第11話

 傲慢なる存在は一番が好きだ。だから、敗北の証である最下位は好ましくなどない。

 その理由に細かい事情は必要はないとは、阿賀野本人の弁である。誰だって、人は知らず知らずのうちに高みへと羨望を抱く。

 彼にとってはそれが一番だったと言うだけのこと。

 中栄国との戦争に出る者、それと何人かを除いた教室は重苦しい雰囲気で支配されていた。


 赤い空が窓の外に広がる。禍々しさすら感じるその空が妙な圧迫感を放つのか。

 そんな中、阿賀野は四島を見る。


「四島」


 何度も、挑んでは相手にされない。今となっては阿賀野の対抗心など露知らず、松野という阿賀野にして見れば面倒臭い生き物にそれ以上のリソースを割いている。

 挑んだ所で、楽しくない。それを阿賀野は四島のせいにした。


「──お前もつまんねえな」


 阿賀野が求めているのは一位の椅子だ。その椅子が欲しい。

 だが、それは四島を完膚なきまでに叩き潰して手に入れたい。


「…………」


 思い悩んで、黙りこくったままの四島に阿賀野は苛立ちを覚える。


「お前が何考えたところで意味ねえんだよ。死ぬ奴は死ぬんだからな。お前が守れるわけでもねえ」


 ため息と共に阿賀野の口から吐き出された言葉に四島は感情をあらわにする。冷静に彩られていたはずの顔は、激憤を宿し、阿賀野を真っ直ぐに睨みつけてくる。

 そしてガタリと席から立ち上がって胸ぐらを掴み上げた。

 阿賀野は無抵抗のまま話し続ける。


「結局、お前がいくら心配しようが、弱かったら戦場で死ぬんだよ。誰かが死ぬなって言えば死なないって思ったのか? 安心させれば、笑っていられれば誰も死なねぇと?」


 そんなことは分かっていたはずだ。誰もがそうであって欲しいと願っていた。この教室にいた竹崎は目を伏せて、阿賀野の現実を突きつける様な一言から意識を逸らそうとしていた。


「阿賀野!」

 怒鳴りつけたのは四島だ。珍しく、四島は叫んだ。そして、彼は左手で阿賀野の胸ぐらを掴み上げたまま、右手にギュッと拳を握りしめて思い切り振り抜いた。


「殴られる筋合いはねえ」


 阿賀野はそう言って、四島の手を振り解きながら向かってくる拳を避ける。

 そして、阿賀野は呟いた。


「……どいつもこいつも面倒臭えんだよ」


 どこまで行っても傲慢な人間だ。強さを理解している。そして、判断もついている。彼は勘違いなどしていない。

 だから、彼の発言には殆ど嘘がない。


「松野も残念だな」


 竹崎の様なものが友達だったなど。

 竹崎は一般的には何も問題がないとも言えた。ただ阿賀野は松野の問題を見ている。

 だからこそ竹崎は、常々、自尊心に溢れる阿賀野の目にはより一層、蔑む存在に見えたのだろう。


「お前みたいな奴が友達だなんてな。──お前は自分できっかけを作れねえから、今回の対外的に起きた松野の精神的不安定につけ込んだ」


 詰る様な言葉に竹崎は顔を真っ赤に染めて立ち上がる。


「違う!」

「お前がそう思わなくても、他の奴らはそう思ったんだ。特に松野本人がな」

「…………っ」

「まあ、お前らがどうなろうと興味ねえけどな。俺はトレーニングルームに行かせてもらうからな」


 そう言って、阿賀野は教室を去ろうとすると竹崎が呼び止める。


「待って……!」


 阿賀野は苛立たしげに振り返る。それが竹崎に対して、用があるなら早く言えという様で、竹崎はそれに従うかの様に尋ねる。


「私はどうすれば良かったの……?」


 それに対して答えるつもりもないのだろう。呆れた様に阿賀野は無言で教室を出た。


「結局お前は見てただけか」


 阿賀野は後ろを付いて出てきた候補者にそう言った。


「協力しろと言われたけど、僕はあれを止める理由も、君に加担する必要もなかったから」

「……お前、結構自由なんだな」


 阿賀野はハンと鼻で笑って、廊下を歩いていく。


「付いてくんのかよ……」


 トレーニングルームに向かう阿賀野の後をその男は追いかける。


「聞きたいことがあるんだ」


 彼は阿賀野にそう言って、阿賀野の返事も待たずに話を続ける。


「君は、どうして相手を怒らせるんだ?」

「──俺は正直に生きてるだけだっての」


 阿賀野はそれ以上に答えるつもりがないようだ。質問した彼も、これ以上尋ねた所で意味がないと判断した。

 それでも彼は阿賀野について行く。それが協力というべきかは置いておくとしよう。

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