第3章 説得①
【城塞都市ミドルフォート 宮殿】
騎士マクシミリアンと美少女アイネスフィアに導かれて正門をくぐったノエルの目に映ったのは、絢爛優雅の評判とは程遠い酷く雑多で物々しい戦中の宮殿だった。
調度品の類は全て取り去られ、その代わりに籠城戦のための資材が随所に山積みにされている。防衛上脆い箇所は板やバリケードで補強・封鎖されており、容易には突破できないよう固められている。おかげでノエル達は回り道をするはめになってしまった。
宮殿内のあらゆる広間は寝台や武具がズラリと並べられて、各地から集まった兵士たちの簡易宿舎になっている。びっしりと描き込まれた天井画の神々がどこか複雑そうな面持ちでそれを見下ろしていた。
宮殿の中ではどこにいても低く押し殺したような話し声が耳に入った。さらに時折、遠くの方から人間の叫び声までもが聞こえてくる。
「ねえ。さっきから誰かが叫んでるみたいだけど……」
ノエルが尋ねるとアイネスフィアは沈痛な面持ちで答えた。
「ええ。宮中に負傷者を収容する臨時病棟があるの。入院しているのは皆この前の戦いで負傷した勇士たちよ。でも魔物との戦いで心身を病む人が多くて……なんて恐ろしい」
アイネスフィアの言葉を聞いたノエルの脳裏にセナの村が魔王軍に襲撃されたあの夜の光景が甦る――。
赤い炎を吹き上げて燃え盛る家々、夜の闇にギラリと光る二つの眼。その眼はやがてこちらを見据える。そして迸る白い閃光……そこから先は記憶が飛んでいる。
目が覚めるとノエルは縄で縛られて村の倉庫に閉じ込められていた。倉庫の外には常に若い衆が交代で見張りに付いている。会話を禁じられているようでノエルが話し掛けても一向に相手をしてもらえない。そのまま二日が過ぎた。飢えて衰弱していたノエルを倉庫から救い出したのはミドルフォートからやって来たという若い騎士だった――。
「ノエル殿、王がお呼びです。こちらへどうぞ」
マクシミリアンの声でノエルは我に返る。謁見の間へと続く回廊の一角でノエルは待たされていたのだった。
「あれ、アイネは?」ノエルは辺りを見回す。いつの間にかアイネスフィアの姿が見えない。
「アイネスフィア様なら一旦私室にお戻りになりました」
「そうだったんですか……でも、宮殿内に自分の部屋を持っているなんて、やっぱりアイネはスゴイ人だったんですね!女の子なのにあんなに強いんだもの。きっとお城の女騎士なんだと思ってました!」
「え、アイネスフィア様が騎士……?」
マクシミリアンは目を丸くした。アイネスフィアはレムサス王の娘、エルレシアの王女なのだがノエルはそれに気づいていないようだ。
「まぁ、何はともあれ今から王に謁見するのですが、くれぐれも失礼の無いように気をつけてくださいよ」
マクシミリアンは屈んでノエルの着衣を整えてやる。ノエルはだんだん不安になってきた。
「あの、王様って怖い人なんですか?」
「そうですねえ……普段はお優しい方なのですが、最近は多少イラついておられるかもしれません。なにせ戦時下ですからね」
立ち上がったマクシミリアンがノエルの肩をぽんと叩いた。
「ま、安心してください。ノエル殿は王が招いた御客人ですから、悪いようにはなされないと思いますよ。さぁ、行きましょうか」
「うーん。大丈夫かなぁ」
謁見の間の大扉が開いた。マクシミリアンが颯爽と中に入ってゆく。ノエルが慌ててそれに続いた。
【北グランガルドの奥地 魔王城】
冷たい岩肌をくり貫いた無数の石窟に数多の異形がひしめく魔王城。その中心部に位置する『魔王軍特別会議室』ではその日も魔王の号令により、十三支族長たちが円卓を囲んでいた。円卓の上には高さ15cmほどの人形がいくつも並べられている。
「ほぉ……。これが話に聞く……」
獅子神王ライオネルはそう呟くと、円卓上の人形を巨大な鉤爪の先でつつく。人形とは人気ロボットアニメの1/144スケールのプラスチックモデルである。
「うむ。北グランガルドと中央の境に果てしなく広がる樹海、通称『黒き森』で発見された正体不明の実体(オブジェクト)である」
