第61話:身に余る優しさ

「君は、ここが好き?」


「好きだよ。みんなやさしいし、こんなに広くてお日さまがたくさんなところ、みたことない」


「そうか。ここにこられて、よかったね」


「でも、外のおうちに帰りたいな。僕はお父さんみたいなかりーどになるんだ。弓を持って、山の中をすごい速さで走るんだよ。かっこいいんだ」

 狩人のことだろうか、舌がまだうまく回らない口調で、男の子は喋る。


 一緒に遊ぼうよ、というこども達の誘いを断って、リオンとセイラは自分たちが拘束されていた小屋に戻った。


「守りたいな、この場所を」

 リオン呟く。


「そうですね」

 セイラが頷く。


 自分にできることはなんなのか、リオンはしばらく考え続けた。セイラは、なにも話しかけようとはせず、ただ静かにリオンを見守っていた。


 夜になって、二人は夕食に誘ってくれたエジルの小屋を訪ねた。


 中年の女が、食卓の側の椅子に腰掛けている。エジルが、忙しそうに、台所から食卓に食器を運んでいた。


 食卓に、五人分の食事が並んでいる。木の杯に注がれた水に、パンが数切れとスープが用意されていた。


「いらっしゃい。あなたたちが、エジルの言っていた、外から新しく来られた方々ね」

 エジルの妻だというその女は、優しく二人を迎え入れた。


 もてなしの礼を言い、リオンも椅子に腰掛ける。食事の準備が整い、四人が椅子に腰掛けた。


「さあ、食べようか」

 エジルが両手を組み、祈りを捧げる。


 帝国にはない習慣だった。なにに対する祈りなのかも分からないまま、リオンもエジルに倣う。


「あの、もう一人いらっしゃるんじゃないんですか」

 セイラが、空席の前に並べられた食事を見て言う。


「いいのよ、それは。あとでエジルが食べるから。ああ、そうだ、もし足りないようでしたら、お二方に召し上がっていただこうかしらね」

 エジルの妻が、さみしげに微笑んだ。


 客人が一人こられなくなったのだろうか。不思議に思いながらも、リオンはパンを口にする。リオンが帝国で食べていたものに比べると、質素なものだった。しかし、ここではこれがごちそうなのだろう。


「大変だったでしょう。もう少し休んでもらって、元気になったら、畑仕事を手伝ってもらおうかしら。ここにはいろいろな仕事があるから、興味のあることがあったら言ってちょうだいね」

 二人がこの里での生活に溶け込めるようにだろうか。エジルの妻は、ここでの暮らしがどんなものか、談笑を交えながら教えてくれた。


 いつもは木の実や山菜を食べていることが多いらしい。植物の繊維から、自分たちで衣服を作っているようだ。農具や工具は木製のものがほとんどだが、時々、外を旅した民が、金属などの貴重な品々を持ち帰ることもあるようだった。


 祖国と信じていた国を追われ、行き場を失い、自ら虐げられて来た人々に捉えられ、ここへ至った。マナがなにを考えているのかわからないが、こうして山岳の民と食卓を囲んでいる。数日前までは想像もできなかったことだ。


 疲れ切った心に、夫婦の優しさが沁み入り、その食事ははいままで食べたどんなごちそうよりも美味しく感じられた。

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