第54話:遅すぎた対話
セイラに後押しされて、リオンはその夜の内に山岳へと踏み入った。あてがあるわけではなかったが、カイと戦った場所まで行った。そこから、山岳の民たちが逃げて行った方へと進む。
あれから何日もたっている。誰かがここに残っているとは思えない。
しかし、もともと金髪の槍使いの女は、カイをどこかに連れて行こうとしていたのではないだろうか。そうであれば、この方向に何かがあるかもしれない。
リオンとセイラはそこからさらに数日間を山で過ごした。あてもなく、山奥へと進んでいく。川を見つけると、片方が見張りに立ち、交互に水を浴びた。
時々、動物を見ると、食糧とするため狩った。魔道具を使いこなすリオンは、飛び道具を持たずとも十分に狩りをすることができた。
各国に恐れられる帝国の旅団長が、あてもなく山をさまよい、貴重な魔道具を獣を狩るためだけに使っている。その情けなさを思い、リオンは時々自嘲した。
昼間に、火を起こして鹿肉を炙っていると、なにかが木々の奥で動く気配がした。リオンは黒剣の柄に手をかける。
「なにをしにきた」
女の声がした。聞き覚えのある声。これは、あの槍使いの声だ。マナ、とカイに呼ばれていたことを思い出す。
「話がしたい」
「そう言ったカイに剣を向けたのは誰だったかな」
皮肉めいた口調でマナが答える。
「状況が変わったんだ。お前たちがこどもをさらっていたわけじゃないと知った。むしろ、俺たちが、お前たちを虐げていたと知った」
「カイになにか言われて、帝国に疑念を抱いたのか。いまさらだな。もう遅い。歩み寄るには、貴様は私たちの同胞を殺しすぎた」
「許してくれとは言わない。ただ、つぐなう機会を与えて欲しい」
「つぐない?」
マナの声に怒りの感情がのる。
葉がこすれる音がして、木々の奥から金髪の女が姿を現した。その手には、あの風を起こす魔道具の槍が握られている。
「もう遅い。死んだ命は戻らない」
「これから死ぬ命を、救えるかもしれない」
リオンは必死に女を説得する。
山岳の民へつながる唯一の手がかりだ。ここでマナがリオンと敵対すれば、つぐなうこともできず、帝国に戻ることもできず、リオンは行き場を失う。
「いまさら、貴様を信用できるとでも?」
「俺たちは二人だけだ。それに……これで信用してもらえるだろうか」
リオンは黒剣を、鞘ごと女の足元へと投げた。リオン、とセイラが驚いて諌めるが、もう遅い。
マナは驚いた表情をして、視線はリオンから外さないまま、黒剣を拾い上げた。鞘から刀身を少しだけ引き抜き、それが間違いなくリオンの武器であることを確認する。
「案内する。方角は指示するから、お前たちが先を歩け」
マナは、自身が来た方向を指差す。
リオンが素直に従うと、セイラも渋々といった様子で歩き出した。マナは、二人の後ろから、槍を向けながら付いてくる。
いまにも刺されるのではないかと、セイラは気が気でない様子だった。
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