「はがさず教」と影さがし

第31話 あなたの帰りをお待ちしておりました

 ぼくたちを乗せた車はかなり長い時間走り続けた。


 途中、翔太くんは黒スーツの男に買いに行かせた海老カツサンドウィッチとシュークリームを車内で食べたりしていたが、ぼくは緊張してお茶しか喉を通らなかった。

 後部座席からは外が見えないように加工されており、ぼくらがどこに向かっているのかもよくわからない。

 それでもいかつい雰囲気の自動車は確実にどこかへと進行し、その距離は着実に縮まり、ようやくぼくらは車から降りることを許された。

 そうして降りた場所を見て、ぼくは目を疑った。そこは、ぼくの目には馴れ親しんだ風景だったからだ。

 いくつかの崩れた建造物や、亀裂の入った道路をぼくらは歩かせられた。そうして、黒スーツの男たちに囲まれながら、ぼくと狐少年はとあるひらけた場所に辿り着いた。元は公園だったようなその場所は、紛れもなく、


 しかし彼らはその公園には目もくれず、足を止めかけたぼくを先へと急き立てる。彼らにとってここは目的地ではないらしい。

 それから十数分、ぼくらは入り組んだ道なき道を延々えんえんと歩かせられた。何度もここを訪れたぼくも、さすがにこのような所には来たことがない。

 次第に陽がかげり、空模様が怪しくなった頃、彼らはようやくその歩みを止めた。斜面の崖肌がけはだに埋もれるように、コンクリートで仕切られたようなトンネルがそこにあった。

 ぼくは思わず狐少年の方を振り返る。彼の表情は、半ばこおっているように見えた。



   〇



 ぼくと狐少年は、薄暗いトンネルの内部へと進まされた。

 ひんやりとした内部には、いくつかの個室のようなものが存在し、人の目の位置ほどの高さに覗き窓のような穴が空いている。

 通路の行き当たりに、仄かな明かりが灯っていた。そこには二人の人間がいた。一人は紛れも無く行方不明だった桔梗さん本人で、もう一人は椅子のようなものに腰掛けている、ごく小さな背丈の老人だった。

「桔梗さん!」

 ぼくは彼にそう声を掛けた。桔梗さんは振り向いてぼくの存在を認めた。

「君まで……連れて来られたのですか。乱暴はされませんでしたか?」

「とりあえずは無事です」

「そうですか。……ところでその少年は獣人ですね。どうしてこんなところに」

 桔梗さんがそう言いかけたところで、椅子に座っている老人が大きく咳き込むのが聞こえた。

 黒スーツの男が直立ちょくりつの姿勢でその人物に話しかける。

「先生、仰るとおりに青年と獣人の少年、二人をお連れしました」

「……ご苦労さん。もう行っていいぞ。表を見張っておれ」

 ぼくらを連れてきた男はその老人に一礼し、素早い足取りで元来た通路を引き返して行った。 後には、ぼくと狐少年の翔太くん、桔梗さんと「先生」と呼ばれた奇妙な老人の四名だけが残った。


 数秒の重苦しい沈黙の後で、その『先生』と呼ばれた人物がゆっくりと立ち上がる。そして、威厳いげんのこもった口調で語り始めた。

「手荒い方法で来ていただいたことをまず謝らなければなりますまい。しかし、こうしなければわれわれの本願ほんがんは達成できなかったのでな。ひらにご容赦下され」

 禿げ上がった、奇妙に眼光の鋭い老人は、ぼくたちの前でふかぶかとお辞儀をする。「さっそく本題に入りましょう。時間が経てば経つほど実行は困難になる。いろいろとご説明したいのは山々じゃが、あなたがたにはこれからやってもらわなければならぬことがある。そして」

 そこで老人は意外な行動をとった。どういうわけか、ぼくたちの前で地面に膝をつき、さきほどのお辞儀よりさらにふかぶかと地面に額を近づけた。

 しかし、それはぼくや桔梗さんにむけての土下座ではなかった。老人がぬかづいたのは、ただ一人、ぼくの隣の狐少年に向けてだった。そして老人はこういう言葉を口にしたのだった。


「獣人の王よ。あなたの帰りをお待ちしておりました」

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