第5話:黒影の旅団

 陣をはっていた山岳のふもとへ戻ると、リオンの姿に気づいた兵たちが慌ただしく動き出す。二百人ほどの兵がここには控えていて、山岳へ戦いに行った仲間の帰りを待っていた。みな一様に黒塗りの鎧を身につけている。


 タリル第五旅団は、市民の間では、黒影の旅団の通り名で知れ渡っていた。帝国内に全部で八あるタリル旅団は、それぞれの団色を持っている。その色に染まった鎧や団旗を用いることが習わしだった。


 いつの間にか雲が流れ、月が出ていた。月明かりが平野を照らしている。ここキルジス帝国は、四季を持つ国だった。いまは春を迎え、若草が大地を覆っている。風が吹くたびに、草原が波打った。


 もう少し早く月が出ていれば、任務も楽に済ませられたのに、とリオンは苦々しく思う。敵の脅威よりも、山岳の暗がりの中での行軍が、厄介なものだった。


 リオンたちは足の速い馬を選んで先行していたのだった。その後わずかな兵を残して馬の世話をさせ、戦いへと赴いていた。後から物資を運ぶ部隊も合流し、これだけの数になっていた。


 これでも第五タリル旅団の、一部の兵にすぎなかった。旅団には総勢で千人の兵がいて、帝都で待機している。今回の戦いは普段に比べると小規模なものだった。


 リオンがそばに転がる大石に腰掛け、一息つくと、一人の女が陣の奥から駆け寄ってきた。旅団軍師のセイラだった。


 鮮やかな銀の長髪が、月明かりを反射して輝いている。他の兵が物々しい鋼鉄の鎧を身につけているのに対し、革鎧を身につけ、身軽に見えた。胸当ては、ふくよかな胸部を圧迫しないよう、大きく膨らんで作られていた。銀の瞳は、戦場には似つかわしくなく、やわらかな光をたたえている。


「お疲れ様でした。怪我はないですか?」

 明るい声でセイラが労いの声をかける。


「これくらいの任務で俺が怪我をするわけがないだろう。他の兵も無事だ。じきに追いついてくる」


「また一人で帰ってきたんですか。仮にも旅団長なんですから、単独行動は控えてください。何が起こるか分かりませんからね」

 セイラはリオンの顔をのぞきこんで叱った。リオンは、わかったわかった、と生返事をして頭を下げた。


「私がリオンの護衛をしてあげてもいんですよ」

 くったくのない笑みを浮かべ、セイラは言う。


「そうだな。次はお願いしようかな。剣の腕は期待できないが。お前にみとれている敵を俺が横から斬れば、楽そうだ」

 リオンはからかうように言うと、これでもちゃんと訓練はしているんですよ、とセイラはふて腐れたようにそっぽを向く。


「俺を護衛するよりも、俺が危機に陥らないよう、立派に作戦を立ててくれよ」

 この任務についてからはじめて、リオンの顔に笑みが浮かんだ。

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