第32話 天才少女との出会い

「じゃあ改めてウェルクロスの内部に案内するよ」


 ユイナは倉庫右側の一角に設置された棚上の工具箱を開いて右手で中身を弄ると、カチッという解錠音が耳朶をうつ。彼女は迷うことなく十メートルほど先の石壁に近づいていく。


「ここがウェルクロス内部への入口だよ」


 ユイナが伸ばした手は聳える石壁を”すり抜けて”奥から木製の開き戸を引っ張り出してくる。


「はっ!?」


 眼を点にしたタツキは石壁を貫通している開き戸の貫通部をまじまじと眺める。指を触れてみると、目の前にある石壁には手が触れられなかった。


「これはもしかして……ホログラムか!」


「せいかーい。アルフロイラの人々がホロに疎いこともあって、十分な隠ぺい効果を持たせられてる。ウェルクロスの他の箇所にもいくつかホロが使われてるよ」


「これが大型のホロか、初めて見た。ちなみに機械運用法は――」


「完璧に破ってるよ!! 口外はぜったいに止めてね」


「なるほど……だから俺の変異もキミに知られてるってわけか」 


 互いにやましい隠し事があるからこそ抑止力となる。アンナが守秘義務を破ったと憤りを抱いていたが、こういうギミックを仕込んでいたとは恐れ入る。


 自律機械はスライムが生み出されるまでは人類を掃討する最強兵器だった。戦争の災厄を二度と繰り替えさない機械運用法が制定されたのだ。抵触する機械を保有した者は長い禁固刑が課される。


「さすがにAI搭載の機械兵器はないけど、それでも捕まると私たちはおしまいなのでっ。あ、私たちもタツキくんの変異はぜーったい喋らないので安心してくださいな」


 機械の中でも、大戦で使用されたAI搭載の機械兵器は保有をすれば極刑になる大罪だ。


 喋るなとばかり口元に指を立てたユイナはニコニコと視線を向ける。ますますこの子が何を考えているのか分からなくなる。


「ああ、分かったよ」


「良かったです。まだ隠し事はあるので楽しみにしてくださいね。ではではウェルクロスへようこそ」


 ユイナがホログラムで偽装していた扉の中に招き入れてくれる。廊下のような細い通路を数メートル進むと眼前には大広間が出迎えた。


 しかし、またしても倉庫だった。


「ここは……」


「機械装置の保管庫だよ。機械兵器は創っちゃダメだから、ホログラム装置や大型輸送機の動力装置なんかが多いね。あのホロ装置とかは等身大のコーデが確認出来るからすごーく便利なんだけど、大型機械だから機械運用法に反してる。ほんとうに邪魔な法律だよね」


 汎用部品を使って組付けられた大型機械たちが壁際に列を為していた。その数はおよそ20台もあり、いずれも見覚えのある流線形のパーツが沢山組み込まれている。日常で目にする大型機械はメディカルセンターや車両くらいであり、このような空力を意識したフォルムではない。


「このパーツたちはどこから集めてきた?」


「国内でヌクヌクしてる憲兵みたいなこと言わないでよ。タツキくんも何度も見てるでしょ。外の世界を」


 外の世界と機械部品というワードから連想されるのは一つしかない。


「まさか……機械兵の残骸を拾ってきてるのか!?」


「はい、ご名答! 座布団2まいあげる」


「どういう意味だ?」


「いやいや何でもないよ。キミが公共の映像放送に興味がない善良な市民だということは分かっただけ」


 馬鹿にされている気がしたもののスルーする。近づいて触ってみても錆びや老朽化などは見当たらない。入念に手入れされてから塗装も綺麗に施されていた。


「どうやって拾ってくるんだ。少なくとも外用装車がいるだろ」


「それぐらいお店で持ってるよ。ウェルクロスをなめるでないっ」


 タツキがリサから聞いた分には、外用装車は新車だと億レベルの買い物だという。それを貧民区の店が持っているとは信じがたい。


「でも一般人には国外渡航許可がなかなか降りないだろ。とくに最近は汚染を持ち帰る危険性があるから制限が厳しくなってるし」


「ところがどっこい”ライダスとの交易”といえば楽勝だよ。貿易緩和の影響もあってビジネスにおける渡航には寛容なのだよ。まあやることはリル川下流域とかで機械拾いだけど」


「そういう方法もあるのか。でも下流域なんてモンスターの巣窟だろ。ウロウロしてたらすぐ殺されるぞ」


「それも対策済みです。それよりキミが今日、ここに来た目的はなーんだ?」


「目的っていえば、そりゃ貧民区だけ変異の加速について話を聞きにきた。なんだっけカルナさんに会えとか言われたな」


「そう、カルナはこの先にいて面会してもいいよと言ってる。変異の加速源について意見交換がしたいって。ただ会う前に一つだけ約束してほしいことがあるの。それはカルナの容姿にビビらず誠実に優しく向き合うこと!」


「もしかしてその人も変異患者なのか?」


 コクリと首を縦にふったユイナはタツキの小指を取って歌い始める。


「約束の契りをかっわしまっしょ~。裏切ったら薬液一瓶注入♪」


 子供のように互いの小指同士を絡めたユイナは不穏な一言で歌遊びを終わらせる。


「怖すぎだろ」


「あの子はメンタル的に不安定だから出来るだけ配慮してあげてね。あまり人と話す機会もないからキミと会うことを楽しみにしてたよ」


「わかった」


 ユイナは倉庫から続く木目調の美しい開き戸に手を掛ける。流線形で高級感溢れる金色の取っ手はいかにもな高級感が漂っている。


「ではでは行きましょうか」


 扉がゆっくりと開いた先は靴箱もない簡素な玄関だった。すぐ目の前にはガラス張りのダイニングテーブルを擁した生活感のないリビングが広がった。

 ユイナは用意されていたスリッパに履き替えて奥にある扉を叩く。そこには”カルナのへや”と刻まれた木製の表札が吊るされていた。


「カルナ、話してたお客さんを連れてきたよ。入るよー」


 軽く3回ノックをしたユイナは開き戸を引く。ゆっくりと露わになった室内はお菓子やぬいぐるみがそこいらに散乱していた。機動車いすに座ったピンク髪の少女が大型のPCに向かってカチカチとキーボードを叩く音を響かせている。


「ユイナ……いま入ってくるのは――」


 くるりと身を翻したカルナと呼ばれた少女がタツキへふり返る。

 細身の身体には似つかない太い両脚、マフラーを巻いた首元から右頬に掛けて岩石のように硬質化した皮膚を目の当たりにしたタツキは思わず絶句する。

 また彼女の横には見慣れない円柱型の機械が浮遊していた。カルナはそれをがしりと掴み取ると背中に回して隠す。


「あ……こ、こんにちわ。カルナ・ミルトン……です」


 顔を俯かせたカルナはバツが悪そうに視線を逸らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰が為の霊薬化学 ―変異と悪意に翻弄される少年少女たち― ryunonn @ryunonn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