第30話 4月28日に兄と語らう
うっかりしていると、あっと言う間に時は進む。バラバラ殺人騒動のあった5月18日。彼女が急に休みを取れる日まで一足跳びに…行数にして2行ちょっとで残りの4月は過ぎた。
かと言って、何も書かないのはさすがに残りの4月の日々に申し訳ないので、4月の事も書いておこう。
私は4月の下旬から5月にかけて馬車馬のように働いた。馬だけではない、荷台や車輪の分まで働いた。働いている間、アメは尚記に面倒を見てもらうこととし。アメのお世話のお願いは電話でした。直接 会って頼んだ訳じゃないので表情は分からないが、相変わらず得体の知れない声で「了解」が返って来て、相変わらずな兄の対応に微笑んでしまう。
短い間だったがアメは尚記に懐いた…
"短い間だったが''?良く思い出せば、これは表現が間違っている。アメは尚記に出会うなり私を袖にした。
アメは差し出された尚記の手の匂いをかいで、コレは私の物だと言うように尚記の手の平に額を、頬を、肩を、全身をくまなく擦りつけまくったのだ。
私は驚き嫉妬した。アメは私が公園などに連れ出してるせいかあまり人見知りをしない。けれど気高く、触られるのを嫌う。機嫌次第では私が撫でようとしても爪を伸ばした前足で撫でようとした手をはたかれる。
尚記はまたたびでも手に塗って来たのか?私も尚記の手の平の匂いをアメと一緒に一生懸命に嗅いだ。
兄に面倒を見てもらっている間に、アメは私と暮らしている時より毛艶も良くなった。成長期の1番大事な時間を尚記と共に過ごしたアメは、そのあと大きな病気もせずに育ってくれている。しかし甘やかされ過ぎてお姫様のようにもなってしまった。
最近の、いま目の前にいる立派に育ち過ぎたアメは、「今日も貴方しか居ないのですか、では仕方ありませんわね。遊んで差し上げますわ」そう言って…そう仰って、紐を咥えて私を見ている。
(なぜ、貴方はわたくしと遊ばないのですか?)太陽が西から出ているのを見ているように驚いた目だ。私は平伏して、書くのを中断して紐を振った。
アメは最初お淑やかに遊んでいたが、途中からは必死の形相で見境もなく紐を追い掛け回している。
ガッ!と紐の先にダイブして、伸ばしたツメで紐を引っ掛け、体を反転させて、仰向けになりながら背中で床を滑って行く。口を大きく開けて、捕まえた紐を舐り回す。
ピロん。紐の先が口から飛び出ると、また口を大きく開けて、紐の先を咥えようとする。逃すまいと前足も使う。その前足は…手は開き切っており、ツメは根元までギンギンに出きっている。
私が微笑みながら見ているのに気がつくと、ハッとしたように、仰向けをやめて座り直し。「いやですわ」前足で目の上を擦った。
可愛さのあまり、成長したアメの描写に予定より多くを割いてしまった。
尚記が面倒を見てくれていた4月くらい、アメはまだ小さい。
話と時間を戻そう。
4月の中旬からは、本当に現場と部屋との往復だけだった。起きて、働いて、食って、寝る。彼女からメッセージアプリでなにかしら連絡が来ている時は返信をしたが、彼女も忙しいらしく一度に行き交う言葉は少なく、「お休み」や「また今度ね」などのメッセージが送られてきた。
その他の出来事とも言えぬ事柄は、たまに尚記が一緒に夕飯を食べて行ったことぐらいだ。考えてみれば、私の肌艶も良くなっていたかも知れない。尚記は以前のように料理を作っておいてくれ、余った物を保存しておいてくれた。
私たち兄弟はお互いに話す方では無い、一緒に夕飯を食べていても、
けれども それは側から見た話であって、当人たちは、少なくとも 私は一人の時よりよっぽど美味しく食事が出来た。まぁ、作っているのが尚記だからかも知れない…
書いていて思ったが、アメと尚記が居なければ、起きて、働いて、食って、寝る。それだけで4月は終わってしまっていたかも知れない。うっかりすると人生 全てがそれだけだ終わっていたかも知れないのだ。そうならなくて良かった。
「ネコを拾うと幸に拾われる」
「なんだそれ?」
食事中にも私はその不思議な格言を思い出していた。ボソッと言った私の一言に、ご飯をよそって来てくれた尚記が反応した。
「良く分からないんだ、でも今みたいな事を言うらしい」
尚記は私にご飯を渡したあと、座布団の上で胡座を掻いて、卓をトントンと2回つついた。
(まさに今のこと?)私を見る尚記の顔はそう訊ねて来ている。
時間は21:00を過ぎた頃だった。私は仕事終わりのシャワーを浴びて、尚記が作ってくれた料理が並べられていくのを、先に出された物をつまみながら待っていた。
「そう、今……今? 今って言うか、今に至るまでの状況…かな?」
卓をつついたくらいで通じてしまい、言葉を交わさないから、側から見たら仲が悪そうに見えるのだろう。
尚記は次に、ちょうど箸で摘んだお新香を指差して、お新香を口に運んで行く。と共に、お新香を差した指もそれに合わせて動かす。お新香を口に入れて、大袈裟に2回 顎を大きく動かした。指は口元を指している。
(この食べている状況が幸に拾われているの?)と訊いて来ているのだ。
私は眉間にシワを寄せた。
1人で居る時よりも、2人で美味しく夕食が取れている状況になった事。それはアメを拾って、尚記にアメの世話を頼まなければ起こりえなかった状況なのだが、兄弟の尚記にはそこまで説明したくない。
そんな困った私の顔を見て、尚記はニコッと笑い、肩をすぼめる。肩をすぼめただけだ。けれども伝わって来るのは、
(お前が言いたく無ければ、言わなくていい。けど、言いたくない理由が分からない。きっと大した事じゃないんだろ?
お前に取っては大した事かも知れないけれど、それは他の人からしたら大した事じゃないから、そんなに気にする事は無いよ)
そんな風に言われている気がする。
「二人で食事を出来る状況が、幸に拾われてるの?」
お新香を食べ終わった尚記が、お新香を食べた感想を言うように聞いて来た。(どう? 今日も上手く漬けられてると思わない?)
そんな感じだ。
私はむせかけた、(分かってるんなら、先に言ってくれよ……って、言ったのか。私が勝手に勘違いしただけか、でも勘違いするような仕草をしないでくれ……って、笑って、肩をすぼめただけか)
尚記と喋っていると、弟の私ですらモヤモヤする時がある。尚記を知らない人は大変だろう。知っているからこそモヤモヤするのか?
むせそうになるのを何とか堪えて、平静さを装いながら。
「そう…だね。独りよかはマシだ」
ここは無理に意地を張るより、認めてしまった方が、私の弟としてのプライドも保たれる。
独りよりかはマシだ。つまり尚記と食べている方が良い。私はそう認めたのに、尚記はそれに対して何の感想も言わず、
「分からないって?」
私にはその質問が分からない。この時は分からなかった。
「良く分からないって、言った。」
理解できるまで、一手間か二手間かかる。私が「良く分からない」と言った。そう理解するのに一手間をかけ、いつ「良く分からない」と言ったか思い出すのに二手間をかけた。
本当に些細な事だ、手間も掛かって無いと言って良いくらい微細なことだ。
「分からないって…いや、そのままだよ」
分からないものは、分からない。
2月22日にネコをひろう 神帰 十一 @2o910
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