第103話
陽の国の訓練施設、司令官室のモニターに映し出された映像。それは圧倒的なまでの敗色濃厚。
瞬く間に二機のリーゼを破壊され、最後の一機もまた、攻めあぐね、ボロボロの機体を更に削られていった。
一瞬の希望が見えた岩松の期待を、軽くへし折る程の絶望がその大地に君臨していた。
ハルバードを突きつける赤色の巨神の姿が、映像として映し出される。
それがまるで、陽の国全体への勝利宣言の様にも思えて、恐ろしく感じてしまうのだ。
最後の抵抗。
悪足掻きと呼ばれてもおかしくないほどの、最終手段。岩松は自らの手元に有るスイッチに目を向けた。
このスイッチはリーゼの中にしかけた爆弾を作動させる遠隔起爆装置である。
リーゼを究極の爆弾へと変える最悪の装置。中栄国との戦争にて、その威力を発揮した最悪の兵器。
三機同時の爆破が起きれば、目の前のタイタンなど軽々と破壊できるだろう。たった一機の爆発ですら、甚大な破壊を及ぼしたのだ。
こんなものを使えば、アスタゴの戦場となっている、あの街の建造の悉くが吹き飛ぶ事になるだろう。
勿論、リーゼのパイロットは原型を留めない状態になるはずだ。
「四島君、申し訳ないな。だが、陽の国のために玉砕してくれ」
岩松が粛々と言葉を漏らした瞬間に、負の感覚が三人の居る一室を包み込んだ。窓の外は、夜の暗い空からポツポツと雨が降り始めていた。
「さよならだ……、四島君」
佐藤は不穏な気配に気がつき、懐から拳銃を取り出そうとする。八ミリ口径のオートマチック拳銃。弾丸は既に装填されている。
リーゼの中距離砲と比べては烏滸がましいが、それでも人の命を奪うには充分で、遠くの命を守る可能性を有している。
──間に合わないのか。
マイナスな思考が過ぎる。
安全装置を外したのか。本当に撃っても大丈夫なのかという不安以上に、間に合わない事に対する恐怖が湧き上がる。
佐藤の思いを知ってか知らずか、彼よりも早く坂平が動き出していた。
「──坂平! 岩松を取り押さえろ!」
佐藤は咄嗟に叫んでいた。
岩松に対する敬称などない。
不穏な気配を掴んでいたのは佐藤だけではなかった。
「何もさせるな! 阿賀野たちが死んじまう!」
佐藤の叫び声と共に、
ドンッ!
と、机に叩きつける音が響く。
坂平が、岩松の体を力任せに押さえつけたがために発生した音だ。
叩きつけられた衝撃に岩松は顔を顰める。
「ぐぁっ! ……っ、阿賀野、だと……?」
机に押さえつけられた岩松が、目を見開き尋ねる。
「──あ。俺がバラしちまうのか。……はあ、まあ、もう隠す必要はねぇよな。……アスタゴの戦地に向かったのは四島じゃない、阿賀野だ」
「乗船確認は……。佐藤、お前だったな……!」
恨み言を吐き出して、岩松は佐藤を睨みつける。
そしてすぐに自分を取り押さえる坂平にも文句を叫ぶ。
「坂平ぁ! 何故、私の邪魔をする!」
「……岩松管理長。あのスイッチは何ですか」
極めて冷静に、坂平が尋ねる。坂平が床を転がるスイッチを見ていると、佐藤が拾い上げる。
「死んでしまうとは、何ですか!」
その説明を岩松は行わない。
自分の口から説明をするつもりはないだろう。
「玉砕つってたから、自爆装置の起動スイッチみたいなもんだろうな」
あくまでも佐藤の予測。だが、彼の予測は当たっていた。
玉砕。
国の為へ命を捧げるという事。その為の決死の攻撃。
佐藤の言葉に理解が及んだ。玉砕などと不穏な言葉が、自爆を表していると考えるのであれば納得ができる。
「……何が悪い! 役に立たなくなったモノを再利用するだけだ!」
余りにも最低な物言いであった。開き直った様な態度を見せながら、岩松は叫ぶ。
だからだろう。坂平の感情を、怒りが染め上げていく。
押さえつける腕の力が増していく。
今、彼が取り押さえている男は、命を消耗品とするつもりであったのだ。
「貴方は……、貴方は! 子供の命を何だと思っている!!」
今までに無いほど坂平は感情的に叫ぶ。堰き止められていたものの全てが口から出てきてしまう。
「自分の孫娘を戦場に送るくらいだ。どうでも良いんだろ……」
蔑む様な冷徹な声がスルリと佐藤の口から漏れる。
「……佐藤、お前はどこまで知っていたんだ」
そして坂平の矛先が佐藤に向いた。
「こっちだって何となくだ。ただ、俺は岩松を信頼なんかしてなかった」
国の為であれば家族であっても犠牲にできる様な人間で有ることは分かっていた。
「……そうか」
坂平の声には多分に息が混じり、囁きの様な物となっていた、
「悪かったな、……助かった」
佐藤は感謝の言葉を伝えてから、モニターに視線を移す。
戦争はまだ終わっていない。
モニターの向こうにはタイタンがいる。
タイタンを映し出している画面は二つ。片方は正面にタイタンを映し、もう一方は何かを狙うかの様にタイタンを横から見ている。
ハルバードを突きつけられているのはきっと、阿賀野が乗るリーゼであろうことだけは、佐藤にもわかっていた。
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