不死身人間たちのスポーツ戦争

ちびまるフォイ

自分の道は他人が決める

死ぬことから解放された人間が次に感じる共通の恐怖は「暇」だった。


医療の発達により死ぬことがなくなってしまうと

増える一方の人間は数を持て余すようになった。


暇人を放っておくと悪いことばかりする。

どの国もそれは同じだったので「スポーツ戦争」の開催が決まった。


「っしゃーー! ヘッドショット!!」

「やっぱ現実はVRとわけがちがうぜ!」

「死なないつっても、スリルがあるもんな!」


各国で時期を決めて戦争が行われるようになった。


住宅が壊されないように戦争場所を決めて、

お互いに時間を決めて規定の時間に戦争をする。


生き残った人間が多いほうが勝利国となり、

敗戦国にたいして一定期間の報酬を受けられた。


「あーーあ、負けちまったよ。やっぱ強いなぁ」


「お前なんか序盤で死んでたじゃないか」


「いやあれは車両を爆破されかたらしょうがないだろ」


「はぁ……たまには外国へ格安旅行したかったなぁ~~……」


「次シーズンがんばろうぜ」


敗戦国は指定した領土を「解放領土」として、

そこに訪れる勝利国の人たちはあらゆるサービスが格安で提供される。


最初こそ実戦争の火種になると心配されていたものの

犯罪件数がみるみる減っていくうちに国をあげての一大事業へとなった。


「ぼくは、おおきくなったら、ぐんじんになりたいです!」


子供のなりたい職業ランキングには1位が「プロ軍人」となった。

戦争はテレビ中継されるようになり、お茶の間の定番となった。


「はい、ありがとうございました。それじゃ次は……山田くん」


「ぼくはおおきくなったら、しゅふになりたいです」


クラスの男子はニヤニヤしながらきいていた。


「ぼくは、おそうじがすきです。かたづけがすきです。

 おせんたくしたふとんをほしたときのにおいがすきです。

 だからしょうらい、いいしゅふになりたいです」


「はいありがとうございます。先生はいい夢だと思いますよ。

 みんなもどんな夢を持つかは自由ですからね」


それから十年後。

高校の三者面談で先生は成績表を開いた。


「山田くんの成績ですと、やはり軍人大学がいいかと。

 実際に向こうからいくつか推薦状が来ているんですよ」


「先生。俺は軍人に興味なんてありません。

 バンバン銃を撃つのが楽しいなんて思えないんです」


「しかしなぁ……お前の狙撃の腕はこの学校だけじゃない。

 県、いや全国、全世界でも通用するレベルなんだぞ」


「それは単に体育の授業でやれと言われたからやっただけです」


「お母さん。推薦状を受け取れば学費も免除されますよ。

 それに寮生活となるので生活費もぐっと楽になります」


「そうよねぇ……。うちの国、ずっとスポーツ戦争負けてばかりで

 野菜の値上がりと領土圧迫で生活も厳しいし……」


「母さん……」


どの学校へ進学しても自分の夢を追うことはできる。

そう思った男は軍人大学へと進学した。


進学後に戦争インターハイで好成績を残すと、

在学中にもかかわらずプロ軍隊からオファーが届いた。


「いやぁ、君のような人材を待っていた!

 君もこの国がスポーツ戦争で負けているのは知っているだろう!?

 君のような救世主が来てくれればきっと救われる!」


「でも俺は戦争なんて興味ないんです。好きでもない。

 この学校へ進学したもの母親の生活費のためなんです」


「そうならなおのことプロ軍人になるべきだ。

 いい成績を収めればものすごい軍人年俸をもらえる。

 きっと生活も今よりぐっと楽になるはずだ」


「でも……」


「きれいな女子アナと結婚することもできるぞ!」

「それは別にいいです」


軍人学校へ進学したのは失敗だった。


より優れたプロ軍人になるための訓練に明け暮れるため

他の職業への選択肢は日に日に減ってゆくことになった。


「で、お前どうするの? どのプロ軍隊に入るの?

 軍隊ドラフト前にオファーは来てるんだろ?」


「やっぱ軍隊はいらなきゃだめかな……」


「当たり前だろ。仮に入らなかったとして

 俺たち軍人脳の人間をどこで雇ってくれるんだよ」


「そうだよな……」


「たぐいまれな才能があって、それをみんな知ってる。

 これ以上に幸福なことってあるのか?」


もう男に残された選択肢はひとつしかなかった。


国内のプロ軍隊のひとつに在籍するや、国内戦争でも好成績を収めた。

スポーツ新聞の一面はいつも男の情報がおどった。


いつも戦場にはファンが押し寄せるようになり、

がっかりさせないようにと取り繕うたびに自分の中の溝は深まっていった。


「山田選手。今日の勝利で4連勝達成ですね!」


「ええ、これも応援してくださっているファンのおかげです。

 これからも戦争で相手をどんどん撃ち倒していきます」


家につくまで落ち着ける時間はなかった。


「ただいま……」


「おかえり。あなた、すごく疲れてるわ。もう休んだら?」


「日増しに戦争へ行きたくなくなっていってるんだ。

 引き金を弾く指が重い。もう限界かもしれない」


「あなた……私のことはいいわ。

 この先で生活が苦しくなってもいい。

 あなたが生きたい人生を選んで」


「そんなことできない。

 俺が軍を離れればこの国はまた敗戦してしまう」

 

「戦争はひとりでやるものじゃないでしょう。

 あなただけが重荷に感じる必要ないわ。

 あなたもひとりの人間じゃない」


「でもどうすれば……」


「私、考えたんだけど不祥事をわざと起こしたら?

