第85話

 僅かな明るさの道を巨大な黒が音を立てながら歩く。

 内一機、その中に居る一人の少女は短く浅い呼吸をする。


「はあっ……、はあ……」


 玉のような汗が額に滲む。不快感を覚えながらも、美空はリーゼの足を止める事はない。

 街を抜けた先にあったのは道路のみの荒野。敵影も無い。


『少し休むかい?』


 尋ねる九郎の声には疲労の色は薄い。間違いなく、最も体力を消費しているのは美空だ。


「冗談でしょ……?」


 こんな敵地のど真ん中で、のんびり休憩をするなどと言う考えは美空には思い浮かぶはずもなかった。

 これだけ開いた場所で無防備に休むことなどできるわけがない。


『まあ、リーゼの外殻は硬いんだから攻撃にはそれなりに耐えられる』

「だとしてもロッソが来たら……」


 余りにも危険すぎる。


『まあ、君がいいって言うなら良いんだけどね』


 阿賀野と九郎には休憩は不要であった。九郎はこう言った疲労には慣れていた。体力的な余裕が充分にある。

 阿賀野はと言えば、脅威的なバイタリティからパッチワーク・リーゼをも乗りこなしており、疲労を一切感じさせない動きをしている。

 阿賀野には今までの戦闘、進軍行為には疲れを感じるようなものは無かったのだ。


「少しだけ……」


 日が覗く中、その空を見上げながら美空は答えた。


『まあ、そこまでの時間も取れないから一時間とかそれくらいなんだけどね』


 日が昇り始める中、彼らは荒野の真ん中に立っている。


『君もそれで良いかい?』


 九郎が阿賀野に確かめる。


『ああ、構わねぇよ』


 阿賀野は興味なさげだ。阿賀野は早く進みたいものだとばかり思っていた。

 この二人の歩みを止めたのは紛れもなく美空である。

 仕方がないと言うような部分がある。アスタゴに上陸してから、リーゼの起動時間は四時間を超える。ここまでの起動は誰も経験したことがない領域だ。

 だと言うのに、阿賀野と九郎を見ているとまるで自分が足を引っ張っているのだと感じてしまう。いや、足を引っ張っているのは間違い無いのだろう。


「悪いと思ってる」


 美空が謝るが、九郎も阿賀野も気にした様子は一切見せない。それがどうしてなのかは美空には分からない。

 ただ、阿賀野の感情を語るとするならば、一言で済むだろう。


『大丈夫だ。俺はお前に期待なんかしてねぇからな』


 迷うことなく、言い澱むこと無く阿賀野は口にした。


『足を引っ張る事に一々、文句は言わねぇよ』


 阿賀野の言葉は余りにも正直すぎた。

 彼女は阿賀野の期待通りの動きはしないと想定していた。その上での、この発言だった。

 だが、何と言われても美空は気にしない。阿賀野の言葉を全て受け止め、ストレスを溜めるほど、美空は愚かになったつもりはない。

 美空の乗るリーゼは一時的に機能を停止させた。

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