従軍商人黒森屋中佐と鱗の公子

 父と母は厳しい人だちだった。

 半しっぽは卵の兄弟たちにも思いを馳せる。あの日、あれほどこわかった父母があっさり殺され、兄弟ばらばらに連れて行かれたまま消息が知れない。みな同じようにしつけられ、字を教えられ算術を学び父の設問にめいめい答えた。かつてあったとかげ人の国。黒エルフ共和国の属国であったその国で父母がどんな生い立ちであったのか教えてくれることはなかったし、今も知ることはできない。半しっぽと兄弟は一人前の齢となって秘められた家名を知る前に、成人としての正式な名前を授かることもないまま最下級の奴隷としてばらばらにされてしまったのだ。

「ふむ、そこの君、ちょっといいかな」

 逃げる共和国軍に置き去りにされた結果の捕虜生活。龍砲の弾薬庫を掘る工事にかり出された彼は気難しそうなノームに声をかけられた。将校だ。半しっぽはぴんとなけなしのしっぽをたてた。

「この土の運びかた、道具のそろえかたは誰に指導された? 」

 自分なりの工夫だった。それが気に入ったのか、彼は終戦と同時に黒牙曹長(のちに中尉)の下につけられる。

 恩人だが、このノーム、黒森屋大尉のちに中佐はこわいと彼は思っている。容赦がない。その点、黒牙曹長はオークらしい巨体とこわもての見かけによらず手加減が上手で教えられたことが入ってきやすい。

 今や伍長の半しっぽにはもう一人怖い相手がいた。同僚になるのだろうか、元共和国軍将校の山びこという女性で、そんなことをされたことはないが鞭でびしびしやられる感覚がある。彼女が自分の会社を作って退役したときにはほっとしたものだ。だからといって嫌っているわけではない。彼女が厳しかったのは彼に叩き込まれたままの卑屈さに対してだ。臆病な半しっぽは彼女に声をかけられるたびに今度はなにをやらかしたのかと悲鳴をあげそうになっていた、

 最近はそんなところもなくなってきたのか、倉庫に出入りする黒エルフの商人に蔑んだ目で見られても平気だし、ぞんざいな口調にも丁寧に間違いを指摘し、嫌われてもかまうどころではないという感じになってきた。

 なぜなら。主計は相変わらず多忙なのだから。

 帝国航空隊に旧共和国航空隊から人員採用して高速航空隊を編成する。任務ですみわけをするので施設も装備も別、人員も居場所をわけて戦争でできた軋轢を避ける。そんな天災将軍としか誰も呼ばない軍団長の思いつきでふり回されるのも一段落し、工兵隊にあまり密造酒を民間に流すなと話をまとめにいく準備を手伝ったり、通常業務だけを淡々とこなすだけの平穏な日々がふたたびくるかと思っていたが、そんなわけはなかった。

「黒鱗王国、半エルフ辺境領の旧共和国属国に治安維持の分遣隊を出す。準備してね」

 天災将軍の命令は決しておかしなものではないが主計局全員が同時に舌打ちするのはこれまでの行いのおかげだった。その音のあまりの大きさに今しもぶちきれんとしていた黒森屋中佐も毒気を抜かれて苦笑したほどだ。

「さ、楽しいお仕事です。分遣隊に必要な手配ですが、朝露くん、まとめてくれますか? 」

「あのう、グリフォン隊と翼竜隊で手いっぱいなのですが」

 エルフ娘の主計官は一応抗議した。

「半しっぽ君を指導して彼にやらせるのです。まずはみんなに協力してもらって数字を整えてください。それとヤマノシタさん、ちょっと一緒にきてもらえますか」

 呼ばれたのは退役年齢を大分回った感じのヒトの男性。

「工兵隊の密造酒の決算やってからでいいですか? 」

「そのこともあるので、一緒に。概数はもうあがってるのでしょう? 」

 ヤマノシタは参ったという顔になった。実のところ、とっくに全部すませていたのだ。

「わかりました」

 彼が羽織った上着には中尉の階級章がついていた。

「まず、工兵隊へ。それから倉庫にいきます」

「アイアイサー」

 朝露と目のあったヤマノシタは肩をすくめて首をふった。

 工兵隊本部は元は瀟洒だったがあちこち手を入れられ、塗料を塗られて悲惨な有様になった屋敷だた。元は共和国議員の館だったそうだが、主が不慮の死をとげ正式に工兵隊の予算で買い上げ、代金を受け取った遺族は今はどこかへと散ってしまったという。共和国の長い歴史でも由緒ある家のおしまいはあっけないものだった。