 そうすればスパッと戦争業界から足を洗えると思うの」


「そうか! その手があったか!」


その夜、男は懐に忍ばせた水筒に酒を入れた。

スポーツ戦争においてアルコールの持ち込みは厳禁だった。


翌日に控えた戦争で男は持ち物検査場へと向かう。

これで最後だと思うと気持ちは晴れやかだった。


「山田選手! 山田選手! こっちへ!!」


「……え?」


持ち物検査前に監督に呼び出された。

部屋に入るとストレッチャーに寝かされた子供がいた。


「山田選手……ほんものだ……」


「息子は君のファンでね。手を握ってやってくれないか。

 そうすれば手術を受けてくれると言っているんだ」


「は、はあ……」


少年の小さくてか細い手を握った。

少年は心から嬉しそうに顔をほころばせた。


「やったぁ……手、握ってもらえちゃった……」

「よかったな。よかったなぁ」


「あの、俺はこれで……」


「山田選手。今日も勝ってくださいね。応援してます……。

 相手の国の奴らみんな皆殺しにしてください……」


「今シーズンの戦争で負けると

 指定領土没収で病院を移動することになる。

 うちにはそんなお金ないんですよ。どうか。どうか……」


「も……もちろんです。今日も勝ちますよ……」


男は持ち物検査前に準備していた酒をトイレに流した。

その日の戦争でも男は一騎当千の活躍で勝利を導いた。


スポーツ戦争で連勝を重ねるほど、男の人気は神がかったものになった。

ますます男の抱えるギャップは強まってゆく。


妻と協力して違法薬物をわざと所持してそれを自首する。

これで選手生命を絶つことができると期待していたが、


「しーーっ。すぐに隠してくださいっ」


「いや俺は違法薬物を持っていて現行犯ですよ」


「ええ、それはわかります。でもあなたは有名人。

 この件はこちらでなんとかしますから、ご安心ください」


週刊誌にリークしても結果は同じだった。


自殺をしても怪我をしても最優先で治療を施される。

最先端の治療により死してもなお蘇生することができる。


「山田選手。もう大丈夫ですよ。完全に治りました。

 いくら死んでもあなたを必ず治してみせますから。

 どんどんスポーツ戦争で活躍してくださいね。応援してます」


医者は誇り高く話した。


しかし、ある日のこと。

男の体についに変調が起きた。


「ゆ……指がっ……動かない……!?」


「山田! 何やってる! はやく撃て!!」

「山田さん! 敵が攻めてきてます!!」


「指が……指が動かないんだ……!」


心の拒否反応が体に出てしまい戦うことができなくなった。


敗戦後、これまで褒めちぎっていたリポーターやファンは男を総攻撃。

しまいには敗戦させるためのスパイだったのではと囁かれた。


「ただいま」


「おかえりなさい、今日はすごく顔が晴れやかね」


「ああ……敗戦して軍から追い出されたんだ。

 ファンからのバッシングもひどくて戦争には出せないってさ」


「そう……」


「引き金を引けなくなったのも、きっと必然だったんだ。

 もっと最初から自分の心に素直になっていればよかったよ」


プロ軍人をクビになり生活は前よりも苦しくなった。


けれど、男は主夫となって家庭を支えることにはじめて生きがいを感じた。

子供も生まれて3人家族で慎ましい生活が何よりも自分に合っていた。


「わたしね、ぱぱとおなじ、ぷろしゅふになる!

 あしたのさんかんびではなす!」


「ははは。主夫にはプロもなにもないんだよ。

 お前は自分が一番叶えたい仕事に向かって頑張りなさい。

 パパのようになっちゃだめだよ」


「ぱぱのおしごとは、ぷろしゅふじゃないの?」


「……ああそうだよ」


男は娘に自分のことを話せなかった。

話すべきタイミングが来たときに話すつもりだった。


翌日の授業参観日。

娘は指名されると用意していた作文を読み上げた。


「……なので、わたしは、ぱぱとおなじ、ぷろしゅふになります!」


「はい、山田さんありがとう。

 でも先生はもったいないと思いますよ。

 親の才能を受け継いだあなたなら優秀なプロ軍人になれるのに」


参観に来ていたほかの保護者もそうよねぇ、と顔を見合わせた。


「せっかくの才能なのに腐らせるなんて」

「きっと親譲りの最高の狙撃手になれるわよ」

「今のうちにサインもらっておこうかしら」

「勝ってたくさん外国旅行に行きたいわね」


ヒソヒソ囁かれる話し声に娘は心配そうに男を振り返った。



「ぱぱ、わたし、やっぱりぐんじんになったほうがいい……?」

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