第11-2話 自傷
振り向くと、そこには闇のゲートを背にした未来が立っていた。
空砲をこめかみに当てながら、対峙する2人を睨みつけていたのだ。
「支部長。まずは総也と玲奈を解放してください」
「……おいおい、まさか無条件で、などとは言うまいな?」
「そのまさかです」
支部長――成美が振り向きながら、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
その紅い瞳には、出来の悪い子を見つめるような憐憫と侮蔑の色が混じっていた。
「それをすることの、私にとってのメリットは何だい? 交渉するなら、まずは私が享受すべきメリットを提示したまえ」
「これは交渉ではありません。脅迫です。ここであなたが総也たちを解放しないなら、ボクは桐崎 七也の側に付いてあなたを殺します」
「……ふむ。そんなことをして、今すぐ総也くんと玲奈くんの首が飛んでもいいのかね?」
「そんなことしてみろ。絶対にあんたを殺してやる」
「あはははっ! 面白い! 言うようになったじゃないか、未来!」
成美が声を上げて嗤う。
そして、ふっと真顔に戻って未来に問うた。
「具体的にはどうやるつもりだい?」
「これを使います」
すると、未来は金属でできたそれを七也に向けて投擲した。
それは、寸分違わず七也の足元へと落っこちる。
恐らくは魔法を上手く使ったのだろう。
「まずは、玲奈を解放してください。そして、玲奈に七也に対して手枷を付けさせます。そしたら、七也と総也を互いに歩かせて、人質交換をします」
「そんなことせずとも、ギアスでもなんでも使えばいいじゃないか」
「支部長。お言葉ですが、支部長が望むような内容のギアスでは七也が応じるはずがありません」
「はぁ……。なら君がギアスの内容を考えたまえよ」
「ボクが考えた最良の方法がこれです」
「ふむ……」
成美がしばし黙考する。
辺りは春の陽光に照らされていた。
周囲を包む静謐な緊張感は、その暖かさとはひどくアンマッチなものだった。
「ひとまず、玲奈くんを解放して手枷を付けるところまではいいだろう。父親の下へ行きたまえ、玲奈くん。ほら、未来くん。枷の鍵だ」
その言葉を聞き、パッと笑顔を見せた未来は支部長に近寄り、玲奈の手枷と足枷の鍵を受け取る。
そして、地に伏したまま動けないでいる玲奈の枷を外した。
「私のこと捕まえたあなたにこんなこと言うのは変かも知れないけど……。ありがとう、明日香ちゃん」
「だからボクは未来だって言ってるだろー?」
玲奈はよろよろと起き上がると、軍服で顔について泥を拭いつつ、父親の下へと歩いていく。
そして、彼の足元にあった手枷を拾うと、それを父親に見せた。
玲奈は心配そうに七也のことを見つめている。
「私のことは心配するな。手枷を付けなさい」
「お父さん……」
玲奈は悲しそうな視線を向けつつも、差し出された父親の手に枷を当てる。
ガチャンという音を立てて、魔法封じの枷は七也の手に嵌められた。
「では、私と総也が一歩ずつ歩いて人質交換という形でいいな?」
「いんや? そのまま君がこちらに歩いてきたまえ。その後に総也くんを解放しよう」
「飲めない、と言ったら?」
「君の息子の首が飛ぶよ? さっきまでならともかく、今なら未来くんに裏切られたところで負けることはない。君の魔法は封じたからね」
「……いいだろう」
そう言って、七也は歩き始める。
「お父さん……」
そんな七也の背中を玲奈は悲愴な目で追っていた。
このままでは父親は死んでしまう。
でも、武器を取り上げられた彼女には、できることなど何もなかった。
「心配するな、と言っただろう。玲奈」
すると、ちょうど玲奈と成美の中間程度の場所で七也が立ち止まる。