 これまた優雅な装飾を無惨にひっぺがして実用本意のあれやこれやを置いた隊長室で隊長の鉄骨大佐と黒森屋中佐は会見した。

「用向きはわかってるぞ、酒を市場に流すなってことだな」

 大佐は中佐に上等の刻みたばこをすすめた。中佐は遠慮なくパイプにつめて指をならして着火する。

「そうだ、部隊内の消費用だけにしてくれ。いまんとこヤマノシタさんがうまく帳簿を操作してわしとあと何人かくらいしかすぐにはわからん状態だが、今度からそうはいかなくなる」

「ほう、噂は本当のようだな」

「来週にも帝都から薄明の虹商会から旧共和国再建委員会に顧問がくる。あの一族の誰がくるかはわからんが、どいつがきてもろくなことはない」

「実家の黒森屋から呼べばよかったのに」

 まるでそうすることができる実力者のように大佐はいう。ノームの中佐は顔をしかめた。

「そんなことやったら癒着だなんだとそれこそ薄明のやくざどもに騒がれるよ。それと、こっちも正式にはまだ通達されてはおらんが準備にかかっておかにゃいかんことがある」

「交代と再編だな」

「共和国との戦争は終わったが、うちの軍団は帝国でも有数の戦闘集団になってもうた。その後どこへ行かされるかわからんが、交代、引き渡し、再編基地の事前整備と目白押し。しかも元共和国軍人の翼竜隊までいるって楽しさよ」

「たまらんな。うちもいろいろあって、こないだ抱き込んだ偽造親方の世話に手がまわらん」

「急ぎの仕事がないなら、あれ、しばらく貸さんか? 偽造の腕を数倍にして返してやるぞ」

「いいぜ、ただしうちの仕事も必要なときはそっち優先でな」

 本人の意向など無視である。

「朝露君にだいぶやられてたから、彼女につけてやればいろいろ話がはやいな」

 話題の親方謹製の偽造書類をさんざんだめだしし、児戯にも劣るとまで言われた経緯がある。

 ひどい話だ。ヤマノシタは頭をぽりぽりかいた。

「それでだな、この際だからヤマノシタさんといろいろやってるあれこれ、大人のおもちゃから文房具まで、酒ほど派手じゃないがあれも清算してもらえないか」

「そんなに厄介なのか薄明の虹商会って」

「わしがいることは知ってるからな、どのへんを送ってくるかは見当がつく。どいつもこいつもわしが善良に思えるような手合いよ」

「とんでもねえ世界だな。ちょうどいい、そのへんはお楽しみ商会に退役するやつつけて譲渡しよう」

「なるほど」

 ヤマノシタが手をぽんとうった。

「あそこは確か薄明の虹商会の孫会社。追求すると自分たちもあんまりおもしろくない案件にしちゃうのか」

「そういうわけでヤマノシタさんは整理と痕跡の抹消をしておくれ」

 黒森屋中佐はわかったね、と言った。

「大佐、絶対ばれないと思ってたけどあれも手じまいにしましょう」

「おお、あれもかね」

「この際、欲はかかずにリスクを一度クリアにしておいたほうがいいです」

「承知した。どうせ再編で移動したら一度手じまいだしな」

「なんかあると思っていたが、何をやっていたのかね」

 鉄骨大佐とヤマノシタは顔を見合わせにやっと笑った。

「秘密です。中佐は知らないほうがいい」

 このヤマノシタという人物、以前は工兵隊に所属して鉄骨大佐ともなじみである。だが、その前にはまた別の部署にいた。諜報と工作を専門とするところで、情報を分析し、また守るべき情報を相手に読まれぬよう情報公開の順序や内容を調整し、お偉方の公式発言の原稿を作成したりする。軍団の天災将軍とも知己らしく、たまに二人で場末の飲み屋で意味不明の会話をしていることもあった。

