第5話 どうして変態ばかり寄ってくるのかしら

 帰りの電車の中でスマホを取り出し、発注先に今日の仕事を終えたことを報告する。後は先方が確認をし、数日経つと口座に振込みが入るという寸法だ。

 報告を完了するのとほぼ同時にLINEの着信が来た。嫌な予感がする。


 さゆり「今どこ?」


 ああ、やっぱりさゆり姉だ。

 出来れば数少ない公式からの通知であってほしかったとぼやきつつ、既読がついたからにはすぐに送り返さないと後々面倒くさい。脊髄反射的に無味乾燥な返信を送る。


 ぼく「しごおわ。帰りの電車の中」

 さゆり「ちょうどいいから付き合って。マンションの近くの『豆蔵』で待ってるから」

 ぼく「来ないと死刑?」

 さゆり「わかってるじゃない」


 ちなみに今の時刻は午後十時だ。



   〇



 ぼくのマンションから歩いて五分くらいの距離にある『豆蔵』の店内は、もとはカフェだった場所を改築したものらしく、居酒屋にしてはクラシックな雰囲気がただよっている。個室も多いので、ちょっと人に聞かれたくない話をするときなどはよくここを指名する。

 受付でさゆり姉の名前を告げ、いちばん奥の個室のふすまをあけると、案の定しっかりできあがっている彼女を発見した。また彼氏と別れたのだろうか。

「また彼氏と別れたの?」

「……感性の不一致よ」

 図星らしい。

 くだを巻く二十三歳(彼氏なし)を尻目にウーロン茶を注文する。彼女が勢いで注文して食べ切れてない居酒屋メニューをつまみながら、適当に相槌あいづちを打つ。この揚げ出し豆腐おいしい。

「……真面目に聞いてる?」

「(もぐもぐ)聞いてるよ。彼氏が脱いだパンツが汚すぎたって話」

「それは前の男の話でしょ! やっぱり聞いてないじゃない!」

 至近距離ですごまれる。酒臭い息と一緒につばが飛んだ。うわ。

「ごめんごめん。で、今度の男はどういう難点があったの?」

 さゆり姉がJKの頃に初めて付き合った彼氏を含めると、今回で七人目になる。中には付き合ってから二週間で別れたのもいた。ぶっちゃけ今回がそれだ。

「……お尻を開発しようとしたのよ」

「……歳取ってからゆるくなるって言うよね」

 何となく気まずい雰囲気を打ち消すように、ウーロン茶を一気飲みする。十九歳の男子大学生にはちょっと刺激の強い話題だ。軽くむせる。

「どうして私には変態ばかり寄ってくるのかしら」

 世を嘆くようにさゆり姉が呟く。そんなことをぼくに訊かれても困る。

 

 さゆり姉は幼なじみのぼくの目から見ても、また一般的な意味あいから言っても、まあまあな美人と言ってよいと思う。頬は自然にふっくらとしていて、ショートボブの髪型もよく似合っている。胸は形のよい大きさを保ち、表情は豊かで、健康的だ。だがどういうわけか男運が致命的に悪い。というより、いつもきまって相性の悪い男を引くクセのようなものがある。前世の因縁かなにかだろうか。

 冷めたカニクリームコロッケを頬張りつつ、天の所業とでもいうものに思いを致しているとさゆり姉がぼくにこう訊いた。

「大学はちゃんと行ってる?」

「まあぼちぼち」

 今が繁忙期はんぼうきだとは彼女も承知している。それが「影」をはがす仕事であるということも。

「どうしてこんな病気が流行るのかしら。いまだに原因がわかっていないんでしょう?」

「何の話?」

「影が二つになる病気」

「ああ」

と、ぼくは言った。それから頭のなかで、影が二つになる病気の原因についてぼくはほとんど何も知らないということを再確認した。「いまだに原因もわかっていないし、発生源も感染経路も特定できていない。わかっていることといったら、夏が近づくと感染者が急増するということ、一度感染したことのある人は二度と感染しないこと、そして影が二つできることをのぞけば基本的に無症状だけど、ごくまれに感染者の一部に高熱の症状が数週間つづくこと」

「あんたのように」

「そう、ぼくのように」

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