そして、手枷の嵌められた両腕をスッと前に差し出した。
「……?」
急に立ち止まった七也のことを、成美が訝し気に見つめる。
それが彼女のミスだった。
成美は、この瞬間、傍らの総也の首を飛ばしていなければならなかった。
「っ!?」
閃光が、天から地へと縦に薙ぐ。
その場にいた全員が息を呑んだ。
……未来と七也以外。
「ぐぅっ……!!」
銃声が響くと同時に、七也が痛みを訴えるかのような声を上げる。
それもそのはずだ。
彼の手首は、手枷ごとボトリと地に落ちたのだから。
「なっ……!」
その光景に、成美はあっけに取られた。
そのせいで、彼女は横から迫るその「影」への反応が一瞬遅れた。
「ちっ……!」
その時にはもう遅い。
成美の体幹と四肢は未来の放った影の触手によって絡めとられていた。
成美は、部下の裏切りに苛立たしげに舌打ちをした。
「死ねっ!」
影に拘束されながらも、成美が光の刃を七也と総也に向けて放つ。
寸分違わず2人の首を狙った斬撃。
しかし――。
「何……!?」
光の刃は、まるで闇の中へと消えていくかのように薄まり、霧散した。
それは、光が散乱しているかのようだった。
光の刃はかき消え、2人を傷つけることは叶わない。
「未来……貴様ァ……!」
宙に持ち上げるかのように全身を拘束されながら、成美は未来を睨みつける。
この状況を画策したのが未来だったのは、誰の眼にも明らかだった。
瞬間、負けを悟った成美の姿が宙から消失する。
転移魔法でいずこかへと逃亡したようだった。
「首相……!」
周囲の森の中から、少年と少女が姿を現す。
それは、星 一輝と来音 真理亜だった。
真理亜は素早く七也に駆け寄ると、地に落ちた両の手首を拾い上げ、立ち膝を突いた七也の前腕に押し付ける。
そして、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「天におはします私たちの父なる神さま。お祈りいたします。一時のためとはいえ、人の手を傷つけるという罪を犯した私たちをお赦しください。そして、もしお赦しくださるのでしたら、どうか彼の腕を元通りに治して差し上げてください。私たちの主、イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン」
すると、真理亜の身体から光が解き放たれ、その光が七也の斬り離された手首に集束する。
次の瞬間、ビームの剣によって焼き斬られた七也の手首は、元通りに繋がっていた。
「っ、はぁ、はぁ、ありがとう、真理亜くん……」
「いえ、お命に別状がなくて何よりです。首相……」
対する一輝は総也の下へと駆け寄る。
そして、その手にビームで形作られたナイフを作り出すと、それで総也に付けられた手枷と足枷を器用に破壊した。
「助かる。一輝……!」
「お安い御用です。むしろ、首相の手首を斬り裂くなんて真似を働いてしまい、申し訳ございませんでした」
「概ね状況は理解した。未来の立てた作戦だったようだな」
「はい。最悪の場合、先輩のお命がなかったかと思うと今でも震えが止まりません」
その言葉に、総也は一輝の楽しそうにピンピンしている身体を見て、眉を顰める。
どう考えても嘘だった。
「しかし、お前、いつの間にそんな魔法を……」
「いやー、僕は天才ですからね! なんか、こう、首相が言う通りにイメージを固めてみたらできちゃいました!」
それでできるようになるものなのだろうか。
試しに、総也は父親のように紫電を身に纏うイメージを活性化させてみる。
しかし、紫電は愚か、静電気の一発も発生する気配すらなかった。
「いや、ほんとおまえ天才だよ……」
総也は真理亜の方をチラリと見る。
彼女も、七也の演説を聞いただけで魔法を使えるようになったタチなのだろうか?
