同棲生活のはじまりは唐突に
第7話 十四歳の狐少女に馬乗りにされるという経験
玄関先でうつぶせになって倒れている狐少女はすぐそれとわかった。見覚えのあるけもみみと尻尾が見えたからだ。
とるものもとりあえずそばに駆け寄り、あまりに軽い体を抱き起こした。さっきまで運んでいたさゆり姉の重さとはエラい違いだ。何を食べていたらこんなに軽くなるのだろう。いや、そもそもあまり食べていないのかもしれない。手や足もこの間にくらべて細くなっているような気がした。
「ハンナ、しっかりしろ!」
耳元で声をかける。ハンナの小さい唇からかすかな
ぼくは焦る気持ちを落ち着かせるように、まずハンナの体に外傷がないかどうかを
ハンナのまぶたがうっすらと開いて、その瞳にぼくの姿を映すのがわかった。
「ハンナ、わかるか。ぼくだ」
と、ぼくが言った。表情のないハンナの顔の筋肉が、わずかにゆるんだように思えた。ぼくにだけ聞こえるようなかぼそい声で、彼女はこうつぶやいた。
「よかった……、やっと……会えた」
〇
ぼくはハンナの
寝室のセミシングルベッドに大きな卵をそっと横たえる。
室内の灯りに照らされた狐少女の体をあらためて眺めると、土ぼこりのような汚れがあちこちに付着していた。素足にはそれだけでなく、微細なすり傷や乾いた血の痕が認められる。
洗面所で大きめの洗面器にお湯をはる。それと清潔なタオルを数枚。とりあえず大まかな汚れを拭ったほうがいいだろう。状況によっては救急車を呼ぶことも必要になるかもしれない。
ところが事態はぼくのおそれていた進展の仕方をしなかった。ハンナがすぐに目を覚ましたからだ。
お湯をたたえた洗面器とタオルを抱えて寝室に入ってきたぼくの体に、狐少女が猛烈な速さで突進した。洗面器が宙を舞い、床で豪勢にしぶきを立てた。
「ぶほっ!!」
うなり声をあげて横倒しになったぼくに、ハンナが馬乗りになる。金の尻尾とけもみみが濡れそぼって、水がしたたった。息をはずませながら、ハンナがこう言った。
「……さびしかった」
深夜の寝室でびしょ濡れになった十四歳の狐少女に馬乗りにされる。これはなかなかできない経験だったと思う。
ハンナは濡れた体のまま、ぼくにしがみついて離れようとしない。ぼくもはじめはうろたえたが、静かにすすり泣くハンナの気持ちが染みわたってくるような心持ちを感じた。ゆっくりとハンナの肩に手を回し、抱き寄せてやる。本当に小さい肩だ、とぼくは思う。
そのままの姿勢で小一時間ほどが経過した。ハンナは何も喋ろうとしない。ぼくもとくに喋らなかった。いろいろ訊きたいことや話したいことは沢山あったが、何も訊かなくても、何も話さなくても、その時のぼくらのあいだではいろんな物事が交換されているような気がした。
ふしぎな子だ、とぼくは思った。本当にふしぎな子だ。
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