第43話 上下関係

ファウスト博士。



実験好きのマッドサイエンティスト。



ルーカス。



彼が現在の魔王陛下。




自身の説明によりミルディアに、自分が魔王になる契約をしていた事を話した。



だが、その確信はなかった。



でも今は、このファウスト博士がルーカスを呼ぶ呼び方ではっきりとした。




「どうして…っ?い、いや、戻って来られていたの、ですか」



動揺しながらも言葉遣いが改まって丁寧な口調になっている。



はたから見れば滑稽だ。



「…はぁ〜、まったく…っ。…で?ファウスト。あんた、ここで何してんの?」



ルーカスが呆れたように問う。ミルディアを見ているファウストの視線を遮るように、ミルディアの目の前に立って。



ミルディアはその行為に驚いた。



「ルーカス。なんで私の前にいきなり立って…っ」



視界を遮られて邪魔だ。



グイッと押しのけようと横から前に出ようとしたが、ルーカスが先にミルディアにだけ聞こえるような音声で「静かにしていろ」と言った。



話が読めない。



本当のところ、ルーカスは現在の魔王陛下なのか??




「私は…け、研究材料を集めに来たんですよ!ほら、そこの人間の娘です!あの先代と同じくらいの能力を秘めていましてね。今度こそ捕まえようと待っていたわけですよ」




そこの、と向けられた指先。



ルーカスを指差しているが、その後ろにいるミルディアのことを言っている。


ファウスト博士に指を指され、ルーカスは眉を寄せてうんざりしたようにため息をついた。



「この娘は僕の客人だ。あんた、それでも手を出すのか?」



魔王のモノに手を出すのは自殺行為だ。



彼は充分理解しているはずだ。



長年、あの先代の下にいたんだ。



「まさか、この私を罰すると?いやいや、あなたが魔王陛下だからと、長らくこの城に居らっしゃらなかったのに、今更その任を全うするつもりですか?」



顔を引き攣らせながらも、彼は皮肉を込めてルーカスに告げた。


どういう風の吹き回しだ?といいたいのだ。


彼から見れば、ルーカスは先代と違う。畏怖の対象ではない。見下しているのだ。


「…本当、面倒くさいな」



心底うんざりしたような顔でポツリと呟くと、次の瞬間、がらりとルーカスの雰囲気が変わった。



「…貴様、誰に物を言っている…?俺が、この人間に手を出すなと言っているんだぞ?」



ヒヤリ、と冷たい殺気を感じた。



後ろにいたミルディアは息が止まり、ルーカスの殺気を受けたファウスト博士は真っ青だ。




「これ以上この娘に関われば、貴様もあの男のように燃やしてやろうか…?」



手を軽く上に広げると、そこからボッ!と炎が宿った。



彼の魔法は古来魔法の雷となるが、別の能力、炎も操れるようだ。



「…っ!新米風情が…偉そうに」



その台詞に、ファウスト博士の表情ががらりと、剣吞な表情へと変わる。


負け惜しみで言ったわけではない。ルーカスの今の言葉の中に、ファウスト博士の逆鱗に触れる何かがあった。



彼の目に憎しみに似た殺意が湧き、それをルーカスは失笑で受け止めた。



「どちらが偉そうだ。貴様は己の立場を、弁えろ」



グッ、と先ほどよりも強い威圧感を感じた。



殺気とは違い、相手を脅す時に見る。脅迫しているようだ。



「弁えろと、ですって?…ハッ!そうおっしゃるなら、あなたもあの方を侮辱するのはやめていただきたい。あの方はあなたなど比べものにならない歴代最強の魔王陛下です!」



その言葉で、ミルディアはハッとした。



ルーカスは先代の魔王陛下の話を持ち上げ、ファウスト博士を燃やすと脅した。


ルーカスは先代、スピネルを倒したと言うが、彼はまだ生きている。


実際にこの目で生きている彼を見ているので、ミルディアにとってこの話の食い違いに疑問を抱いた。



「その魔王陛下だった男は、死んだ。今は俺がその魔王であり、この城の主人だ。その俺の命を、貴様は無視するのか?」



再びルーカスが釘を指す。立場を弁えろ、とファウスト博士に告げた。


彼は忌々しげに唇を噛んで睨み、すぐに感情のない無表情に変わって、



「…っ!申し訳、ありませんでした…」



ポツリと吐き出して頭を下げた。



心にない軽い謝罪だが、プライドの高い彼にしてみればこれが限界だろう。



謝ったところで、ルーカスは彼の横まで移動し、ギロっと冷たく睨みつける。



「なら、退け。今日の事は見逃してやる。だが、次はないと思え」



頭を下げたファウスト博士の横で牽制したルーカスに、ファウスト博士は屈辱に震えながらも、そのまま言われたようにその場で姿を消した。



居なくなると、ルーカスは露骨に顔をしかめ、深いため息をついた。



「はぁー…未だにこれか。まったく、とんだ厄介者を残したな。…おい、お前。ここからは僕から離れるなよ」



そう苛立った様子でボソボソと呟いて、ミルディアの方を向くと、顎をくいっと引いて、自分の側から離れないように告げた。



ミルディアはルーカスの態度が変わっていたことに疑問を抱いたが、ファウスト博士のような者に狙われるのは嫌だったので、今は彼の言う通りに従う。


(はぁ、本当に代わってしまったのね。ここも…いる者も、内側から腐敗が進んでいる)


ルーカスも言っていた通りだが、彼が新米魔王と未だに古参からは見下されている魔王なのは確かだ。その結果が、この魔王城にも反映されて、腐ってきている。


でも、ルーカス自身は魔王は不在と言って、いないと告げた。


それはどういうつもりで言ったのだろう?



「ルーカス…ファウスト博士も言っていたけど、あんた、本当は今の魔王なんでしょ?なんで、いないなんて、嘘をつくの?」



彼が何を思い、何を考え、何をしようとしてそうしているのか、まったく読めなかった。


「なんだ?お前もそんなこと気にしているのか?…僕は、初めからセシアとして魔王なんてしたくない。契約上辞められない立場にいるが、それを解く方法がある。スピネルが今もいるのはそのせいさ」



ますます混乱する話だ。


「どういうこと?スピネル…前魔王陛下が、それになんで関係するの?」



生きていたとして、何か理由があるのか?



回りくどい言い方に焦れたミルディアが苛立ったように尋ねる。ルーカスはハッとバカにしたように鼻で笑い、


「知らないのか?あの男は今もずっと愛娘メアリーを欲してるんだ。契約して、体が朽ちる限界まで生き延びてまで、メアリーを異常なまでに愛しているんだよ」



ゾッとするほど冷たい眼差しに、狂気じみた笑みを浮かべて言った。

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