第55話:秘境

 森の中を、なんども方向を変えながら、奥へ進んでいく。


 リオンは、方向感覚を失い、どちらの方角に自分たちが向かっているのかもわからなくなった。


 やがて山岳の中でも、より高く山々がそびえる一帯へたどり着いた。


 金髪の女が指し示した先に、洞穴がある。リオンとセイラは、言われるがままにそこへ踏み込んだ。あかりもなく、足元は岩場でごつごつとしていて、気を抜くといまにも転んでしまいそうだ。


 足元を確かめながら慎重に歩みを進めると、奥にようやく光が見えてきた。


「これは……」

 そこに広がった景色を見て、リオンは息を飲んだ。


 広大な森の中に、畑と集落が点在している。盆地になっていて、周囲は高い峰の連なる山々に囲まれている。その峰から、滝が流れ落ち、あまりの高さに、地面に着く前に水が霧散して消える。


 神秘的な光景だった。どうやら、洞穴を通って山の向こう側へとたどり着いたらしい。イルマ山岳にこうしたところがあるとは、噂ですら聞いたことはなかった。


「ぼやっとしてないで進め」

 マナに槍先を突きつけられ、リオンは再び歩を進める。


 ある集落についたところで、マナが立ち止まるよう指示する。マナが大声で帰還を知らせると、剣を持ち軽装の鎧を身につけた人々が数人、急いで駆けつけてきた。リオンの姿に気づき、殺気立って剣を抜いて警戒する。


「剣を収めろ。大丈夫だ、武装は解いてある。こいつらを拘束して、小屋に放り込んでおけ」

 マナが人々を落ち着かせ、指示を出した。彼女が指揮系統では上に立つらしい。

 

 抗議の声をあげたセイラは無視され、二人は縄で縛り上げられた。そして、乱暴に、近くにある木組みの小屋に放り込まれる。


「巻き込んですまないな」

 足音が遠ざかるのを待ってから、リオンはセイラに声をかける。


「私が巻き込まれにきたんですから。気にしないでください」

 セイラは寂しそうにほほ笑んだ。


 それから待ちぼうけをくらわされるものかと思ったが、やがてまた一つの足音が近づいてきて、マナが小屋に入ってきた。


「皆がお前を殺せと騒いでいる」


「……当然、だろうな」


「だが、貴重な情報源を殺すわけにはいかない。まだ帝国の真意も読めない。望み通り、私がお前たちの話を聞いてやる」

 自分でも気が進まないようで、不満そうな表情でぶっきらぼうにマナは言う。


「俺の話を、信じてくれるか」


「お前は、ようやく私たちの光明になりかけた、カイを殺した。それに、私の親も殺した。絶対に信じないし、許さない。ただ、利用させてもらう」


「俺が……君の親を?」


「育ての親だがな。つい最近のことだ。お前たち黒い軍隊がやってきて、殺した。足を怪我して、動けず抵抗もできない状態だったところを、斬られたようだった。剣も振るえない、弱々しい人だったのに、それを無残に……」

 悲しみと怒りが入り混じった、震える声でマナが言う。


 リオンの脳裏に、一人の女の姿が浮かぶ。黒い髪に、白い肌。その肌を伝う赤々とした血。最後に山岳での任務をこなした時に、リオン自身が斬り捨てた女だ。足を怪我して動けなくなっていた。


「もしかして、ナビアという女だろうか」

 山岳の老爺に呼ばれていた、女の名を思い出して口にした。

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