな表情を浮かべている。


「おい、エマ。付き合いな!」

「うん」

「え、どう言うこと?」


 困惑。

 何が起きるのかが分からずに、アリエルはエマの方へと視線を向ける。


「この訓練施設の意味、直ぐに分かるよ」


 エマとベルは階段を上っていった。


「……待ってろって事だよね?」


 一人、広い空間にアリエルだけが取り残された。

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