第12話

「松野……」


 偶然にも竹崎は松野に出会した。

 松野がパイロットスーツを着ていたことから、つい先ほど訓練が終わったのだろうことが想像がついた。顔色が良くないことから、今回も上手くできなかったことも。


「…………」


 名前を呼ばれた所で、松野は竹崎に目を合わせようとしない。そもそもにして、今の松野には誰かの目を見るという行為が正常に出来るのか。


「ごめん……」


 竹崎は謝罪を述べる。

 ただ、何に対して。それに意味があるのか。竹崎だって口をついて出たようなものだった。


「…………」


 今更、謝ったところできっと醜い言い訳にしかなり得ない。彼女のした行動は阿賀野の言葉通りに捉えられてもおかしくはない。

 目を合わせないまま、松野はポツリと呟いた。


「私はいつも通りで居たい……」


 結局のところ、阿賀野がいつも通りだったとして、松野の相談に乗るわけがない。興味もないのだから。

 話すだけでも気が楽になる。どれだけ素っ気なくとも。いつも通りだから。

 そう思っていたはずだった。だが、違った。阿賀野という男と話すたびに現実が浮き彫りとなり、余計に傷が増えていく。


「優しくしないでよ……。心配そうな顔しないでよ……」


 竹崎の態度が酷く辛いのだ。


「まるで私が死ぬみたいじゃん……!」

「…………」

「……今まで通りじゃダメなの……?」


 それだけ一方的に告げて、松野は竹崎の横を走って通り過ぎていく。呆気にとられた竹崎は声もかけられず、そこに立つだけだ。


「竹崎」


 立ち尽くす竹崎に話しかけるものがいた。


「飯島……。あんたならあの子の気持ち分かるの?」


 松野と同じく、次の戦争に出る飯島ならば、松野の不安というものを知っているのではないか。

「何となくは、な……」

「どうすれば良いのかな……?」

「分かんねえ……」


 ただ、やはり松野の言葉通りなのだろう。彼女はいつも通りを求めている。


「────死んで欲しくないって思うのは私の勝手なのかな……?」


 仲良くなった少女に死んで欲しいと竹崎が思えるわけがなかった。だから、松野に帰ってきて欲しいと思ってミサンガを渡すつもりだった。

 泣きそうな顔をしながら、竹崎は飯島にそう尋ねる。


「それは……」


 飯島は言い淀む。

 勝手な願いだ。それでも、竹崎は心の奥底からそう願っている。ただ、それが松野と行き違うのだ。


「勝手でも良いだろ」


 飯島の後ろから山本が歩いてきて、そう言った。


「山本か」


 飯島は名前を呼びながら振り返る。


「勝手で良いんだよ。人は他人にそう思うんだ」


 まるで昔の痛みを思い出すかのように、顔を苦々しげに歪めて吐いた。


「松野に帰ってくる場所、帰る理由があった方がいい、そう思うんだ」


 理由を作る為に何でも良いから、形のある物を渡して、約束を作る。それがあれば生きてやると強く思えるから。


「俺だって、松野と飯島に仲間だっていう証明になる物が欲しい」


 そうやって帰る場所が、生きることを望むものがあることを松野に示したい。松野だけでなく、飯島にも。

 三人の繋がりが欲しい。これこそが山本の偽らざる本心だった。

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