37節 赤髪の雪姫


 倒れる女性の前に立つ海斗は拳銃を持っていない手を差し出しながら後悔していた。

 さて、勢いよく飛び出したはいいものを……やったミスったなこれは。

 交渉が失敗して苛立っていたと言うのは言い訳になる。意志が固いのを理解した瞬間に礼に強制連行させるべきであった。

 そしてこの反応、これは三日前に交戦した奴だと気が付いたな。

 俺の……と言うより礼の情報が漏れるのは厳禁だ。しかし、咲を死体に口封じするわけにはいかない。


「警察手帳」

「え?」

「警察手帳、今持って無いですよね?そりゃ、職務放棄……あー、上司命令無視してるから持って無いんだろ?なら、民間人だよな。な?」


 目の前に倒れこむ咲に手を伸ばしながら聞く。

 正直、無茶だとはわかっているが……黙らせるにはこれが一番いい。

 2024年に施行された憲法には民間警備会社の項目もある。内容は緊急事態時における使用権利だ。

 第一に市民を守らなければならないと言う条文から始まるこの法律は、現場における指揮権を表したものであり、優先権は国防軍>警察官や消防士や救護士>警備員>一般人となっている。

 そして、俺たちは見習いだが警備会社に属し身分は警備員だ。

 だが、それが何の関係があると思うだろう。事実、咲は警察……その中でも特殊部隊だ、一般的な隊員より指揮権は所持している。

 ――が、それはのみである。

 避難指示は法執行が必要である。……と言うか、指揮権うんぬんは思いっきり法律で定められていることになる。これらによって咲は現在一般人である……と思いたい。


(正直、自分でも何言ってんのかわからんが……とにかく黙って貰わないといけない。どうにか精華さんに説得してもらえれば可能性があるだろ)


 とにかく、無理やりにでも仲間に引き入れて黙らせたいのが海斗の思惑であった。

 他にもガバな所は目立っている。その一つとして海斗は正式な指揮権を持っているのか怪しいと自分でも思って居るが、そんな事はしらんで押し通す。


「民間人は警察官、或いは軍人の身分を示す人間が居なければ警備会社の言う事を聞かなければならない」

「……それがどうした。そもそも私は三日前の戦闘を忘れてなどいないぞ」

「くどい!良いから助けたいか助けたくないかを選べ!時間が無いんだ、精華さんからの許可は取ってる。後はお前が頷けば資格を持ってるあんたに銃を供与出来るんだよ」


 因みに精華さんに報告、連絡、相談は済ませている。通信で応答した精華さんは心底驚いた様子ではあったが……。

『わかった。咲の説得は任せて。良い?とにかく生き残る事が先決よ、使える物は何でも使いなさい。一般人を守るためとか言えば基本手伝ってくれるはずよ。とにかく、戦闘を回避する事に集中しなさい』

 と、頼もしい言葉を残してくれた。ならば、その言葉を信じて行動するのみ。

 フローリングに倒れる咲に向けて触れるほど近くにもう一度手を差し出す。まるで急かすように。

 瞬きの沈黙を経て、乱雑に捕まれる。それを遅ぇよと態度に示しながら引っ張り上げた。


「礼!」

「任せて」


 戦意がある事を確認を確認し、隣にいた礼に呼びかける。そうすればネックレスに模していたクリスタルが赤黒く発光し、粘性の液体が放出。どんどん彼女の体に纏わりついてエナメルのような質感を持つハイレグやボディスーツのような衣装に代わるのであった。

 無論これだけではない。まるで、かき混ぜるように胸の宝石に腕を突っ込みこちらに何か黒いものを手渡す。


「う……。ん、これは」

「銃……僕には必要ないけど。使うんでしょ?」

「っと。HK416。残弾30にマガジン5。インカムは単一一方向通信だから。じゃぁ、精華さん説得よろしく」

『はい!お姉さんに任せなさい!』


 武器と通信機を渡したのち俺は当たりを見渡す。同一階にはまだいくらか機械生命体が、下の階を見下ろせばまだ警備員の人間が避難誘導をしている所であった。

 プラスチックシールドと警棒となんとも無価値な武装。火器操作資格など持っていないのだろう、確かに一般の警備会社が拳銃を携帯するわけが無く尚且つ日本では銃を所持することは今でもあまりよく思われない。

