第47話

『もうすぐ大きな戦争が始まるぞ、岩松君』

「存じております」


 とある一室にて岩松はある男と連絡をとっていた。

 その部屋は少しばかり広い部屋だ。高級な椅子と大きな机。言ってしまえば校長室のような場所である。岩松が下手に出ていることからも、その相手というものの身分は岩松以上であることがわかった。


『アスタゴ合衆国、ノースタリア連合王国、フィンセス、ヴォーリァ連邦から陽の国は宣戦布告を受けた』

「同盟からの宣戦布告ですか」


 アスタゴだけではない。敵となったのは他国の列強。陽の国が同盟を結んでいるのはマルテアとグランツ帝国。

 ようやくだ。

 これから、中栄国との戦争を上回る巨大な戦争が始まる。陽の国らのリーゼも、アスタゴらのタイタンも大量に投入されるこの世の地獄とも言えるであろう戦争が。


『勝てるのかね?』


 訝しむような声が岩松の持つ受話器から響いた。


「勝てる、勝てないの話ではありませんよ。元帥殿」

『岩松大将。君のその言葉に、私は安心を覚える。君に任せて良かったと』


 受話器の向こうからはクツクツと笑う声が聞こえる。


『リーゼ指揮官、岩松大将。君にはどんな手段を使ってでも、この戦争に勝利することに専念してもらいたい』

「────元帥の仰せのとおりに」


 岩松が答えに満足したのか元帥からの通話は切れた。


「勝って見せよう、元帥。それこそが私の願いなのだ」


 遂にここまで来た。様々なものを切り捨ててきた。勝利を欲した。貢献を求めた。

 気に入らないものは全て、全て、全て。切り捨てて仕舞えばいい。


「……あの時のように」


 思い出すのはとある男の顔だ。黒髪の男。最後に岩松があったのは、その男が二十代の頃であった。

 愛するは陽の国。人を愛するつもりはない。彼の身はとうに陽の国へ捧げた。狂気的な愛国心が全てを塗りつぶす。



 ──これは岩松の記憶。



 その記憶は暗い屋内のものだ。コンクリートでできた大きな建物の中。人は全くいない。


『どうしてだ、親父!』


 青年が叫ぶ。

 縄で縛られた憎き息子の感情的な顔を冷めた表情で見ながら、右手に持った拳銃の銃口を頭に向けた。

 隣には岩松の息子同様、縄で縛られたノースタリア連合王国出身と思われる娘がいた。


『んんっ!』


 その娘は口をも縛られ、満足に話すこともできない。


『どうして、か……』


 興味もなさげに呟きながら銃弾を撃ち放ってから岩松は答えた。脳天を撃ち抜かれた彼の息子は絶命する。


『──っ、んんーーっ!!』


 必死に暴れて、逃げようとする女を側に控えていた岩松の部下が取り押さえた。


『娘がいるな?』


 岩松は女に目線を合わせようとしゃがみ込む。


『その娘は助けてやろう』


 そう言って銃を女に突きつけて発砲した。女はあっけなくも死に絶える。その顔には涙と血が溢れ出て、恐怖をたたえる。


『異邦の血など私は好まぬがな』


 答えを求めていたものはもういない。


『……お前ら、これらを処理しておけ』


 岩松の言葉に返答もせずに部下たちは処理を始める。血を洗い、死体を運ぶ。

 娘を助けたのはどうしてか。道具として利用するためか、面白半分か。

 ともかくとして、この男には愛などあるはずが無かった。

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