だとしたら、彼女も大したものだ。
「あ、いえ。来音さんは違いますよ? どうも、彼女は元から魔法使いだったようです」
「なるほど……魔法使い、ねぇ……」
総也の視線から彼の疑問を汲み取った一輝が、真理亜が元から魔法使いであったことについて説明をする。
曰く、アメリカ留学中は魔法使いの通うハイスクールに通っていたらしかった。
「じゃ、ボクは逃げるね」
総也の近くに寄ってきていた未来が、軽い口調で言う。
自分を捕まえ、そして自分を解放する手助けをしたというよく分からない行動に出た少女のことを、総也は訝し気に睨みつけた。
「いつ支部長がボクに復讐しに来るかも分からないからねー。総也のお父さんにいい場所を教えてもらったから、ボクはそこに逃げます。また縁があったら会うこともあるかもねー。じゃあね、バイバイ。総也」
「待てっ! 結局お前はいったい――」
言い終わる前に、辺りに空砲による銃声が響き、未来の背後に闇の穴が空く。
そして、後ろ飛びにその中へ飛び込むと、すぐに未来の姿は見えなくなってしまった。
「行っちまった、か……」
「先ほど、僕らがここを目指して歩いてたところに彼女が待ち構えていてですね。『このままだと総也と玲奈の記憶が消されちゃう』って言い出すものですから、何事かと話を聞いてみたところ――」
一輝曰く、先ほど成美が総也たちに「挨拶」しに来た際、未来はすぐに彼女の後を追って、牢屋の外で聞き耳を立てていたらしい。
そして、自分が支部長に嘘を吐かれ、結局総也たちの記憶は消されてしまうことを知った未来は、七也の側に付くことを心に決めたらしかった。
その後、未来は総也たちを助けに来るためにやってきた七也を待ち構えて、森の中で接触。
彼らと相談し、七也に魔法封じの手枷を嵌めて成美を油断させた上で、彼の手首を一輝のビームソードで焼き斬るという作戦を立てたという次第だった。
「しかし、親父もお前も無茶をする……」
「できることは、事前に練習をして確かめておきました。来音さんが局所麻酔の魔法を使えたお陰でもあるんですよ? ……ああ、首相。この度は申し訳ございませんでした」
「いや、いいんだ。君のお陰で総也と玲奈を無傷で取り戻すことができた」
いつの間にか総也と一輝の方に来ていた七也に、一輝が謝罪する。
総也は自分を助けに来てくれた父親を見上げると、素直に感謝の言葉を述べた。
「親父、ありがとう。……ところで、さっき手首を斬られて痛がってたのって――」
「ああ、半分は演技だよ。ただ、もう半分は本当に痛かったのだがね」
「それはどういう……?」
「神経遮断の魔法で完全に神経をブロックしてしまうと、指先まで動かせなくなるようでな。不自然に思われないために、遮断は不完全にしてもらった。そもそもとして、真理亜くんは手で触れられる存在に対してしか完全に神経遮断はできないようだったが……」
「申し訳ございません、首相……」
今度は真理亜が七也に謝罪する。
とにかく、七也が息子と娘である総也と玲奈を救うために相当の無茶を行ったことは明らかだった。
自分は父親に愛されていないと思い込んでいた総也からしてみれば、それは嬉しいような恥ずかしいような奇妙な感覚だった。
「真理亜も、その……ありがとな」
「あ、いえ、あの……はい……」
総也と真理亜がぎこちなく会話をする。
他の3人は、その様子を生暖かい目で見守っていた。
「さて、一件落着といったところで帰るか。近くの平地にヘリを呼んである」
「ここまで1時間もかかったんですよ? 感謝してくださいね、先輩」
指先の感覚を確かめるかのように手をグーパーグーパーしている七也と、魔法を存分に使えて実に楽しそうな一輝に急かされて、総也は立ち上がる。
そして、近くに駐留させてあるというヘリを目指して彼らは歩き出した。
「ちなみに、ここってどこ?」
玲奈が当然の疑問を呈する。
総也も疑問に感じていたことだった。
「ここですか? 長野県ですよ」
「マジ?」
「マジかよ……」
一輝の答えに、兄妹は同時に声を上げた。
その後、彼ら5人は軍用ヘリに乗り込んで戦場を去ったのだった――。
神罰 ―死後実見― アルタイル @altair_david
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