 が、だからこそ今大変なことになっているのだろう。

 幸いなのか、どうやら下層にいる敵は少ない。ここから撃ちおろして時間を稼げば勝手に避難するだろう。

 柵から乗り出した身体を下げ、自身の武器エモノである裏切りの枝レーバティンを構えた礼が緩やかな動作で耳打ちしてくる。


「ねぇ。マスター」

「何だ?」

「結局、スカーレットクイーンは何がしたかったんだろうと」

「確かに……な。監視カメラが電源切断しおちた以上、仕方ないが一分間時間稼ぎして全力で逃げるぞ」


 咲には悪いが精華さんの交戦を避けろと命令と時間を稼ぐと言う発言を両立する方法は、俺がいくら頭を捻っても導き出せない。それに、そんなことを考えてる暇があるのなら敵を警戒しているほうがいい。

 数秒の有余。咲がこちらに視線を向け小さく頷いた。どうやら説得に成功したらしい。


「礼が前衛。俺が中衛。咲が後衛で援護を。期待してますよ」

「……外見が自分より幼い少女に突撃殲滅ストームブレイカーを任せるのは不服だがな」

「僕をなめてるのかい。心外だね、その心配は良い意味で裏切ってあげるよ」


 戦友になって直ぐに軽口を言える余裕仲良くなったらしい。双方、桜色の唇を愉快と曲げながら片方は姿勢を下げ片方は突撃銃を構えた。

 と、同時に白銀の影。今度は三体の寄生体が現れる。距離は三〇メートルか?


「エインヘリャルか。気を付けるんだぞ」

「えいんへりゃる……?まぁ、いいか。舞、行けるか?」

『一応、HMDには結構高性能のCPUを積んでるから弾道計算も出来るし、中心にあるカメラアイから視えてるからサポートは出来るよ』

「それは、重畳ちょうじょう


 HMDのモニターに独特なユーザーインターフェイスが瞬き、視覚的にも戦闘行動を知らせてくれる。

 残弾を確認。ナイフを取り出し叫ぶ。


戦闘開始エンゲージ……っ!!」


 掛け声とともに跳び出す礼を視界に入れ、俺は歩いて近づきながら拳銃で牽制をする。装填されている弾丸は徹甲(AP)弾。これならば多少は注意を引けるだろう。あくまで、俺がするのは注意を引くだけ、撃破するのは礼の仕事だ。

 とにかく、一対一の状況を作り出す事が目標。そのためには咲には遠い敵の足止めを頼んでいた。そして、容貌道理の形で彼女は指切りバースト撃ちを完工。頭部に吸い込められるように弾丸が当たっていく。

 それを尻目に中腰に構えた剣を礼は振りぬく。もちろん、相手も黙って観ているわけではなくサイドステップで回避行動を試みる。しかし、俺が発砲した銃弾によってコテンと体制を崩した。


『次、右足の膝』

了解ヤー


 舞の指示道理にトリガーを引く。相手の体重移動に合わせての射撃は的確に適切なタイミングで当たる。その一瞬のスキを逃さず、礼は横なぎから剣を振り下げる。ガコンと綺麗に両断された。

 繰り出した攻撃は二撃。マナ残量は問題ないだろうがもしもの事を考え仕切り直し引くをしようとするのだが。


「きゃっ!」

「やべぇ!?」


 つるんと、先ほどの咲の光景の焼き直しのようにヒール部分が散乱された衣服に触手のように絡み取られて、地面へ仰臥してしまった。

 礼の一番の持ち味である機動力が失われてしまったのは明らかだ。

 ち、こちらに気を反らさなければ。そう思い銃を撃つが少し体制を崩すだけで終わってしまう。

 最悪、大和魂的攻撃万歳突撃の選択を取ろうかと決意を高めた時。


「おい。こっちに合わせろ。狙いは頭」

「咲さん!?や、了解ヤー!」


 隣から声を掛けられる。見れば新しく弾倉を叩きこんだ咲が銃弾によるポイント射撃を要求してきたのだ。確かに、一人でダメなら二人で同じところを穿てば問題ないか。サイトを頭部に合わせ。