 そんな人物が工兵隊経由でなぜ主計にいるのか、中佐も本当のところは知らない。ただ、彼が朱筆をほとんどいれない相手で一目おいている人物でもある。

 話がすみ、中佐たち工兵本部玄関を出たとき、風がふわっとまって羽音がした。

 帝国では民間のグリフォン急送業者なんかが巻いている腹帯を巻かれた翼竜が前庭に器用に着陸したところだ。腹帯には赤い流れ星のマークがかかれている。中佐は目を細めた。

「あら、お久しぶりです」

 フライトスーツ姿が飛び降りてお辞儀をした。ゴーグルをずらすと黒エルフの女性が微笑んでいる。

「会社は順調なようだね」

 中佐もにこにこしている。この女性は短期間だが主計の臨時職員で、いまは翼竜の急送会社をやっている。

「おかげさまで。乗り手も二人増えましたよ」

「これからもっと増えるのじゃないかね」

「そうですね。それで、相談なのですがうちの事務やってる親戚と年齢はたりないのですが姪をおたくに修行にだしてよいですか」

「使い物になるのかね」

「ある程度は私が仕込みましたが、まだまだですね」

 それを聞いて中佐は受け入れることにする。人手は一時的にかなり必要なのだ。

「それはありがたいが、君のとこの経理や甥御さんの世話はどうするのだね」

「竜五郎商店が手代を修行として出してくれるそうです。甥は人を雇いました。姪は賢い子なのでいつまでも子守りはかわいそう」

「わかった、ありがたく受け入れさせてもらうよ」

 彼女の赤星運輸が元翼竜乗りの職業斡旋所のようになっていることを中佐は知っていた、翼竜隊の半分は彼女の紹介だ。その能力は高く評価している。といっても、書類を真っ赤に添削するレベルではあるが。

「こっちもそのうち頼むことがあると思う」

「わかりました、適正価格でお受けしますわ」

 それでは、と彼女は玄関に姿を消した。

「彼女の会社、将軍も目をかけてますよ」

 ヤマノシタがぼそっという。

「まさか強制的に編入するつもりじゃなかろうな」

「そんなことはしません。翼竜の速度を生かした配送網を帝国内に普及させるみたいですよ」

「もしかして、帝都との定期便があっさり承認されたのは」

「将軍ですね。彼女、家は貧乏ですが名家の出です。共和国の有力者にはコネがあります。主に彼女の母親に懸想してた連中ですが」

 そんな話をどこから仕入れてくるのか。中佐はヤマノシタの情報収集力には驚かされ続けている。

「そのコネ経由で将軍に? 」

「たぶん文化人で諮問をうけている月光泉家のご当主か、旧軍兵士の処遇処理にあたってる旧共和国軍の二の腕元帥あたり。彼女は母親似なので実は人気者です」

「もういい」

 中佐の後頭部がざわざわしていた。胸焼けしそうな話だ。しかし、赤星運輸の会社運営計画には中佐も協力したし、実家の出資も引き出している。将軍と同じ立場ではないか。

「次は倉庫だ。倉庫にいくぞ」

 倉庫の門からはちょうど一人の黒エルフの商人が出て行くところでおつきの手代に何か愚痴をこぼしているようだった。彼は黒森屋中佐に気付くとぎょっとした顔で会釈しそそくささっていく。

「なんです、あれ」

「おおかた半しっぽくんの悪口でしょう。だいぶやりこめられましたね。彼も成長しました」

 案の定、カウンターのむこうには少し小柄なとかげ人の若者がいて今出て行った商人との取引の処理をやっているのか帳簿にむかってペンを走らせている。

「あ、中佐」

 中佐の来訪にやっと気付いた彼は、あわててぴょんと立って敬礼をする。

「黒牙くんは奥かね」

「はい、新人二人の指導をしています」

「ありがとう。続けてくださいね」

 といって彼の帳簿を覗いた中佐は一カ所指差した。

「ここ」

「あ、」

 即座に理解した半しっぽに中佐は満足そうである。

「理解が早いのは大変結構、粗相はなくしてください」

「はいっ」

 怒鳴られないほうがこわい。半しっぽは震え上がっていた。

 奥では半しっぽより一回りおおきな黒っぽいとかげ人と谷エルフのひょろっとした若者が真っ赤にされた文書を前に泣きそうな顔で書き直しをしていた。その前には彼らの様子を見ながらも自分の書類をさらさら処理している見かけは強そうなオークの将校。

 三人とも中佐を見ると立ち上がって敬礼した。

「ああ、続けてくれ。黒牙くんちょっといいかな」

「時間がかかりますか」

 オークの将校はぎろっと二人を見る。

「少しかかる、そっちを片付けてからでかまわんよ」

 少し、ではすまなかった。倉庫の門をしめ、新人二人が帰宅し、半しっぽがお茶をいれてもっていったとき、熱気のこもる会議室で三人は書いたり消したりをくりかえした汚れた黒板の前で議論を続けていた。黒板にはいろいろ気になる言葉がのこっている。曰く「後方」「再編」「分遣隊」「代理」などである。