言葉のみで説明することに限界を感じた魔王ゾディアスはプラモデルを十三支族長たちに開帳し、彼らの感性に訴えかけようと試みているのである。
「発見した有翼魔族の報告によると、かなり広範囲に散乱していたらしい。現在、手の空いている魔族を総動員して引き続き捜索に当たらせている……諸君、余はこれこそが我々の始祖、魔神の授けたもうた最強の決戦兵器であると確信している」
円卓を囲む面々が顔を見合わせる。魔王の言葉とはいえ、そう簡単に信じられるわけではないのだ。
「……言われてみれば何所となく神々しい。造形など人智を超えた不思議な力と勇猛さを感じるような」
ライオネルは顎に手をやり、周囲の目を窺って言葉を選びながら呟いた。他の支族長たちも一応、それに同調する。彼らが曖昧な態度を取るのも無理はない。プラモデルとはそれほどまでに、この世界の常識から外れた代物なのだ。
しかし、そんな会議室内の空気を無視する者がいた。
「珍しいけどよぉ。なんかオモチャみたいだな。すぐ壊れそうだぞ」
爬虫類族の王子、竜人リカルロが手近なプラモデルを一体、わっしと掴み、持った手に力を込める。
その瞬間、恐ろしく素早い鉄拳が円卓の対面から飛来した。
「……ッグエェッ!!!!」
拳骨の一撃をモロに喰らったリカルロは、もんどり打って後方へ吹っ飛ばされる。リカルロが握っていたプラモデルはいつの間にか魔王の手の中にあった。
「バカ者がぁ!壊れたらどうする!」
魔王が声を張り上げて叱責した。リカルロは床にのびて大の字になっている。
「玩具ではないでしょう」
プラモデルをじっくりと検分していた幻魔メンフィスが口を開いた。プラモデルの頭部に生えているアンテナを皆に指し示す。
「人形遊びは主に女の子供がする遊びですが、こんな角やトゲが生えた人形を女児が好むとは思えません。それに、たかが子供の慰み物であればここまで精巧な造りをしている必要はありませんからね」
魔王ゾディアスの右腕であり、実質的なブレーンでもあるメンフィスは人間の文化についても精通していた。
「……それにしても不思議ですね。木製ではないし、ツヤはあるが金属製でもない。おそらく内側は空洞ですが、それを踏まえても非常に軽い。リカルロが言うように非常に脆いのが難ですね。まるで卵の殻のようだ」
メンフィスの論を聞いて魔王ゾディアスは満足げだ。
「この繊細さ。まさしく魔神の御業である。余は『これを雛型として巨大ロボットを作り、人間共を駆逐せよ』という魔神からの啓示だと受け取ったぞ」
(……それは飛躍しすぎだと思う)
会議室の誰もが心の中でそう思った。
「ふーん。人間の女の子関係ないなら私はいいや。ソレなんか変な臭いするし」
退屈そう言い残すと淫魔リリィは席を立った。そのまま会議室を後にする。彼女の奔放は今に始まったことではないので咎める者はいなかった。
リリィの後姿を見送った後、メンフィスが話を進める。
「前回会合までの話によると、魔王様が仰るロボットというのはつまり、この人形をそのまま大きくしたような巨人で、魔王様の思いのままに動く……しかし、生きてはいない。という事でしたが」
「その通り!そして我が直々に乗り込んで人間共を蹴散らすのだ!」
魔王がグッと拳を握り締めた。
「それがわっかんねえんだよなあ」
床にのびていたリカルロが身体を起こした。
「どういう仕組みで動くんだ?」
リカルロの発言は呑気めいてはいたが、支族長たちの思いを代弁していた。ライオネルが頷く。
「うむ。それは我も疑問だった。魔王が内部に入ると言うが、しかし鎧ではないという。一体どういう理屈なのか見当もつかない」
「うーん。私たちも魔王様のお力になりたいのですが、現状では兵器かどうかも判断つきかねますし……」
メンフィスは困り顔だ。今こそ知恵で魔王に貢献したいのだが、あまりにも話が見えてこない。更に言うなら魔王軍の参謀役としては、真偽も定かではないロボットの話よりも、目前で放り出されているエルレシア侵攻に議題を移したいのである。