「3,2,1,ファイア!」


 掛け声とともに引き金を引く。放たれた二つの弾丸は螺旋を描きながら同一地点に着弾。まるで跳ねるように仰け反った。礼もその隙を逃さず胸から小型ナイフを取り出し拘束から抜け、突きを放つ。

 淡い光を放つ剣先が腹部を貫き白銀の人型は地に付した。

 ……あと一匹。

 ホールドオープンした拳銃を再装填して奥にいる残兵に向かい銃口を付きつけ。

 ――っ。

 その時、脳裏に走る。少しの頭痛の共にやってきた感覚。虫の知らせと言ってもいい。

 ふと、俺は視線をそらし右を向く。そこには、曲がり角をドリフトしながら突撃してくる翼の生えた寄生体の姿であった。


「しまったっ」

『兄!?』


 位置関係はちょうど咲と礼と真ん中。どちらも気が付いたが、礼は後方にいたエインヘリャルと呼ばれた機械生命体に襲われ奮闘中。対して咲は、単純に身体能力が足りない時速六十キロより遅い

 俺に出来たことはただ一つ。片手で反射的にトリガーを引くことだった。

 パンパンパンパン!今度は鉛の弾丸が発射される。速度に割り振っている分装甲は薄いとはいえ拳銃弾(9mm)では凹むだけ。

 多少速度を落としつつも相手は俺に向け突進チャージした。

 瞬時に腕を交差させると当時に衝撃。まるで柔道で受け身をし忘れた時のような頭蓋の衝撃と共に跳ね飛ばされた。

 柵を超え、突抜になっている一階に向けて。


「マスター!?」

「っ!?」


 一二メートルからの自由落下フリーフォール

 只でさえ、前身の打撃と脳の揺れに当たり自律神経の不安。そして、地に足を付けていないため平衡感覚の不知。

 白飛びした思考と視界の中で受け身を取る事は不可能であった。いや、何か行動を起こすことが可能だったとしても大理石のタイルに向けて適切なアプローチは出来ないし、出来たとしても原型を留めているか留めていないかの違いにしかならないだろう。

 つまり、この場で彼を……実吹海斗を助けることが出来る人間はいないと言う事に等しかったのだ。


 ――第三者が行動しなければ。


 柵から飛び出る人影を一階から少女はで捉えていた。

 瞬時に隣にあったセールス商品が入ったキングサイズベットほどの籠を蹴り飛ばす。シュルシュルと足に付いた車輪コロで地面を疾走していき、まるでバスケットボールで点を決めるかのようにシュっと入っていった。


「ぐぅ」


 幸いにも中に入っていたのはぬいぐるみなどクッションの役割になる物ばかりであった。全身に少なくない痛みに呻き声をあげながら、金属製の棒に手をかけ起き上がる。

 骨は折れていない。いや、常人だったら下にクッションがあったとしても重症確定なのに……礼と契約した影響だろうか?

 体の外傷を確かめるために下げていた視線を上げると、視界の中に此方に駆けてくる少女を捕らえたのだ。


 赤い髪を振りまきながら、同色なドレスのようなものを着こんでいた。

 ドレスは首元にあるリボンを取れば胸がスグにはだけてしまうようなデザイン。またきちんと着用しても胸元と下乳そして脇が露出しスカート前部は取り払われていてパンツがもろ出ている。

 そして膝まで届く白いニーソックスにブーツ。

 そして、大きなアタッシュケースを携えていた。


 明らかに露出が多すぎる……。難民や移民などの影響によって現在の日本は確かに多少露出が多くても見逃される傾向にあるが、流石にパンツがもろに出てるのはいかがなものか?どちらかと言えば、コスプレイヤーにしか見えない。

 ただ、そんな恥ずかしい衣服に包んだ少女に俺は見覚えがあったのだ。


「……あら、こういう時は『おやかたー空から男の子が~』って言えばいいのかしら?」

「違うが」


 髪で手で掬い佇む。最近よく出会うロシア人。

 気品を振りまく少女、ヴェロニカ・パーチラであった。

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