「ちょうどいい」

 黒牙の太い腕が半しっぽのむっちりした短い手をつかんだ。

「君も当事者の一人だ。加わってくれ」

 半しっぽは声なき悲鳴をあげた。これは絶対帰れないやつだ。

 打ち合わせの内容としては、朝露が半しっぽの補佐でまとめている分遣隊派遣の手配(聞いてないよ! と彼は内心悲鳴をあげた)これが終わった後くらいに軍団は帝国中枢のどこかに移動して再編と休息をとることになるらしい。それまで担っていた占領と治安維持、再建業務を現地の検非違使と交代でくる守備専門の軍団、それに臨時自治政府にゆだねることになる。移動先はいくつかある候補のどこかになるのだが、主計としても意見を求められることもあり一ヶ月ほど先からやはり一ヶ月ほど中佐が出張することになる。その間の代理責任者を黒牙にしたいのでどういう体制でのぞむかというのが議題だった。

「黒牙君が代理責任者、ヤマノシタさんはその補佐。半しっぽ君は倉庫の責任者代理」

 このへんは決定事項らしい。

「朝露は? 彼女は」

「出張先でそれぞれそこになったらどうするかの計画を立てねばらなん。彼女にはついてきてもらうつもりだ。それとも君たちの誰かがくるかね? 楽しいぞ」

 これには三人一斉に首をふった。

「移動は? 」

「赤星にお願いしようと思う。翼竜は二騎いるから翼竜隊から臨時職員を出してもらえないか交渉するつもりだ。朝露君に翼竜ものれるよう特訓してもらう選択もある。業務は減らせないが」

 容赦ない、黒牙は同僚に同情した。

 それで、主計のほうも人手がいるので先ほどのような新人以外に臨時職員をいれるのだという。

「全員適合するとは思えないのでその教育を分遣隊派遣の間にやります」

 ここに来るまでにあった話に加えて数人の名前があがっている。これもまた議論のつきぬあたりであるが、ヤマノシタがまず彼らの情報がほしいといったのでこの話は明後日となった、

「まだやるんですね」

 魂の抜けた様子で半しっぽがぼやいた。黒牙がその肩に手をおく。ヤマノシタはいびきをかいている。中佐は一人つやつやした顔で後頭部の髪に櫛をいれていた。

 翌日から主計に三人の臨時職員が入った。三人とも地元の黒エルフだがずいぶん違った三人だった。一人は尾羽根うちからした感じの口ひげの男。この男は工兵隊からの助っ人で、元は偽造のプロ。何かトラウマがあるのか朝露の姿を見るとびくっとする。次はなよっとした頼りなさそうな男。ぶつぶつ愚痴をいいながら不安そうにしている。最後が異色で思春期にはいりかけたばかりの成長しきってない少女だった。この二人は赤星商会からの助っ人である。

 彼らの教育と最初の仕事の割当をまかされたのは主計ではとっつあんと呼ばれているゴブリンで、先祖伝来の邪悪そうな面構えに面倒見の良さをそなえた老人だった。黒森屋中佐が商人だったころからの部下で、黒牙にもろもろ教えたのも彼である。

