第29話 3月29日に初めての投稿をする
彼女は私の答えなど待たずに続ける。
「ホラ、チョット不謹慎だけど非常口を開ける時って非常でしょ?通常じゃ無い訳でしょ?つまり日常じゃない時に開ける訳だから、なんか開けると、その向こうには非日常があるような気がして、開けたくなるんだよね。変かな?変だよね?だって開けたくなるんじゃなくて、実際に開けようとしちゃうんだから」
変と言うか、周りの人や管理している人は困るだろうと思う。
「でも、大丈夫。わたしの中ではちゃんと非常口の非日常レベルがあってね。レベルが低いのは非常事態の時に良く使われそうな扉。これはイタズラしちゃダメから開けようとはしないよ?
レベルが高いのはね、極端な話し廃虚の非常口とか、もうそこにあって何の存在意義があるの?ってヤツ。
日常ではその存在意義が無くなっているのに、それでもそこに存在している理由は?って考えて、その存在理由は非日常に繋がっているからだと思うとワクワクする。
そう言う存在意義を無くしたレベルの高い非常口だけを、ちゃんと周りを確認して開けようとしているから大丈夫なの」
もしも彼女に会えたなら、「ちゃんと」と「大丈夫」の意味を教えてあげよう。
「まぁ、たいてい開かないんだけどね。わたしも本当に開かれると困るし、開いちゃった場合、だいたい扉の向こうにあるのは現実だからワクワクが覚めちゃう。寧ろ開かない時のドアノブのあの抵抗の方がたまらなかったりするんだよね。向こうに誰かが居て押さえつけているような感じだったり、得体の知れない力で封印されているような感じがして、思わずガチャガチャしちゃう。未知な物は未知だから魅惑的なんだよねぇ………」
ウットリと言った様子だ。
「えっ?変かな?変だよね…
それでね……アレ?何の話ししてたっけ?」
あぁ、可愛い。
ヨシヨシと思いながら。
「右手に非常口があったけど、結局 行かなかった話しです」
と伝える。
「あぁ、そうそう……それでね……
ねぇ、トウ…………………
…この話し、終わらない」
彼女との会話は楽しい。
私はこの時それだけを書き残している。
他の言葉は要らないと思ったのだ。それだけを書き留めて置くだけで、この時の楽しさを色褪せずに思い出せると言う自信があった。
文章に起こしているから、区切りの良いところで分割しているが、彼女はここまでノンストップで話し続けた。私はメモをとりながら話しを聞いている。
どうやら私はUSBメモリを買う決意をしたらしい。メモには"USBメモリ購入"の殴り書きがしてある。
「話し過ぎて疲れちゃいましたか?4時間以上は話していますね」
「えっ?そんなに?疲れちゃわないけど、ごめんなさい。久しぶりに人と話したから、つい、いっぱい話しちゃった」
久しぶり?彼女は私と違って、人と接することの多い仕事のはずだが?
「う〜ん、仕事の人じゃない人と話すのが久しぶり。仕事の人は違うんだよね。親しくなれても心おきなくって感じじゃない。心をおいちゃう。それに漫画を描いてる時は篭りんちゃんだよ」
深読みする癖のある私は、私に対しては心おきなく接してくれている意味だと思って、嬉しくなり、また不思議に思った。
「自分とカリンも、ほぼ初対面に近いけど?」
「やだ!いきなり!えっ?なに?…」
私からすれば彼女の反応の方がいきなりである。
「あのぉ、ごめんなさい。自分から言ったのに、まだカリンって呼ばれ慣れてなくて…不意打ち。ズルい」
「やっぱり違う呼び方から、徐々にの方がいいんじゃないですか?」
「いいの、いいの、すぐ慣れる。だって皆んなからはカリンって呼ばれてるんだから…
そんな事よりなんだっけ?
あぁ初対面ね。
そうだね。不思議だね。
でも会い方が会い方だったし、わたしはトウの書いた物を読んでるから、なんと言うか親近感?があって話しやすい。まぁ、最初から話しかけやすそうな、頼みごとしやすそうな顔だったけど…」
頼みごとしやすそうな顔。
思わず陽が落ちて暗くなって来た窓ガラスに自分の顔を反射させた。一瞬、尚記がチラついた。
それから手元に目線を戻して、メモを見て確認をしておかなければならないお願いをした。
「頼み事をされ易そうな顔して何なんですが、自分からも頼みごとがあります…
自分は自分とカリンの事を書いて行こうと思ってます。カリンはたくさん喋るから、会話を録音しても良いですか?」
「えっ?」
やはり、行き過ぎたお願いだったようだ。彼女は波が引いていくような驚き方をした。
「いいよ」
引いた波はすぐにまた打ち寄せた。
彼女曰く、「わたしは動画に出てて、その動画の中で全て素の自分を晒している訳ではないけれど、プライベートを切り売りしているような所もある」
だから、会話を録音される事にあまり抵抗はないそうだ。
「ん〜、子供の頃と違って、今はプライベートも見られてるのが前提。って気持ちが強いかな。ホラ、昔は独り言なんて、その名の通り自分ひとりの事だったのに、今は独り言をつぶやくと皆んなに知ってもらえたりする訳じゃない?面白くて、独創的なつぶやきには価値があるし…
それにトウは変な事には使わないでしょ?」
「もちろん」
「そうか、じゃあ今いっぱい喋ってもトウは困るね。寂しいけど、続きは今度にしようかな。せっかく楽しくなって来たのに残念」
そんな風に言われて、そのまま切りあげる私では無い。
「どうぞ、自分も楽しいので思う存分 話して下さい」
「そう?じゃあ、遠慮はしないよ。で、どっちが良い?漫画の話しと非常口の話し」
どちらも興味深いが順番に漫画の話からを所望する。
「ヨシッ!」
彼女は帯を締め直した。
「エヘっ、最初で結構、進んだって言ったけど、最初の打ち合わせは、もしかしたら、私的には、大した話しをしなかったかもしれない。次までに、好きなものを探して、箇条書きみたいな感じで教えて下さい。そんな事を言われたような…
あと、絵をなんでも良いから、何か描いたものを持って来てください、って。
多分それだけだったので、(また来るのか〜電車代かかるな〜)と、当時のわたしは思ったんだと思う。
何せわたしは賞を取るとも思わなかったし、(本を出したい!)とかも思ってなかったし、根本的に出不精だから電車乗りたくなかったんだよね」
そこまで喋って、彼女は止まった。彼女を止める事が出来たのは、何の感情も持たない機械だった。システムと言った方が良いのか、彼女のキャッチが鳴った。
「あっ、編集さんからだ」
私は一瞬、今と過去が繋がってしまい、少しぽっちゃりめで、前髪を全部あげてひとつに結えた編集さんを思い浮かべたが、流石にきっと別人であろう。
「じゃ、また今度連絡するね」
彼女は別の意味でも抜き身の刀のようである。
話をバッサリと切り上げて、返す刀で電話を切った。
アメが「ドンマイ」 慰めてくれるように、私の膝に小さな前足を置いてくれた。
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