余興のパントマイムで世界救った話

向日葵椎

神の御技

 とある個室居酒屋にて。


「おお! 見える! そこにカバンが見えるぞ大倉!」

「すげぇ! やっぱ大倉のはプロ級だなぁ」

「すごいでヤンす! 大倉殿はすごいでヤンす!」


 俺の同期の<大倉>はパントマイムをしている。今のは“そこにない”カバンを引っ張ってもビクともしない演技だ。

 飲み会に参加しているのは同期の四人で、大倉のほか二人とも入社してから三年目の仲だが、ずっと親戚のように仲良くさせてもらっている。そうでなければ人見知りの大倉はとっておきの特技であるパントマイムを見せたりしない。

 大倉のは特別なのだ。


「出た! カバンだ! 茶色いレザーのカバンが確実にそこにある! 大倉が引っ張ると金具のカチャカチャする音まで聞こえてきやがる! 耳を澄ませる必要なんかないほどにだぜ!」


 大倉のソレは神の領域に到達していた。大倉が引っ張ればカバンが生まれ、大倉が手を突けば壁が生まれる。もはやパントマイムではない。だから下りエスカレーターのパントマイムだけは絶対にやめておけと皆に忠告されている。


 そんなときだ、一人の携帯からアラームが鳴りだしたかと思うと、他の携帯からも一斉にアラームが鳴り出した。

 内容を確認する。


「ん? 巨大隕石接近中につき今すぐ避難を、だと? なんだこれ、誤報か?」

「いや、いいや……ちょっと待つでヤンす! これは誤報なんかじゃないでヤンす。今小生独自のルートで確認した情報によると、現在宇宙で交戦中の空母艦隊の重力制御装置が損傷、その影響で強力な斥力が発生し周辺空間のありとあらゆるものを押し飛ばしているようでヤンす!」

「うーん……わかった。あと大倉はパントマイムやめてこっちに集まってもいいんだぞ」

「ってかよぉ、その巨大隕石ってのはいつぶつかるんだよ」

「今確認中でヤンす! ……ゲゲ、マジでヤンすか!?」

「おいヤンス、どうした」

「あと三分でヤンす!」

「はぁ!?」


 一同居酒屋から飛び出すと、すでにあたり一帯は空を見上げる人で溢れていた。

 見上げるとそこには夜空を覆い尽くすほどの巨大な燃える隕石が迫っていた。空気だけでなく地面が、人々が、世界が、震えているのを感じる。


「おいおい、こいつぁ現実か?」

「ああ! マジでヤンす! この目の前の現実にはどんなデータだって気休めにもなりやしねぇでヤンす!」

「やっべぇな、こんなことなら早くマキちゃんに告っときゃよかったぜ」

「やれやれ、こんなときだってのにお前は。おい大倉、お前も言い残したこととかないのかよ……っておい大倉、お前!?」


 大倉はバットの素振りをする動作を始めたかと思うと、左腕を天に、隕石に突き出した。

 つまり——


「おいおいマジかよ……見える、見えるぞバットがよぉ!」

「まさか大倉、お前!」

「ホームラン宣言でヤンす!」

「隕石を打ち返す気か!? でもそこのビルより低いんだぜ? 待ってるうちに終わりだろうが!」

「いや待て、大倉の様子を見てみろ」


 大倉は足場を確認しながら歩き出した。何か策があるのかも知れない。こんな状況でも大倉ならと、俺たちは固唾を飲んだ。


「……なんだ? 俺は夢でも見てるっていうのか? なんか段々と浮いてねぇか大倉のやつ。おいおいマジかよ。見えるぜ、見えるぜ階段がよぉ!」

「あいつ、いつのまにか階段まで出せるようになったのか! だが階段にしては登るペースが早いぞ」

「皆よく見るでヤンす! あれは階段なんてものじゃないでヤンす! あれは、上りエスカレーターでヤンす! それも高速の!」


 大倉は高速上りエスカレーターを駆け上がり、どんどん上昇していく。すると俺たち以外の人々もその様子に徐々に気がつき始め、これから起こる何かに注目しだした。


「いいぞ大倉! その調子だ」

「かっ飛ばせ! 大倉」

「しかし大倉殿の生み出したバットはあくまで現実のバットでヤンす。隕石相手にうまく打ち返せるでヤンしょうか……」

「信じるしかねぇだろうが! それによぉ、伝説のバッターに必要なもんはなんだと思う?」

「いきなりの質問だな。そりゃあ打ち返す能力しかないだろう」

「違う。必要なのは『希望』だ。どんな逆境でもアイツなら打ち返してくれるという俺たちの希望。状況が絶望的であればあるほど輝くその希望がよ、伝説のバッターには必要なんだよ。ほら応援すっぞ! オークラ! オークラ!」

「大倉殿! 頼んだでヤンす! オークラ! オークラ!」

「『オークラ! オークラ!」


 俺たちの熱気が徐々に広がり、周囲からも大倉を応援する声が溢れる。その声は希望の光のごとく、瞬く間に町中に、国中に、世界中に拡散した。


「『オークラ! オークラ!」


 大倉は上空で足を止め、バットを構える。赤く燃える巨大隕石は目前に迫っていた。


 ——そのときなぜか、俺には大倉が笑っているのがわかった。


「おい見ろ、大倉のバットが光りだしたぞ!」

「それだけじゃないでヤンす! 急速に巨大化してるでヤンす!」

「何が起きているんだ!?」

「まったく、アイツってやつは……そのままぶちかませ! 大倉!」


 まるで巨大な稲妻で切り裂くかのように大倉は光のバットを隕石めがけて振りかざす。

 世界は閃光に包まれた。

 その瞬間の光だけに人類は集中しきっていた。

 そして気がつけば、一瞬の光は星の瞬きへと変わっていた。

 夜空が戻った。静寂が戻った。

 地球を包み込むほどの歓声が湧き上がった。


 それが昨日のこと。

 今日も俺たちは仕事終わりに個室居酒屋に集まった。

 大倉はカバンを引っ張っている。






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余興のパントマイムで世界救った話 向日葵椎 @hima_see

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