第44話 狂気の中の深い愛
ゾゾゾと、鳥肌が立った。
冗談でも言っていいことと悪い事がある。
「はぁあ?まさか、ありえないわよ!アイツは、メアリーではなくその能力をいつも必要としていた。だから、手元に置き、嫌がる娘をその立場で縛り付けて…」
「あ〜、それそれ。それがそもそも間違った解釈だな。あのジジイ、変態なんだよ。実娘をそういう目で見ているイカれた変態下衆野郎なんだよ」
それが当たり前なのだと、ルーカスはなんて事のないように告げた。
ミルディアの思考回路が停止した。ぽかんと、開いた口が塞がらない。
「変じゃないかって思わなかったのか?あーんなに独占欲丸出しにして娘を片時も手放さないなんて、頭イカれてるだろ?だから、僕が行動に出たんだよ。まぁそのとき、別口でもヤバい奴がいたから、ちょっと予定変更したが、あのままじゃあ本当にあの変態から逃げられなかったぜ」
メアリーとしての何百年間。ずっと実父に脅えながら、やりたくもない事を散々やらされてきた。逃げるという選択はなかった。なぜなら、スピネルはメアリーの心臓を握っていたから。
「じゃあ、あのとき…もしも人間側に付いていたら、魔王は…」
「あのとき?…どういうこと?」
ミルディアはハッとし顔色を変えた。
無意識に呟いていた。言わなくていいあのことを。
「いや、あんたに関係のないことよ!それより、あんたはこれから何をするの?魔王として生まれ変わったのなら、抗うのは無理だわ」
ルーカスの話が本当なら、彼は魔王という肩書きに縛られてしまう。逃げる事は契約上、絶対不可能なはずだ。
セシアが今世の彼だから、あのスピネルが関わっているなら。
「僕も知らないアイツの何かが、あった」
ミルディアの問いには応えず、ボソッと呟いて、切なさそうに虚空を見つめる。その視線はミルディアではないメアリーを見ているのだ。
「あの男も、生きていた。結局何もかも、あの因果からは逃れられない」
続けて口にした彼は、現実に引き戻されたように、眉間に皺を寄せて一度目を閉じると、今度はミルディアをしっかりと見つめて、そう告げた。
「ルーカス?」
ミルディアが訝しげに名を呼ぶと、彼の金色の眼に一瞬にして深い憎しみの色に変わり、冷たく歪んだ笑みを浮かべた。
「お前も見ただろ?アイツを…あの憎き人間の男を」
不意に口にしたその言葉に、ミルディアはギクリとした。
人間の男…。過去に唯一後悔している罪。
メアリーが呪いをかけて魔族と対立した生き残りの王子だ。
「王子…っ。だからなの?この時に、あんたも現れたのは」
「正確には覚醒したんだ。セシアの中で僕の眠っていた意識が起こされ、あの契約とともに僕は思い出した。あのとき、メアリーの行いに人間側は局地に立たされていた。その呪いをかけたメアリーを、あの生き残りの王子は倒そうとしていた」
そうだ。メアリーから始めたあの悪行は、王子を含む聖女御一行を敵にまわした。王子が執着してきたことで、メアリーはギリギリの場所にいた。
「でも…直接あたしを殺したのは、あなたじゃない」
言ってしまって、ハッとした。ルーカスの顔が強張り、青ざめている。怒りに孕んだ冷たい目を向けて、
「違う。あれは、メアリーを生かすための最善策だ!あのままではスピネルからもあの男からも逃げられず、この世界から抹消されていた!」
強く否定した。ルーカスは、その言葉に深い意味を込めて叫んだ。
ミルディアはその迫力に息を飲む。
「僕は誰よりもメアリーを愛していた!僕を置いて死ぬなんて我慢ならなかった!だから、僕が、彼女を救ったんだっ!」
続けて勢いよく叫んだ言葉に、彼の深く狂気にも似た強い想いが込められていた。
「メアリーを、彼女を救うため、僕は…その手で、彼女を殺した。全ての呪縛から解放して、あのイカれた変態野郎の目を盗み、再び生まれ変わるように…」
それが、メアリーを殺した、彼の言い分だった。
大魔女は穏やかに暮らしたい 一部 綺璃 @rose00
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