翌朝。学校について教室に入ると、杉浦がぐっと親指を立てていた。

「おはよう伊吹。バイト、おっけいだってさ!」

「本当か」

 あっさりと決まってくれた初バイト。しかも大好きなケーキ屋さんでのともなると、京のテンションは爆上がりしていた。もっとも、それが表情にでているかどうかはさておいて。

「おぉ、本当の本当だ。今週末から頼みたいって話なんだけど、いいか?」

「ああ。暇だからな」

 堂々と悲しいことを言ってのける京に苦笑して、杉浦はうなずいた。

「俺もその日一緒に働くから、がんばろうな」

「ああ」

 こくりと頷く京に、杉浦は頷き返す。

「おはよー」

 そこで、大きなあくびをしながら鈴木がやってきた。

「何の話?」

「はよ。伊吹のバイトの話」

「あぁー!杉浦の家いいって?」

「おうよ」

 ぐっと親指を立ててドヤ顔をして見せる親友に、鈴木はひゅうと口笛を吹いて見せる。

「よかったじゃんよ」

 そのまま京の肩に寄りかかる。

「本当にな。こんなあっさり決まってくれるとは思ってなかったぜ」

 京が普段よりも弾んだ声音で言う。

「感謝する、杉浦」

「どーいたしまして。まぁうちとしても人いない土日入ってくれると助かるしなぁ」

 のんびりと言ってから、彼はぽんと手を叩く。

「そうだそうだ。伊吹お前、接客できる?」

 それに、京は目を瞬かせる。そして、眉間に皺を寄せながらゆっくりと口を開いた。

「俺にできると思うか?」

「「………」」

 とても素直な、沈黙が返ってきた。

 正直、京自身も自分が接客をしているイメージが全くなかった。

「伊吹が、接客…」

 過去にない険しい表情で、鈴木が重々しく言った。

「よし、一回笑ってみ?」

 杉浦がお手本を見せるようににこ!っと笑った。それを頑張ってまねて、表情筋を動かしてみる。

 自分でもわかるくらい、頬が引きつっていた。

(まさか俺の頬がこんなに硬いとは)

 ショックを受けながら、京は自分の顔を揉み込む。そんな彼を見て、二人は困ったように顔を見合わせた。

「こりゃ結構な問題だな」

「なー。いっそ製造手伝ってみる?」

「製造って、作るほうだよな?」

 京がさらに眉間に皺を寄せる。ちなみにこれは別に製造が嫌だからというわけではなく、自分に果たしてそれが務まるのかどうかという不安からきているものである。

「そうそう。一応お前家庭科部でお菓子作ったりしてるんだろ?ちょっとはできるはずだ」

「そうは言ってもな…そんな簡単につとまるようなもんじゃねぇだろ」

「って言っても、いちごのへたとったりするだけだぜ?」

 その言葉に、京は一度考えて見る。そのくらいならできそうではある。だが。

「いや…接客を頑張ろうと思う。俺のこの頑固な表情筋を和らげるにはもってこいの課題だ。やり通してみせるぜ」

 いつになくキリリとした表情で宣言して見せた京に、鈴木と杉浦はあからさまにテンションが上がっていた。

「おおぉ、やる気満々じゃねぇか。いいぜ、手伝ってやる!」

「俺も部活やりながら応援してる!」

 謎の一致団結を見せたところで、担任がペタペタとスリッパの音を響かせて教室に入ってきた。

「んじゃまたな」

 鈴木たちと別れた自分の席について、京はぼんやりと窓の外を見て新たなる取り組みへと想いを馳せる。

(余ったケーキとか、もらえたりすっかな…)

 食い意地が1番のやる気である。

 

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喧嘩を辞めたい伊吹くん。 満月凪 @ayanagi0527

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