「よし、程度をみてぇから仕事じゃないがちょっとした試験をやるぞ」

 とっつあんは三人に穏やかに言った。少女以外の二人が小柄なとっつあんの姿にすっかりなめてかかってしまってるのを見てとっつあんはにやりと笑った。

「ちょいと手ぇだせ。利き手じゃないほうだ」

 偽造親方が左手を出すと親方の身の丈のわりに大きな手がこれを握る。

「握力勝負だ。全力でこないと折れるぞ」

「そうかい」

 へっと鼻で笑った親方は数秒で悲鳴をあげた。

「ちゃんとやらないと、こめかみつかんで頭砕くぞ」

 優男エルフが震え上がったこくこくうなずく。少女はため息をついた。

 試験は問題文を正確に写し取るだけのものだった。よく見ると同じような少し違う記述がたくさんあり、間違えそうになる。

「あんたは字がきれいだな」

 偽造親方のしあげたのを見てとっつぁんが感心した。

「だが、目がすべって間違いがおおい」

 朱筆を手にこれまた真っ赤にする。

「偽造やってたんだって? こんな不注意でよく通用してたな」

 泣きそうな顔になったので親方のトラウマをえぐったらしい。

「あんたは見かけよりちゃんと見えてるな。商売やってたんだって? 目のつけどころは悪くない。悪くないが少し先走ってしまううかつさがあるな」

 親方のほどではないが真っ赤にされる。ひょろっとしたエルフは苦笑いしていた。

「従妹殿にもよくいわれました」

「山びこさんか、彼女のことは覚えている。最初の出来はそこの親方といい勝負だったが、そのあとの伸びがすごかった」

 とっつぁんは最後に少女のものを見る。そしてうなった。

「こいつは驚いた。俺がいままで教えた中で最高かもしれん」

 とっつぁんが朱筆をいれたのは二カ所だけだった。

「ようし、だいたい今の地力はわかった。これからそれぞれに仕事を割り振るからやってくれ。できたぶんは俺んとこもってくるんだぞ」

 とっつあんはとっておきの邪悪な笑みを浮かべた。

「楽しいお仕事の始まりだ」


 同じころ、谷エルフの主計官、朝露も同じ言葉をつぶやいていた。

 目の前には士官学校から出張してきた教官がとんとんと提出課題を整えている。

「そんなにしんどければ転属すればいいのに。飛行隊ならすぐだろう」

 これまた同じ出張授業を受けていた谷エルフの青年があきれた様子を隠す風もない。龍砲兵隊の曹長で、彼女と同様任官教育を受けている。ごく短い期間だが、つきあっていた仲でもある。

「できないのは知ってるでしょ」

「うん、知ってる。損な性分だよね」

「そういうあんたは得な性分でうらやましいわ」

 苦笑いがかわされる。結局、主計で頼りにされているかぎり続かないつきあいだったし、彼女は仕事をとった。そのことに元恋人は不満はない。いや、別れる前の大げんかではおおいに不満だったが、今となってはそういう彼女を好ましく思ってたのだと理解できていた。

 まあ、もしいつかまた縁があれば、と寿命の長い種族ならではの達観もある。

「お迎えがきたよ」

 教室の入り口ではいっていいか困惑しているとかげ人の下士官を見て青年がそう言った、

「ようし」

 自分のほおを叩いて朝露は立った。

「楽しいお仕事の始まりよ」

 まずは通常業務の処理。これは半しっぽも同様だ。そして稼いだ二日間で黒鱗王国、半エルフ辺境領に出かけて下調べしておいた現地調達物について取引をまとめる。

「手伝ってくれるのは何人? 」

「二人お願いしました。言われた通り正規職員だけで臨時職員よこそうとするのはなんとか断りました」

「上出来。やればできるじゃん」

「あー、うちの上司に後ろにいてもらいました」

「そういうことは正直にいわなくていいよ」

 黒牙が根はやさしいことはみんな知っている。怖くていうこときいたのではなく、彼の顔をたてて折れてくれたのだろう。そこまでもし計算してたのなら、半しっぽは油断ならないやり手ということになる。

「まずは航空隊、グリフォンと翼竜ね。一緒に処理すると翼竜ってグリフォンより経済的ってわかるわね」

 劇的に差はないが、コストでいえば七がけくらいですむ。将軍が変なことを言いださないことを祈るばかりだ。黒エルフ共和国の翼竜は雑食でなんでも食べるが、グリフォンは肉しか食べない。猫のえさを大粒にしたような保存飼料はあるが、安いとはいいがたい。加えて、最近は翼竜飼料を同様に製造しはじめた店があって、差が広がりつつある。

 ここでの取引先は竜五郎商店という真面目な商売人の店を通じてが主になるが、竜五郎商店は帝国三大商店と契約を締結済みだ。噂通り移動と再編があるなら調達価格もかわる。ここで安いものが高くなり、ここで高いものが少し安くなる。

「グリフォン隊と相談しなきゃね」

 戦場での向き不向きが違うのだ。一撃離脱を得意とする共和国の翼竜隊が散弾を使い、機動力と対空力にすぐれた帝国のグリフォン隊が連弩を使うのは戦法の差でもある。

「すんだよ。ダブルチェックよろしく」

 手伝ってくれているヒト南方種の主計仲間がしあがった書類をもってくる。朝露はかすみそうになる目をかっと見開いて確認、二カ所ほど質問する。

「わりぃ、そこミスだ。直してくるわ」

 このへんはお互い様だ。

「あ、そうだ来客またせてるよ。賢者の友商店の代理とか名乗ってる黒エルフ」

 げんなりしそうになるのをがまんして彼女は雄々しく立つ。少し立ちくらみがきた。出張は馬車なのでもうそこで寝る。絶対寝ると決心しながら彼女は応接室にはいった。

 上等の黒ビロウドのローブをまとい、魔法使いの階位をしめす国際標準のペンダントをさげた精悍な黒エルフの男がまっていた。元軍人らしく、共和国魔法兵の階級章がついていたとおもわれる痕跡が肩にあった。

