第3話 死ねたら楽だった
勇者の鋭きクリティカルが、魔界王の首を打つ。
かくして、世界を混沌に陥れようとした
魔界王は勇者の伝説の剣の前に倒れ伏し、世界は光に包まれた!
さらわれし姫君は、勇者の元へ駆け寄り、その身を預ける。
しかし勇者止める姫君を振り払い、1人世界の果てへと姿を消した-。
詩人がかく語りき英雄譚はいつもそこまで。
世界を救った勇者のいく末は誰も詩わない。
仲間は次々と倒れて行った。
戦士。
彼は常に先頭で戦って来た、勇猛果敢な男で在る。
しかし、その結果彼は常に傷付いていた。
度重なる薬草の乱用、そして痛み止めとして用い薬物。それは激しい中毒性をもち、幻覚や異常な躁状態をもたらした。
結果。彼は壊れた。
魔法使い。
数々の究極呪文を治め、天候すらも操るほどになった老人。
しかし、難敵の前に身を晒し、勇者たちを生かすためにその魂ごと砕け散った。
僧侶。
傷付いた仲間を幾度となく救った聖女は、どんな深手も治す奇跡の聖女だった。
しかし、それは己が魂を分け与えていたに過ぎない。
強敵の前に膝を着き、まさに息絶えようとした勇者に、最後の力でその魂を捧げ、その命を散らした。
そして勇者は、世界の平和と仲間たちの命を胸に、魔王を見事に打ち滅ぼした。
しかし。
死に際に魔界王は、勇者に呪いを掛けたのだ。
不死の呪いを。
人の弱さ、醜さ。それを勇者に知らしめるために。
世界はもちろん、魔物に怯えることなく過ごせる世界になったが、新たな脅威が生まれたとも言える。
人間の身でありながら、魔界王を打ち倒した英雄。
それは、魔界王よりも恐ろしい存在であった。
そこで、各国の王が会談をし、勇者を魔界に閉じ込めることにしたのだ。
世界中にはほかの世界を救うため、異世界へ旅立ったと伝えながら。
こうして勇者はひとり魔界に閉じ込められたのだ。
時折人間界を見るくらいで、目も効かぬ混沌の中、世界に裏切られたのだ。
自分を英雄と称したパレードが、何日も何日も続く。
人々は楽しそうに笑い、歌い、ご馳走を平らげ、酒を飲む。
勇者は混沌の中、無限に湧き出る魔物と戦い続けていた。
何度かその凶刃に倒れたこともあった。
しかし、魔界王のかけた呪いは、まさしく不死性を勇者に与えていた。
魔物に倒されようと。
自死のために首を切り落とそうと。
致死性の毒を飲もうと。
その体は死ねなかった。
できることは、魔物と戦うことと人間界を見続けること。
勇者が世界を救ってから、幾年が過ぎただろうか。
人間界は、不穏な空気に包まれていた。
今までは魔界王と魔物、という全世界共通の敵がいたからこそ、団結していた人類だが、その対象がいなくなってしまった。
では、誰から何を蹂躙すれば良いのか。
それは人間からである。
絶大なる野心とカリスマを、持った豪傑王が、他国を侵略し始めたのだ。
その様はまさに狂気であった。
反乱軍の意欲を削ぐため、少しでも逆らったものは串刺しにされ、街道に貼り付けにされた。
治安は当然あれ、山賊や海賊が横行し、農村を支配下に置き、好き放題しはじめた。
大飢饉が起こり、農作物が育たずに、国に重税を払えず村民全てが死に絶えた村もあった。
そして、世界を股にかけた、大戦国時代が始まる。
しかし、一部の人間が上から命令を出し、自分は安全な所から戦況を聞くだけ。
戦わされるのは、農奴や一般の兵士たちだけであった。
勇者はその世界をまざまざと見せつけられた。
これが、俺が命をかけて守ろうとした世界か!
これが、仲間の命と引き換えにすくった世界か!
これがっ!
これが、これが、これがこれがこれがこれがこれがコレガコレガコレガコレガッッッ!!!
─魔界王が滅ぼそうとした世界か─
そして勇者は、その魂を混沌に明け渡した。
………。
……。
…。
それから。
人間界が滅ぶのは早かった。
もともと人間同士での戦争で疲弊しきったところに、新しく生まれた「魔界王」が侵略してきたのだ。
新たな魔界王は一切の慈悲ももたず、人間界を蹂躙し、滅ぼした。
滅亡した国の玉座で勇者。いや、新しい魔界王は思案に耽る。
誰か、俺を殺せるものはいないのか。
不死の肉体を持つ不定命のその存在。
しかし彼は人間である。
人間であるからこそ、もう一つの死に方があることをしっていた。
それは
「心を、精神を殺す」こと。
そしてその日。
人間である勇者はこうして死んだ。
代わりに、世界を滅ぼす大魔王が誕生した瞬間でもあった。
世界は悪意に満ちている。
同じ人間を殺せるほどに。
世界は悪意に満ちている。
世界のために戦った英雄たちを忘れるほどに。
─世界は悪意に満ちている。
世界を救った勇者を殺すほど。
短編集 葛葉幸堂 @kackt
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