第2話 回想1

「た……」

「た……?」

「食べてます……」


 我ながら小さい声だと思う。私は横にいるエリーシャや、室長のようなタイプではない。しかしながら、もう少しハキハキした声が出せないだろうか。

 

「あの、ご用命をお伺いしてもいいですか……」

「フフ。ごめん。つい、ね」


 つい、とは。

 室長はスッと離れるとまた執務机に座る。室長の視線を受け止めたエリーシャが頷いて扉を閉める。


「北部にある天文台を知っているね」

「アウレリウス天文台ですね。占星術師はあそこで研修を受けるとか」

室長がこくりと頷く。

「そこの衛兵の隊長から知らせが届いた。六氷狼とよく遭遇すると。兵士が数名怪我をおったらしい」


六氷狼。人間の腰ほどの大きさの、白い体毛に覆われた魔獣だ。


「六氷狼ってたしか……氷の大地周辺に住む魔獣ですよね」


エリーシャが不思議そうに言う。

私は室長とエリーシャの雰囲気を伺う。感じ取った間の長さからして口を挟んでも大丈夫だろうと判断し、私は彼女に補足する。室長の前だし、一応敬語で。


「はい。六氷狼の活動圏は北極周辺とされています。兵士の居る天文台付近まで降りてくる事は滅多にないと聞いています。また、彼らは賢く攻撃的で、伝承では六つの魔法を使うとされています」


室長が目で頷く。

「何故彼らが南下してきたのか、原因は不明だ。また、正確な頭数は分かっていない。報告では少なくとも四〜五頭いるとしており、私も同意見だ。一応、天文台で飼っている魔獣が一体居るが、下等魔獣故に戦力としては心もとない。よって今回の件は非魔術使いの兵士らには荷が重い。

そこで我々『陽光』の『調査研究室』へ、六氷狼の駆除、そして出現原因の調査の要請が来た」


『陽光』。この国の、主に魔術師で構成された組織である。調査、輸送、害獣駆除、希少生物保護、医療など様々な役割を負っている。魔獣絡みの件であれば陽光に要請が来るのも頷ける。


「調査は調研(調査研究室)が担当するとして、魔獣駆除は戦闘室ですか?」

エリーシャが尋ねる。


「その通りだ。戦闘室から一名遅。そしてウチから出すのも一名で計二名だ。戦闘室の者も新人だが、腕はいい。彼女は別任務の都合で遅れて向かうが、支障はないだろう」

「……ということは、私がその任務に行く……とか」


とか、などと言ってみたが、分かりきっていた。状況的に私が呼ばれた理由はそれ以外ないのだから。


「そうだ」


私は別れを告げなければならなかった。この都市部の快適な生活に。

まあ、短い間だし、北部も気になるから別に嫌じゃないけど。

窓の外をチラと見やると、葉が風に攫われひらりと消えていくのが見えた。

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