「人間共との決戦を目前に控えた今は軍の再編成に集中すべきかと……せめて、その『ロボット』という代物がエルレシア侵攻に役立つという確証があれば話は違うのですが」
「何を言う。この人智を超えた摩訶不思議さは貴様も認めるところだろう!」
魔王が眼を見開いてメンフィスを睨みつけた。しかし、メンフィスはつんとして動じない。
「私が認めたのは未知の素材で出来ているという点だけです。魔神の遺物という話も、巨大な兵器を模しているという話も、いずれも魔王様の想像の域を出ません。我々としてもそのような曖昧な情報を元に動くわけにはいかないのです」
「……」
メンフィスの言うことはもっともである。十三支族長たちもその正当性に同調した。ライオネルは我が意を得たりといった風に力強く頷いた。リカルロはプラモデルを手に乗せて少々名残惜しそうだが、「まあ、仕方ないかな」と暗に納得した表情だ。巨人ゴンゾールは何故だかホッとしている。凶戦士ベルザークは相変わらず特に発言もなく、鉄仮面の向こうから成り行きを見守っていた。
「貴様ら……」
魔王ゾディアスの声が震えている。顔を俯かせてドス黒いオーラを周囲に発散している。しかし、突如バン!と両手で円卓を叩いた。
「では!これが巨大兵器を模した物であるという証拠があればロボット開発に本格的に乗り出すと、そう言うのだな!」
「え、ええ。断言はできませんが検討の余地は……」
勢いに気圧されたメンフィスが僅かでも肯定の言葉を口にしたのを魔王は見過ごさなかった。
「では諸君!刮目せよ!」
魔王は豪奢な椅子を跳ね飛ばして立ち上がると、ニヤニヤ顔で支族長たちの顔を見回した。円卓の下で何かゴソゴソとやったかと思うと、箱の山を取り出して円卓上に載せる。箱を見た一堂は驚嘆の声を上げた。
「こ、これは……」
「この箱は遺物と共に発見された物である!ここに描かれた見事な版画を見るがよい!まさに魔神が我々に闘争を促していることの証左!」
魔王が皆に見せたのはプラモデルの外箱に印刷されたパッケージイラストだった。いずれもアニメ内での戦争の一場面を描いた物だ。大きさこそ数十センチ程度だが、グランガルド中のどんな宮廷絵画にも引けを取らない躍動感と色彩を持っている。十三支族長たちは一瞬にして心を奪われた。
「スッゲエエエエエエエエエ!」
「うがああああああああああああああああ」
「なんと美しい……」
リカルロとゴンゾールがそれぞれ箱を手にして歓声を上げた。先程まで沈着冷静だったメンフィスも思わず身を乗り出している。
特に十三支族長の中で最も闘争を好むと言われるライオネルへの訴求力は凄まじかった。画中で繰り広げられる壮絶な闘いの情景を眺めるだけで鉄血ほとばしる芳しい戦場の空気が思い起こされ、ライオネルを恍惚とさせた。
「見ろよこれ!ここに描かれているのは人間の兵士じゃねえか」
大はしゃぎのリカルロが手にする箱には、岩山の麓に立ち尽くす無骨なロボットと無線機を背負う歩兵が描かれていた。
「うおぉ、この人間小さい!いや、ロボットがデカイのか……すげえ、魔王様の言った通りだぜコイツは」
「フフフ、この真に迫る筆力!実際のロボットによる戦闘を模写した物であることは疑いようもない!メンフィスよ、わかっただろう。この遺物が言わんとしていることを!さぁ、皆で開発計画を立てようではないか」
魔王は得意げに笑うと、席に着くようメンフィスを促した。パッケージを食い入るように見ていたメンフィスがハッと我に返る。
「ちょ、ちょっと待ってください!確かに、この紙箱に描かれている絵は素晴らしいです、。特に写実性では並ぶ物無しでしょう。しかし、絵はあくまで絵です!しかも例え兵器であったとしても今回のエルレシア侵攻に有用とは……」
(……メンフィスの頑固者め。仕方ない、かくなる上は)
猛烈な勢いで反論を捲くし立てるメンフィスにそっぽを向いて、魔王はわざとらしく咳払いをする。メンフィスの反論が一時途切れた。
