第8話 もうそろそろ尻尾のほうは……いい

 寝室の掃除を申しわけ程度に済ませてから、ぼくとハンナは軽くシャワーを浴びた。彼女はぼくといっしょに浴室を使いたがったが、さすがにそこは我慢してもらうことにした。何と言ってもぼく自身が女の子の裸を見慣れていないのだ。

 浴室の構造やシャワーの使い方についての簡単な説明をする。ちゃんと理解できるか不安なところはあったが、意外なことに彼女はそつなく一連の作業を終えることができた。母親が人間だったという話だし、以前にもこういうものを使ったことがあるのかもしれない。

 彼女が着ていたワンピースはかなり汚れていたので(それとさきほどのイベントですっかりびしょ濡れになっていたので)、それは浴室の床に脱ぎ捨てさせておく。かわりにぼくのタンスから引っ張り出した白の長袖ワイシャツをパジャマ代わりに着せることにした。バスタオルで体を拭かせたが、彼女の尻尾やけもみみがまだ濡れているので、じっくりドライヤーで乾かしてやる。温風をあててるあいだ、彼女は借りてきた猫のようにおとなしかった。


「これ……きもちいい……」


 ハンナが何かをボソリとつぶやいたので、ドライヤーの電源を一旦オフにして聴きなおす。尻尾に温風をあててわしゃわしゃと乾かすのが「きもちいい」と言うことらしい。

 尻尾を乾かしているときはけもみみがぴくぴくと動き、けもみみを乾かしているときは尻尾が根元から波打つようにぱたぱた揺れる。

 何だか面白くなってきたので、尻尾をわしゃわしゃする指にちょっと力を込めてみたが、特に嫌がるそぶりは見せなかった。ただ途中、彼女の体にかすかな電流が走ったかのようにビクンと跳ねるように動いた。どうしたのかはよくわからないが、そのすぐあとでハンナが「もうそろそろ尻尾のほうは……いい」とだけ呟いたので、言うとおりやめることにする。


 ぼくの長袖ワイシャツを着てだぶだぶになっているハンナをベッドに寝かせつけると、時刻はもう朝の四時を過ぎていた。いいかげん寝ないと体がもたない。

 さいわいなことに今日は土曜日なので大学も休みだ、「影はがし」の仕事のある夕方まで寝るとしよう……、と朦朧とした頭でぼんやり考えながら、どうもうっかりハンナと同じベッドで眠りに就いてしまったらしい。神に誓って言うが、故意ではない。いや、ほんとに。


 ぼくたちは同じベッドの上で安らかかつ健全な眠りを堪能たんのうした。

 さゆり姉がインターホンも鳴らさず合鍵をつかってぼくの部屋のぼくの寝室に入ってきたのは、健全な青年と狐少女の睡眠負債すいみんふさいがほどよく完済されたと思わしきその日の昼頃のことだった。

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