「おまたせしました主計局、航空隊担当の朝露です」

「突然の訪問失礼する。賢者の友商会の当地代理人紅木蓮です」

 にこりと微笑み、立ち上がって優雅に会釈する姿はそこいらの若造にはないものだった。

 こういう男に引っかかった同僚を知っている。危険な男だと彼女は思った。しかも、魔法用品を一手にあつかう国際企業、賢者の友商会だというではないか。帝国三大商店といわれているが、本社を帝国においているだけであらゆる国に支店や子会社がある巨大企業だ。店主は魔法を極め、不死をえたもの、いわゆるリッチであるという。

 当然、今回の共和国との戦争でも両陣営に魔法具を売りさばいて荒稼ぎしている。取引は必要だが、あまりかかわりたくない相手だった。

「察するに、共和国の魔法具調達はあなたがまとめていらしたのね」

 以前、一緒に働いていた親友の口調をまねる。こういう話し方は一種の武装だ。

「ご明察。さて、まず一つご存知かどうか。マフィアの密偵が数名、竜五郎商店にもぐりこんでおることはご存知かな」

「竜五郎さんもその点は警戒していると聞いてますが」

「彼らは龍砲を一門かそこら破壊しようとしているようです。愛国心を煽って集金する連中にはよい宣伝となるでしょうな」

「ご存知なら憲兵隊に協力しては? 」

「もうしておりますよ。当地の検非違使とも連携しています。あれは先祖伝来の城壁、求婚の名所でもあった城壁を粉砕したうらみがましい兵器ではありますが、今更何かしてもいいことはない」

 求婚の名所だったんだ。宙を見ながら朝露はへぇと思った。いつか退役し、自分も結婚するときがくるだろう。仕事がら長続きした付き合いのない彼女には想像もつかなかった。悲しくなってきたので急いで現実に戻る。

「検非違使にも密偵がいそうですね」

「憲兵隊にも買収された者がいないともかぎりません。そこで、ひとつ魔法具の調達をすすめにまいったのです。何を売り込むかは伏せていますが、このことは竜五郎商店も承知しています」

「私は航空隊の担当で、砲兵隊の担当ではありませんよ? 」

「これはグリフォンライダーが装備するものです」

「では、航空隊責任者の葉の舞准将にお話をしてください」

「すんでおります。ついでにもうせば、黒森屋中佐にまず売り込みましたが、中佐はあなたの判断にゆだねるとおっしゃいました」

 聞いてないぞ、朝露は顔をしかめた。

「では、値段そのほかもろもろと、准将がほしいといった数量をうかがいましょう」

 絶対帳尻があわないから、後で談判しにいかなければならない。

(本当に楽しいお仕事っすね)

 彼女はため息をのみこんだ。吐く暇もおしい。

 結局、彼女は出張に出るまであちこち走り回って、移動の馬車でようやく泥のように眠った。

「資料は僕が目をとおしておきますよ」

 半しっぽの気遣いがうれしかった。


「どうも、赤星運輸です。急送してほしい方はどなたですか」

 帝都、ふわっと愛竜をおろした山びこはゴーグルを跳ね上げて着陸場に使わせてもらっている牧場を見回した。将軍の保有する牧場で、帝都の郊外にあり格安で使わせてもらっている。こちらにも翼竜を一匹、乗り手を一人おいているがこれは帝国の各地に飛ぶためのものなので、彼女がやってきたのだ。

「こっちこっち」

 ランタンを掲げて呼ぶ声はかつての戦友の一人、実家にいたら嫁にいけとうるさいので就職がてら帝都で羽根をのばしている女性だ。その傍らには三人の人影があり、どうも言い争っている模様。

「さすがにその人数は無理だよ」

「いや、乗ってくのは一人だけ。あとの二人は止めにきてるのよ」

 顔が見えないが苦笑いしてるのは確かだ。

「何それ」

 三人のうち一人が残りをふりはらってランタンの光の中に進みでた。

 黒エルフの基準でもなかなかの男前、年も山びこと同じくらいのエルフの青年だ。どうも黒エルフの血を引いてるらしい。帝国には近い種族での混血があると忌まわしげに郷里の男たちがいっていたが、それを目の当たりにしたことに彼女は気付いた。

 自分はどう思うか。息を二つ三つ吸って彼女は自問した。そんな気持ちは知らない間につたわる。それに気付かない無神経に何度傷つけられたことか。自分はもう満身創痍で気にもしないが客にそれはだめだ。

