第48話

 呆気なく戦争は始まってしまった。同盟国の参戦によりこの戦争は大規模なことになることは確定していた。

 陽の国はアスタゴ合衆国に矛先を向けた。

 グランツ帝国はフィンセスへと侵攻を開始。リーゼ三機をその戦場に投入。


 マルテアにはノースタリア連合王国が軍を率いて攻撃を開始した。

 戦況としてグランツ帝国の侵攻は上手くいっていたと言えた。それに比べ、マルテアはノースタリア軍の猛攻に対し、防戦一方であった。

 そして、リーゼを乗せた陽の国の戦艦はアスタゴに向かっていた。


『間磯君。私が指揮官の岩松だ。飯島君と山本君は既に知っているだろうから君に忠告しておこう』


 聴きなれた声が彼のヘッドギアから響いた。


『独断行動は断じて許さない。もし、独断行動を行った場合は君の家族への資金援助を打ち切ることにしよう』


 淡々と告げられたその言葉に間磯は短く、「了解です」と返答する。

 間磯の答えに満足したのか、岩松もそれ以上を話さない。


『……さて、もうすぐアスタゴだ。準備をしたまえ』


 通信を聞いた間磯はリーゼがある船の外に移動する。今はまだ大洋を移動中であるが、アスタゴ合衆国に近づけば空撃される可能性もある。

 そうして辿り着いたアスタゴ合衆国の海岸で戦争が幕を開けた。

 アスタゴ戦線では、リーゼ一機がアスタゴの赤い機体と接触。


「硬い」


 後退りながらリーゼのパイロットである間磯が呟いた。

 リーゼは右手に大剣、左手には中距離砲、背中には二つの装備をつけている。

 大してタイタンは右手にハルバード、右腕に盾、左手には巨大な銃。速度はリーゼに劣るが、それでも基本性能は圧倒的にタイタンに軍配が上がる。


「何でロッソが……」


 現状に少しばかりの文句を垂れる。運が悪かったのか。

 アスタゴ上陸戦。

 これは中栄国の時ほどにうまく事が運ばなかった。待っていたというように目の前にはタイタンが立っていたからだ。

 リーゼとともにアスタゴに上陸した戦車、兵士は瞬く間に壊滅させられた。生き残った者は恐怖に怯えている。

 リーゼに乗っていては周囲の匂いなど少しも分かりはしないが、視界に映るそれは血の池地獄のように思える。

 そこらを舞う銃弾の嵐、噴き上がる血飛沫。血に染まっていく世界を背景に二つの巨像が向き合う。


「こんなところで死ぬつもりはない……」


 大剣を変形させ大きな盾へと変える。そして左手に持つ中距離砲を構える。


「やっとパイロットになれたんだ」


 中距離砲の引き金を引いた。ドオオンと、音を立てて砲弾が放たれた。

 砲弾はタイタンの体に当たるが盾によって簡単に凌がれる。

 煙が上がればそこには、傷一つなく立つタイタンの姿。


「これは、ヤバいかも……」


 VR訓練での成績はそこまで良いものではない。寧ろ、彼のVR訓練の成績は男性の中では最下位である。

 つまりは戦闘能力として、現段階、戦争に送られた中では最も弱い兵士と言える。

 ドスン。

 タイタンは地を揺らしながら一歩、右足を前に出した。

 戦争が始まる前に見た、巨大な血の色をした悪魔の姿を思い出す。

 それと何ら変わりのない姿をしたものが実物として彼の前に立っている。


「…………っ」


 ワナワナと恐怖に震える身体を間磯は無理やりに押さえ込む。恐怖に屈していては勝てるわけも、生き残る事ができるわけもない。


「こうなったらやれるだけ、やってやる……!」


 覚悟を決める。

 彼は盾を大剣へと変形させた。機動力を活かして、タイタンへと向かって走り出す。

 銃口が間磯の乗るリーゼに向けられた。


 ドォン、ドオオン……!


 そんな音が響く。タイタンの持つ銃から放たれた弾が地面に着弾した音だ。


「──そんなんじゃ、当たらないよ!」


 間磯はリーゼの姿勢を低くする。

 そして、リーゼの細身の体をタイタンの懐に潜り込ませ、大きな剣をタイタンの胸部へと突き立てた。

 その瞬間にハルバードが振るわれるが大きく後ろに飛び、迫る一撃を避けようとする。

 しかし、完全に避けることはできず、中距離砲を持った腕を断ち切られた。


「損傷はあるが、まずは一機退けた」


 この成果に間磯は満足するが、しかし、直ぐに満足は搔き消える。

 目の前には二機のタイタンが迫っていたからだ。


「は……?」


 信じられない光景だった。

 この時点でタイタンは最低でも三機の存在が確認できる。その一つ一つが信じられないことにリーゼを上回る機体性能を持っている。

 さらに言えば現在、間磯が乗っているリーゼに左腕が存在しない。これでは勝てるわけがない。


「ははっ……。何だよ、これ」


 乾いた笑いが口から漏れた。


「聞いてない……。こんなの聞いてない! ロッソがこんなに大量にあるなんて!」


 彼の頭の中にあるのは絶望だ。

 恐怖に支配されている。

 背中に装備されている大剣を取り出して盾を展開しようとするが、間に合わない。

 敵が撃ち放った銃弾によって右腕を吹き飛ばされる。


「待って! 待ってくれ! 死ぬわけにはいかないんだ!」


 腕がない。

 装備の意味がない。

 

 そして、彼に残された道は──、

 

 

        死

      


 ──だけだ。


 無情にもハルバードが的確に彼のいるコクピットを刺し貫く。


 ドスン。


 無理やり切り開かれるよう音がして、間磯の身体を抉り抜く。

 コックピットの中は不思議な液体と、間磯の体から溢れる赤が満たしていく。


「僕の、……ぼくの、ぼ、くの。……兄弟が……、家、族が……」


 残された兄弟達のためにも死ぬわけにはいかなかった。だと言うのに、世界はせせら笑うように間磯の命を終わらせる。


「死ね、ない……。死にたくない。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、いや、だ……」


 ゴポリと彼の口からグロテスクに赤が溢れでた。


「無理、なんだ……ゲホッ、うぁ、ああぅあ」


 呼吸ができない。

 それもそのはずだ。体が欠損してしまっているのだから。

 間磯の身体は、胸の下あたりから全てが無くなってしまっている。


「ヒュー……、フ、ヒュー……」


 燃えるような熱さが彼の身体を包んで、そして冷えていく。

 冬の大地に投げ出されたかの様な、凍えるような寒さだ。


 ズズズ。


 ゆっくりとハルバードが引き抜かれる。

 その時に彼のヘッドギアに一つの通信があった。


『間磯君。期待していたんだがね』


 失望したと言うような、そんな声も、もはや間磯の耳には届かない。彼の生命活動は既に停止してしまっていたから。


『残念でならないが、君はこれ以上我が国のために働くことはできないようだ。木っ端微塵に破壊してはダメだと言われてしまってね』


 本当に残念そうに岩松が言った。そうして、間磯のヘッドギアの通信は切れた。

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