第21話 お姉さん、今夜一緒に寝てもいい?
その狐少年の口からハンナの名前が出て来たことに、ぼくは平静を失いかけるほどに驚いた。
「君はどうして……、ハンナのことを知っているんだ?」
狐少年はぼくの問いに、軽く首を傾げた。
「そのことなんだけど、実はよく覚えてないんだ。何しろ影を盗まれてしまったからね。でも心のどこかでハンナという女の子のことと、その匂いだけは覚えていたから、それを頼りにここまで歩いてきたんだけど……お兄さん、ハンナのことを知ってるの?」
ぼくは頷いた。そう、ぼくはハンナを知っている。
ぼくは狐少年からもっと詳しく話を聞くために、彼をぼくの家に連れて行くことにした。彼の方には特に異存はないらしい。
帰る道すがら、街灯やコンビニの店内から
マンションの階段を上りぼくの部屋の鍵を開けようとする。しかし鍵はもう開いていた。鍵をまた逆に回し、ドアを開けると部屋の中からパタパタと廊下を走る音がする。しかしそれはハンナではなく、ぼくの帰りを待っていたさゆり姉だった。
「遅かったじゃない。こんな時間になっても帰ってきてないから心配してたのよ」
照明を付けると、さゆり姉はぼくの後ろにいる狐少年を驚きの顔で見るが、すぐにそれがハンナでないことを知る。「え? その子誰? っていうかひどい怪我じゃないどうしたの?」
ぼくはどこから説明しようかと悩みながら答える。
「まあいろいろあって」
さゆり姉の表情が戸惑ってから、しばらくしてぼくの方を
「……あんた、ハンナちゃんがいなくなって寂しいのはわかるわ。それは私も同じよ。でもすぐに別の獣人を見つけてくるのって人としてどうなの? しかもロリじゃなくて今度はショタって……、そういう趣味があったのね信じられない最悪」
「違うそうじゃない」
ぼくは即効で弁明をした。
〇
ぼくはさゆり姉に怪我の手当てをされながら、彼女にできるだけ筋の通った説明をしようと試みたがなかなか納得させることは難しかった。それでも最終的には彼女はぼくの言うことを信じてくれたようだった。なにしろ狐少年の影がないということは揺るぎない事実なのだ。
狐少年はぼくの
ぼくより先にさゆり姉が質問を少年に投げかけた。
「ハンナちゃんを探してるって言ったわね。あなた、お名前は?」
狐少年は軽く肩をすくめて言った。
「実は自分の名前は覚えてないんだ。どうも影が盗まれた時に一緒に持って行かれちゃったようでね」
何となく大人びたしゃべり方をしている。さゆり姉は続けて問いかける。
「どうしてハンナちゃんを探してるの? あなたハンナちゃんとどういう知り合い?」
「こちらのお兄さんにも言ったけど、そのこともよく覚えていないんだよ。影はずいぶん私から引きはがして行ったみたいで思い出すこともろくに出来ない。ただハンナって赤ん坊が暗い部屋で一人ぼっちで泣いていたこと、その子をどこかの町の誰かに預けたこと、それぐらいかな。それからまた影を探して歩き回ってるんだ。もうかれこれ十数年もこうして探している。で、最近になって急にハンナのことを思い出したので彼女のことも探してみてるというわけ」
ぼくは狐少年の言ったことに違和感を感じ、そのことを問い
「ちょっと待って。その話からすると、君はハンナを拾ったということになる。それなのにどうしてその赤ん坊がハンナという名前だと知ってるんだ?」
「だからよく思い出せないんだって。何となくその子がハンナという名前だということがわかったんだ。どうしてなのかは自分でもわからないけどね」
ぼくは煙に巻かれるような気分で、もう一つ訊ねた。
「君は十数年の間、盗まれた影を探しているって言ったね。でも見た目では君はほんの少年にしか見えない。これはどういうわけだ?」
「それは多分、私が影を盗まれたからじゃないかな。影を失くすということは、突き詰めればこの世のものではなくなるということだからね。だから時間や空間の束縛をあんまり受けていないんだ。どういう仕組みになっているかはよくわからないよ。ところで」
狐少年はけもみみをぴくぴくと動かし、さゆり姉の方をじっと見つめた。「もう少し時間が経てば、もっと思い出せるかも知れないし思い出せないかも知れないけど、お姉さん美人だね。今夜一緒に寝てもいい?」
狐少年が軽いノリでそう言い、そう言われたさゆり姉は何を言われているのかわからないような顔つきで固まっていた。何だこの
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