 うん、大丈夫。彼女は営業用の笑顔で青年に会釈した。

「どうも赤星運輸を経営しているきしきし山家の山びこです」

「僕は欠け耳家の澄明。薄明の虹商会の者です。よろしくお運びねがいますよ」

 欠け耳家、聞き覚えのある家名だった。が、とにもかくにも彼が後部の客用座席に固定されるのを手伝う。

「途中三回休憩をいれます。その間は諸々がまんしてもらいますが、大丈夫ですね? 」

「大丈夫。うちはスパルタでね、飲まず食わずの訓練とかいろいろやらされてるから」

 確かにベルトをまきながら触れたその体はよく引き締まっていた。止めにきたという二人はヒトとドワーフで、お考え直しをと叫んでいるのを戦友がまあまあと抑えている。行け、という目配せに彼女は準備がおわると竜を飛び上がらせた。

「休憩は一回ふえました。おつきの方のおかげでこの子にえさと休憩をあげてないので」

「ごめんね」

 彼女は澄明の家名のことを思い出していた。なんてこと。彼女は唇を噛み締めた。

 黒エルフ共和国は最初王制だった。始祖十七家とよばれる始まりの十七家族のうちリーダーであった一家が王となり、国政を残り十六家にはかりながら進めていたという。やがて時が流れ共和制に移行するときに王家は一議員に落ちることを容認せぜ追放されることになり共和国より去った。その家名こそが欠け耳家。初代王の特徴にちなむこの家名はつまり今は失われた黒エルフ共和国の王家なのだ。

「私はあなたを依頼通り暫定政府の前まで運ぶが、元共和国貴族としてどうしても聞いておきたい」

 緊急用に物資をおかせてもらっている荒れ地で竜にえさをあたえながら彼女は澄明を詰問した。

「その家名をわざわざ私に聞かせたのはどういうおつもりか」

「別に、君をびっくりさせたかっただけ。もちろんあっちでこの家名は名乗らないよ」

 青年は悪びれない。

「嘘はやめていただきたい。あなたは私がその家名の意味に気付くことを知っててわざと名乗った。あそこにいる戦友は歴史に消えた王家の名前など知らぬ家の出ゆえなんとも思わなかったが、それだけに雑談で口にしてしまうとは思わなかったのか」

「そのへんはあそこにいるうちの重役が知ってるから、言いくるめてくれると思うな。それくらいできるやつしかいないはずだ」

「悪ふざけがすぎます」

「王の帰還だ。かっこいいでしょ」

「無駄な血が流れるだけです」

 本当にもうやめてくれ、彼女は叫びたかった。いっそいま、護身用の連弩でこの男を撃ってしまおうか。

「実のところ、君に協力してもらいたくてね」

 不意に真面目な顔になる。彼女は胡乱な目で彼をじろっとにらんだ。

「僕には黒エルフと谷エルフ、樹海エルフの血がまじっている。それでも黒エルフの系譜だって君にもわかっただろう? なので、遠い昔にきしきし山家から出奔したやつがいたことにしてほしい。君の遠い遠いはとこってことにしたいんだ」

「なんでうちです」

「落ちぶれてるから」

 身もふたもない理由だった。

「勘違いしないでくれ、きしきし山家が落ちぶれた遠因ということにしたいんだ」

「ばれるんじゃないですか」

「政治の世界の本当のことは記録には残らない。ばれないと思うよ」

「だとしても風当たりは強いでしょう」

「それもうちの試練なんだよなぁ」

 青年はぽりぽり頭をかく。

「そうでなきゃ、あのノームどもや、不死のじじぃと張り合えないってね」

「わたし、黒森屋中佐にはだいぶ世話になってるんですけど」

「知ってる。だからこそ君が裏付けてくれれば信憑性が少々あがるというもの」

 ちょびっとか、彼女は鼻白んだ。

「わかりました。で、見返りは? 」

「遠いはとこって嘘じゃないんだよ。十七家は婚姻でつながってるから。だから身内のよしみで」

「それがなんぼになりますかしら」

 後頭部の毛がざわつく思いで彼女はいった。

「わかった。うちの仕事を回すし、事業拡張の便宜もはかろう」

「仕事は内容で選んでほしいものです。出資はほかの出資者の同意が必要です」

「手強いな。では、こういうのはどうだろう」

 澄明はは共和国建国よりはるかに昔からある誓いの仕草をした。

「僕は自分の使命をまっとうし、かならず旧共和国の経済を立て直し、共和国時代以上に豊かなくらしをもたらそう。薄明の虹商会は共存共栄をめざす」

 これは不意打ちだった。彼は本気でいっている。そしてそれは愛国者でもある彼女の望みでもある。どうしてわかるのか? はったりなのか? 山びこは目をぱちくりさせた。

「あなたの使命って」

「軍政経済にたよる現状から、民事経済に移行させることさ。そのために地元の有望な商会をうちの優良顧客として支援する。これは帝国議会から下された使命だ」

 そんな人物が、危険をともなう翼竜の急送にたよるだろうか。止めにきた二人のほうに理があると彼女は思った。

 だが、出てきた言葉は違った。

「あなたって、家名詐欺かとおもったけど本当に偉い立場なのね」

「ほれたかい? 」

「いま、言って損したと思ってる」

 澄明は愉快そうに笑った。


 出張には一人の工兵将校がついてきていた。ノームの技術少尉であまり身だしなみは気にしないのか前髪ぱっつんの眼鏡の男だった。彼が駐屯基地の大まかな設計をやり、主計の二人がコストを計算して可不可を答申する。

