第60話:隠れ里での暮らし

 こういった事情を、山岳の民はどこまで知っているのだろうか。


 エジルは、さらわれた子が兵士として育てられることすら知らないようだった。しかし、おそらくマナはある程度知っていることもあるのだろう。そうでなければ、カイを説得することはできない。


 帝国の内部で、このことを知っているのは誰だろうか。タリル旅団の団長であるリオンが知らないということは、かなり限られた人たちの間で計画されていることは間違いない。


 鬱々とした気持ちを抱えたまま、それを振り払うように隠れ里の中を見て回る。


 ここで暮らす人々は、皆ぼろを着ていて、痩せこけている。しかし、どこか穏やかな表情をしているように見える。ここは、山岳で唯一、安心して暮らせる場所なのだろうか。


 しかし、帝国が誘拐するこどもの数が減っているということは、山岳全体の人口が減っているということだ。この限られた平穏も、いつまで続くものかは分からない。


 帝国がタリル旅団を擁することによる軍事的優位を、手放すはずがない。帝国は血眼になって山岳を侵略するはずだ。そして、山岳の民が滅びた後、次の手を考え、また新たに苦しむ人々が生まれるのだろう。


 隠れ里の中では、こどもたちが楽しそうに駆け回っている様子も見られた。ここで育った子か、逃げ込んできた子かは分からないが、このこどもたちも魔力を浴びて育ち、魔道武具への適性を知らぬ内に高めていくのだろうか。


 リオンはこどもたちを目で追う。豊かな生活はここにはないが、それでも幸せそうに見える。


 もし自分も、山岳で育っていたら、どんな人生を送っていただろうか。リオンは、つい想像してしまう。マナのように武器を手にしていただろうか、エジルのように作物を育てていただろうか。もしかしたら、帝国軍によって殺されていただろうか。


 どうであれ、偽りを植えつけられ、罪のない人々を殺してまわる人生よりは、上等なものに違いなかった。


 リオンとセイラに気づいて、こどもたちが駆け寄ってくる。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、外からきたの?」

 女の子が、無邪気にきいてくる。歳はまだ七つ前後だろうか。


「そうだよ」

 セイラがかがんで答える。


「大変だっただろ。外は悪いやつらがいっぱいいるからな」

 同じ年頃の男の子が、セイラを労わる。


「君も、外から来たのかい?」

 セイラにならって、リオンもかがんで話をする。


「うん。黒い悪魔がやってきて、お母さんと一緒に、逃げてきたんだ」


「そうか……」


「でも、お父さんが、悪魔をやっつけてくれるって。僕とお母さんを守ってくれるんだ、って言ってたから、大丈夫だよ。だから、にいちゃんも、もう大丈夫だ」

 誇らしげに男の子は語る。


 帝国軍に勝てる山岳の民などいない。マナが、これまでの唯一の例外だった。おそらく、この男の子の父親は、無事ではないだろう。リオンは、痛ましく感じて、目をそらした。

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