第102話
掠める弾丸、刃が、ただでさえ薄いリーゼの装甲を削っていく。ただ、阿賀野も致命の一撃を巧く避けている。
奮闘している。
猛威を振るう攻撃の嵐を右腕一つで防ぎながら、時には攻撃に転じる。先程まで当たることのなかった攻撃も少しではあるが、当たるようになっていく。
とは言え、阿賀野の攻撃はどれもタイタンの肩の装甲、脇の装甲を撫でるばかり。
赤い装甲が僅かに剥がれる。
「ふっ!」
銃での攻撃には何よりも早く対応せねばならない。盾のない現状、攻撃は避ける他ないのだが、圧倒的にハルバードを振るう速度よりも速いのだから。
「クソったれ!」
銃口をリーゼから外される。
タイタンの撃ち放つ弾丸が地面を抉る。
「わかってんだよ!」
この隙を両腕のあるタイタンは見逃さずに突いてくる。
勢いがつく前に大剣で迎え撃つ。
先ほどの様に、大剣を盾にするだけでは無惨にも引き裂くだろう。それは阿賀野の命ごと。
ぶつかり合って、距離が生まれた。
瞬間に阿賀野は駆け出していた。
ノータイム。
思考より早く。
「オラオラオラァッ!」
鋭く、速く連続の斬撃を見舞う。
斜め上から切り下ろし、斜め下から切り下げる。横へ一閃。
「嘘だろ……」
殆どが盾で防がれてしまう。今までの戦闘、盾を切り裂いてきた阿賀野の一撃が盾によって防がれてしまった。
本来、何もおかしな話では無い。
だが、阿賀野の膂力があれば、盾など無視して命を奪い取ることができていたはずだ。
何が原因だ。
疲労か。
確かにそれもあるのかもしれない。
ただ、矢張り。何よりも、彼の乗るリーゼのスペックが低下を続けているというのが最もの原因なのだろう。
有効打が消えた。
いや、厳密にはある。
また、リーゼに無理をさせればいい。
人間にして見れば、重大な欠損を抱えた右腕で無理矢理、最大の力を込めた殴打を放てと言う様なもの。
無茶な機動を行うと、阿賀野のリーゼはその瞬間に機能を停止させてしまうだろう。有効打が消えた瞬間に完全に勝利の目が失せる。
決めなければならない。
必ず、その一撃で終わらせなければならないのだ。
この様な敵に、一撃を決められるほどの隙などある物だろうか。
恐ろしい程に完璧。
それが阿賀野がミカエルに対して下した評価であった。
思考に溺れたのは一瞬。
「ぐっ……!」
力強いタイタンの足に、リーゼの腹が蹴り飛ばされ、ビルの壁に衝突する。
巨大で重厚な体がビルにぶち当たったことで、ガラスは割れて、火花が散り、脆く建造は崩れていく。
『チェックメイト』
王手を宣言するミカエルの声が聞こえた。
ミカエルは再びスピーカーのスイッチを入れたのだろう。タイタンから紡がれた声。阿賀野は、ハルバードの穂先をコックピットのある位置に真っ直ぐに向けるタイタンに視線を向けた。
『俺の勝ちだよ』
何故、止めを刺さないのか。
勝者の余裕のつもりなのだろうか。
この様な行為に出たのも、この場には、既に阿賀野とミカエルの戦いを邪魔するものは居ないと思ったからだろう。
チェックメイトの言葉が阿賀野に理解させる。目の前の男、ミカエルは完膚無きまでに阿賀野に敗北して欲しかったのだ。
「参った、……って言って欲しいのか?」
リーゼのスピーカーのスイッチを入れて阿賀野が尋ねると、ミカエルが饒舌に答えた。
『俺はどっちでも良いよ。君は負けを認めて言ってくれるのかい? それなら、そうしてくれた方が嬉しいかな。ゲームも参ったって聞く方が嬉しいからね』
何だ、それは。
『「
馬鹿馬鹿しい。溜息を吐いた阿賀野は彼の言葉の全てを否定する。
「俺はまだ、負けてねぇ……。まだ、終わってねぇよ。俺が死ぬまで戦いは、最強は終わってねぇんだよ」
負け惜しみにも聞こえた阿賀野の返答に、ミカエルは至極残念そうに告げる。
『どう見ても君の負けだ。何を言ったところで理解をしようとしないのなら、君はきっと現実を理解しようとしない可哀想な奴なんだね』
現実を教えてやろう。
それは死を伴って。死が全ての解である。ミカエルは、死を持って目の前の敵は敗北という言葉を受け入れる筈だと考えたのだろう。
ミカエルはハルバードを突き刺し、止めを刺そうと右腕を僅かに後ろに下げた。
『さよなら、名も知らぬ戦士────』
楽しかった、今までで一番。
彼は感想を吐き捨てる。
これは、ミカエルの嘘偽りのない本心からの言葉であった。
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