第59話:栽培

「しかしなんだって、帝国のやつらは、こどもたちをさらうんだろうな。山岳と比べれば、帝国の方があふれるほど人を抱えているだろうに」

 男はどうやら、さらわれたこどもたちがどうなるのか知らない様子だった。


 まさか、こどもが洗脳され兵として育てられ、山岳の民に剣を向けているとは、夢にも思っていないのだろう。


「そうだな」

 知らない方がいい。リオンはそう思い、男の疑問には答えず、ただ同調した。


 暗い雰囲気になったのを察したのか、男が気分を切り替えるように明るい声を出す。


「二人とも、疲れているだろう。今夜、ごちそうさせてくれないか。久々の客人だ。もてなしたい」


「いや、それは申し訳ない」


「遠慮するな。たまには誰かいてくれた方が、妻も料理のしがいがあるだろう」

 固辞するリオンを、男がしつこく誘う。


 リオンはそれから何度か断るが、なかなか折れない男に根負けして、厚意にあずかることにした。エジルと名乗った男が、どの小屋に住んでいるのか聞いてから、リオンとセイラの二人は、また隠れ里の中を見て回った。


 行き交う人々が、物珍しそうに二人を見る。それなりの数の人が住んでいるとはいっても、やはりよそ者は目立つらしい。しかし、エジルのように話しかけてくる人はいなかった。


「さっきの話だが、なぜ帝国は山岳からこどもをさらうのだろうか。軍を編成したいだけなら、確かに帝国内から集めた方が早い」

 リオンはセイラにたずねる。


 エジルに言われるまで、そんな当たり前の疑問に気づくこともなかった。なにしろ、リオン自身は、ずっと誘拐されたこどもの保護だと信じていたのだ。それ以外の理由を考えたことなどなかった。


「それはおそらく、この山岳の特殊な環境のせいです。多くの魔石が眠る地ですから、このあたりは強力な魔力の渦におおわれています。だから、ここで育った子の、魔道具適性はとても高い」

 既に予測がついていたようで、セイラは即答する。


 帝国の民の多くが持つ魔道具の中でも、戦で使える魔道武具は貴重なものだ。帝国の国力を持ってしても、数千を生産し保持するので精一杯だ。だからこそ、その道具を使いこなせる者に持たせる必要がある。一般の兵でも魔道具を扱うことはできるが、本来の力のごく一部しか引き出すことができない。


「それなら、ここに育成機関でも作ればいいとは思うんだがな」


「かなり幼い頃から、ここで過ごす必要があります。軍人になる前提で育てられるとわかっていて、幼いこどもを差し出す親はなかなかいません。無理やり徴集しても市民の反発を生むでしょう。だからこそ、ここで自然に育ったこどもを、さらって孤児として育てるのが、帝国にとっても都合がいいのでしょう」


 もしそのセイラの推測が正しいのだとすれば、やはりおぞましい仕組みだ。山岳の民の怨嗟がどれだけつのろうと、帝国にとっては関係ないということか。

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