第59話

 戦場に向かう船は夜の闇の中、大洋を揺れる。その上には巨大な二つの機体を乗せている。


「…………」


 パイロット待機室。

 そこに二人の少女がいて、ただ、その二人に会話はなかった。緊張、それと不安。そして、気不味さもあったのか。


「川中……」


 そんな静寂を破った。

 声を聞けないと言う不安の方が、もう一人の少女には辛かったのだ。

 座ったままの川中と、立ったまま川中を見ていた竹崎。

 声をかけられた川中は竹崎を見上げる。


「真衣……。私が何でここにいるか、分かる?」

「どうしたの……?」


 突然の事に、竹崎が尋ね返す。


「ただ、聞いて欲しくてさ」


 そうして彼女は身の上を語り始めた。


「私さ、人を殺したんだよね……」


 川中は目を合わせない。

 川中の背中にはじんわりと嫌な汗が伝った。


「大事な人だったんだよ。友達だった……」


 悲しげな顔で、声を絞り出す様にして話す。


「私は、この手で……。その人を殺した」


 壊れそうなほどに、その目は苦しさを訴える。声を張り上げる。


「だから、私は優しくなんてない。人を殺した私が優しい訳がないから」


 何故か、語る彼女は苦しそうで、竹崎はそれを見ているだけで胸が痛くなって、自らの胸を押さえた。


「優しいなんて言わないでよ……」


 その一言が伝えたかった。

 川中は優しいなんて言われたくなかった。あの日を思い出すから。優しさが、誰かにかけた優しさが結局は自分を裏切ったから。

 優しくなど、ならなければよかった。

 優しくならなければ、ここにはいなかった。こんなに苦しむ事などなかった。


「──優しいよ……」


 それでも、川中の目の前の少女は許してくれなかった。

 優しいと言ってくれるのだ。

 優しいと言ってしまうのだ。


「だって、川中も松野も、お姉ちゃんも。皆んな、優しかったんだ」


 竹崎にとって彼女達は優しさだった。光だった。信じたいと思えた。生きていようと前を向けた。


「優しくないなんて、有り得ないよ……」

「人を、殺したんだよ……?」

「私も、これから人を殺すかもしれない……」


 リーゼに乗ると言った以上、そこに変わりはない。


「でも……」

「そうだったとしても、川中は優しいよ……」

「何で……」

「川中は私のお父さん達とは違う」


 人の悪意に触れ、人の心を知る。

 竹崎の親は最悪の親だった。

 そんな家庭環境で生きていく中で悪意を見て、悪意の中で必死に生きた。

 暴力と性欲の中を生きてきた。


「川中、人を殺してないんでしょ……?」

「…………」

「川中が人を殺したって言った時、嘘ついてるって分かった」


 あの時、声が震えていた。

 それは認めたくないはずの事を押さえつけようとして、無理やりに発したから。

「何で、嘘をついたの?」

「それは……」

「優しいって言われたくないんでしょ?」


 その言葉だけは本当だった。


「…………」

「本当は何があったか分からないよ。でも、それでも私は川中の味方になるよ。友達、だから……」


 誰かに向けるだけだった優しさが、久しぶりに川中の方を向いた。

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