「……あー、メンフィスよ。話は変わるのだが。エルレシアの王都、たしか『ミドルフォート』とか言ったかな。何故、あんなに高い城壁で囲まれているか知っているかな?」
突然の問いかけにメンフィスは呆気に取られてしまった。束の間の沈黙の後、おずおずと答えた。
「それは、やはり我々魔族の攻撃に備えて……」
「フフフ、それにしては不自然なまでに巨大だとは思わないかね。まるで何かを隠しているかのように」
「それは魔族への恐怖が過剰に高い城壁という形で……いや、ま、まさか!」
魔王がカッと眼を見開いた。出来るだけ高らかな声音を作って言い放つ。
「そう。人間もあの城壁の影に隠れて巨大なロボットを開発しているのだよ!諸君、我々魔族が人間などという下等種族に遅れを取っていいのか!」
「!」
魔の十三支族長たちの間に衝撃が走った。
もちろん、エルレシアはロボットを開発してはいない。全て魔王の嘘である。
しかし、たとえそれが偽りの情報であったとしても十三支族長たちの対抗意識を駆り立てるには十分だった。支族長たちはその日のうちに巨大ロボット兵器開発を決定したのであった。
【城塞都市ミドルフォート 宮殿 謁見の間】
「まさか、アイネが王女様だったなんて思わなかったよ」
エルレシア国王への謁見を終えたノエルは退室の途上、右隣を歩くアイネスフィアに小声で話し掛けた。
「当たり前じゃない。それなりの地位にある人はおいそれと自分の立場を明かさないものなのよ」
アイネスフィアは澄ました顔で答えた。続いてノエルは反対側、左隣を歩くマクシミリアンを見上げた。
「マクシミリアンさんも人が悪いなあ。言ってくれれば良かったのに」
「はははは、すいません。お二人の仲を水差すのはどうかと思いまして」
マクシミリアンは笑顔で言った。アイネスフィアが割って入る。
「ちょ、ちょっと!二人の仲ってどういうことよ!」
「あれ~、違うんですか?てっきり目を離しているうちにそういうことになったのかと思ってたんですが」
「聞き捨てならないわ!訂正しなさい!」
アイネスフィアは顔を真っ赤にしてマクシミリアンに詰め寄る。一方のマクシミリアンは笑顔を崩さない。
「二人とも!まだ謁見の間から出てないんだよ!」
ノエルが恐る恐る玉座の方を振り返る。玉座の横にはまだレムサス王が立っていた。三人の様子を眺めて穏やかに微笑んでいる。
「ほら!王様が見てるよぉ、早く部屋に案内してよ!」
ノエルが二人を促した。先程の謁見の中でノエルは客分として暫く宮殿内に留まることが決まったのだった。
三人が謁見の間を去った後、レムサス王は背後に向けて、呟くように声を掛けた。
「あの少年、孤児ということだが……どう思う」
幕の向こうから低い声で返答が返ってくる。
「私にはただの少年にしか見えません」
幕の隙間から表れたのはエルレシア騎士団長ランドルフだった。彼は力を推し量る為、陰に潜んでノエルの様子を窺っていたのだった。
「貴公もそう思うか」
「村を襲った魔王軍を壊滅させたのは強力な魔法攻撃であったと聞いております。相当な術者であれば魔力を隠すことも可能かと」
王は玉座に座ると口元に手をやった。ランドルフは速やかに王の傍に片膝を付く。王が小声で囁いた。
「明日……あの少年を『騎士の試練』に掛けようと思う」
流石のランドルフも予想外だったのだろう。目を丸くして王を見た。
「それはいくらなんでも……あの少年、間違いなく死にますぞ」
「構わぬ。今が戦時であることを忘れるなよ。ランドルフよ」
王の眼差しには鋼鉄の刃のような冷たい光が宿っていた。それは決意と狂気がギリギリでせめぎ合う輝きだった。
「……軍議がありますので、私はこれで」
騎士団長ランドルフは静かに退室した。自らが敬愛する国王が無辜の少年を死地に追いやろうとしている。過酷な現実を胸のうちに抱えたまま……。
世界征服目前の魔王がロボット開発に目覚める話 ノイロ・ユウラ @neuroyura
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