第6話


「ねぇねぇ、今日のテスト勉強した?」


不意に、彼女が私に尋ねた。

本日実施されるテストは、授業前に行われる20分程度の軽い漢字テストである。


この頃の私はそこそこ成績も良く、親や塾から与えられたノルマをただ義務的にこなすような子どもであったため"勉強をしない"などという選択肢は考えもつかないことであったのだ。


当たり前のことを尋ねる彼女に疑問を覚えながら、私は素直にうん、と頷く。

すると彼女は自嘲気味た薄ら笑いで、私から嫌味に目を逸らして言った。


「えぇ〜。偉い。」


初めて見る彼女の表情に私は困惑し、焦燥した。

何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。


「自分で言うくらいなんだから、絶対満点だね。」


いくら無知な私でも、彼女のこの言葉を真に受ける程の世間知らずでは無い。彼女に依存し切っていた私の目には、普段は涼しい顔で可愛い笑顔を浮かべている彼女がとても冷たく、恐ろしく映ったのだ。


「え……ごめん。」


思わず謝罪の言葉を口にした私の顔を、彼女は真剣な表情で見据える。

そして次の瞬間に、とても悲しそうな顔をした。

悲壮感に満ちた彼女の瞳は僅かに濡れていて、とても美しかった。


「……うん。だってね。ひーちゃん全然勉強出来てないから、ちょっとどうしようって思ったの。この間話したでしょう?ひーちゃんのお母さん、いま病院にいるって……」


途端に、私は自らを襲う猛烈な羞恥に苛まれた。


そうだ。彼女には今、闘病中の母親がいる。3日前に聞いたばかりの話だった。

彼女が余りにも軽い口調で話すので、忘れていたのだ。


私がのうのうと親の機械に甘んじていたその間も、彼女は必死に不安と戦っていたというのに、私は……


「ねぇ、協力してくれる?」


彼女が言う。

私は大きく頭を振って、承諾の意思を表した。


「そう言ってくれると思った。ありがとう。」


彼女は小さな紙を私に渡すと、

「トイレに行くふりでも何でもいいから、テスト中、この紙に答えを書いてひーちゃんの机に置いてね」と笑った。


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彼女 黄吉 @obachan22222

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