第86話

 東海岸からそれなりの距離ができていた。


「ああ、そうだアダムさん」


 タイタンに乗ったミカエルが思い出したように言う。


『どうした?』

「流石に俺が着くまでに負けてたら、それはもう勝ち負けどうこうの問題じゃないから」


 それもそうだ。

 戦う前、戦場に辿り着くまでに終わっていては全てが水の泡になってしまう。


『君が辿り着くまで時間を稼げと?』


 確かめるように尋ねると、ミカエルは迷うことなく答えた。


「そう言うこと」

『ほぼ大陸横断と同じ距離だぞ。最低でも──』


 アダムの言葉を途中で打ち切り、ミカエルが断言する。


「一日、二十四時間以内にそこまで着くようにする。出来るだけ足止めしといて」


 到底、敵うはずもないと思うような事だ。妄言と捉えられてもおかしくは無い。だと言うのに、どうしてかミカエルの言葉には強い自信があった。


『そうは言うが、ミカエル。タイタンもそこまでの数はもう残されていないんだぞ』


 ただ、アダムは彼の言葉をそのまま鵜呑みにする事はできない。

 破壊された数で考えれば相当な被害だ。それでも未だにタイタンの貯蔵がある事は誇ってもいいだろう。


 未だ、タイタンの残機があるのはアスタゴが経済大国であった事も一つの要因だろう。

 現在、この世界で経済の主軸となっている国はアスタゴ合衆国、ノースタリア連合王国などの先進国家である。


『そこまでの時間を稼げるかも分からない』


 アダムはそんな不安を口にする。


「いや、大丈夫だよ。向こうもアダムさん達がいる所までそんな早くは着かない」


 少しでも時間を稼げたら、少しでも本部から遠い場所で戦うことができる。

 被害の少ない場所で戦う為の足止めだ。

 昇る朝日と共に血のような巨神が少しずつ進む。一歩の幅は巨大で、速度が速い。

 四十五メートルの巨体、怪物が動かすことによる全能性により叩き出される、数値上最大の動き。


「俺も自分にできる精一杯の事はするつもりだよ。期待には応えなきゃね」


 彼には軍部や、整備班の期待が込められている。最強である事を誰もが認めている。勝って欲しいと、アスタゴを救う英雄になって欲しいと、ミカエルは願われている。

 それは戦場の悪魔として。

 アスタゴを救う、天の使いとして。


『分かった。こちらも君の活躍の為に出来る限りの努力をしよう』


 アダムの答えを聞いてミカエルは通信を切った。

 通信機の向こう、どうしてかアダムは苦笑いをしているような気がした。

 これは一人の戦士の物語だ。

 歴史に名を刻むことになるであろう、たった一人の戦士の話である。

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