第4章:裏切り者の選択

第57話:次なる選択

 マナが小屋に戻ってきたのは、翌朝になってからのことだった。


 リオンは、一睡もできないまま朝を迎えていた。しかし、眠気も感じていなかった。頭の中で、昨夜マナに言われた言葉が、繰り返し響いていた。


 マナは、昨夜とはうって変わって落ち着いた声で、捕虜の二人に話しかける。


「考えたんだが、やはりお前の命の使いどころがわからない。団長の身分とはいえ、人質としても、交渉に応じるほど帝国は甘くないだろう」


「俺には、剣しかないんだ。帝国を倒すことはできないが、ここの人たちを、守らせてくれないか」

 一晩考えても、リオンに思いつくことはそれしかなかった。そうやって生きてきたし、それ以外の生き方は知らない。


「また流されるままに、剣を執り、敵を殺すのか。なにも変わらないな、お前は」

 軽蔑の視線を、マナがリオンに向ける。


「今度は、命令じゃない。自分の意思で決めたんだ」


「私たちを殺していた時も、命令があったとはいえ、どうせ自分なりの信念のようなものは持っていたんじゃないのか」


「それは……」


「今さら味方の兵が一人増えたところで、なにも変わらない。たとえお前が、数百の帝国兵を葬れるとしてもだ。一晩経って出た申し出がそれとは、やはりお前になにかを期待しても無駄なのかな」

 マナに否定され、リオンは返す言葉を失う。


 マナがリオンに近寄る。その手には、短剣が握られていた。


 今度こそ殺されるのか。リオンは覚悟を決めていたが、やはり兵士としての習性か、凶器を目の前にして身構えてしまう。しかし、後ろ手に縛られたままではさすがのリオンもなす術がない。


 しかし、マナは、短剣でリオンを縛る縄を切った。


 状況が飲み込めず、リオンはマナを見つめる。


「言っただろう。簡単に殺すつもりはないと」


「俺は、なにをすればいい」


「なにもしなくていい。ただ、ここで、少しの間暮らしてみろ。お前のことは、近隣の山から保護した男だということにしておいた。素性を知るものには口止めをしてある」

 マナが淡々と言う。


 益々、なにを求められているのが分からなくなって、リオンは混乱する。ここで自分を解放することで、山岳の民にとって有利になることはないはずだ。


「もちろん剣は返せない。里から逃げようとも思うなよ。出口の警備は厳重にしてある」


「もちろん、そんなことはしないが……目的はなんだ」

 セイラを縛り付ける縄の、硬い結び目を解くのに苦戦しながら、リオンは問う。


「さあどうだろうな。それも、自分で考えてみるんだな」

 そう言って、マナは小屋から出て行った。


 昨晩、マナは、間違いなくリオンに殺意を抱いていた。立場ある者としてその衝動を必死に抑えていたのが、感じられた。その彼女が、どうしてリオンを解放するのか。


 どうしていいのか分からず、リオンはしばらく立ち尽くしていた。

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