「現実的なプランをお願いします」

 朝露が机をたたく。半しっぽが首をすくめてそろばんをはじき、せっせと何かをかきつけている。書類をもってきた黒鱗王国のとかげ人官僚がびくっとし、平然とそろばんをはじく半しっぽを感心した目でみた。

「白鱗族のあんた、度胸があるね」

「慣れました」

 彼らは鱗の色あいが少し違っているが、とかげ人以外には違いがわからない。共和国はそれにつけこんで片や奴隷とし、片やそれを利用して従属させていた。

「ところで、共和国軍が駐屯してたのは本当にあそこですね」

「ああ、間違いない」

「おかしいな」

 半しっぽは盛り土で高台になっている「駐屯地」のまわりの池を指さした。

「帝国軍相手なら水は障害になるけど、僕たちにとってはかっこうの隠れ蓑ですよね」

「ああ、みんなして笑ってたぜ」

「でも、罠だとわかって手を出さなかった。ここが襲われたらどこから救援がやってくるかもわかってたんじゃないですか」

「さあ、知らない。仕事があるからもう行くぜ」

 官僚は急にそそくさと去って行った。

「聞こえてましたか」

「ばっちり」

「やっぱりってとこですね。ここできちんと防御しようと思ったらあまりにもいろいろ足りない」

「そろばん上おかしいよね」

「工学的にありえない」

 少尉は眼鏡をきらっと光らせた。

「といって教えてくれそうにないし、共和国軍の残党がいるかもしれないから危ないですし」

 彼らは地図を覗き込んだ。

「補給ふくむ連絡、本隊よりの援軍まで粘れる地形、」

「そしてコスト」

 どこがいいかな、変に楽しそうな彼らに半しっぽは一言足した。

「それにこの国への食料供給です。数ヶ月はもちますが、じり貧でいずれ暴動になりますよ」

 そういう意味では、と彼は共和国からの街道をなぞった。

「このどこか、流通の安全を確保できるところがもろもろ都合がよいのではないでしょうか」

 そして王国北方の帝国と接している峠を指差す。

「ここのわざと不便にしている道を整備できればよいのですが、ちょっと時間もお金もないですよね」

「そこに砦はあるが、規模小さすぎるね」

「ですよね」

「あああ、グリフォンがいたらひとっ飛び探しにいくのに」

「僕としてはこの白鱗王国の故地との境目あたりにいてほしいです。仲、わるいですが僕たちは隷属の身だったので自衛もおぼつかない。黒鱗王国はなにもしないでしょうけど、勝手に略奪するやつがでてくるかもしれない」

「略奪って、隷属民だった君たちから何奪うの? 」

「白鱗王国は穀倉です。征服された理由もそれ、食料に不安のある黒鱗の民が共和国のないいま、なにをやってもおかしくないと思っています」

 気付くと朝露がじっと見ていた。

「半しっぽ、あんた今回はよくしゃべるね。半エルフ辺境領のときは全然しゃべらなかったじゃない」

「あそこは話が簡単でしたから、数字を出すだけでしたし」

「同胞が心配なのね」

 とかげ人の表情はわかりにくい。だが彼がはにかんだことはその場の二人にはわかった。

「はい」

 小さいが、はっきり彼は答えた。

「じゃあ、ここ。ねえ少尉ここいいんじゃない?」

 朝露が地図の一点をさした。

「いや、そこには何も書かれてないけど」

「だからよ。ほかに比べてあいまいすぎる。何か隠してるわよ」

「なるほど。ではとっておきの試作品を使ってみますか」

 少尉の眼鏡がふたたびきらっと光った。

「魔法と工学の芸術的融合です。まだ不細工ですけどね」

 うれしそうだ。たぶん採算度外視だろう。金にこだわる黒森屋中佐の対局でありかつある意味同類といえる人物だった。


 帝国軍航空隊翼竜部隊。元共和国の翼竜乗りの一部が採用され結成された部隊である。

 隊長を預かるのはきつめの顔を自分でも気にしているベテラン、夕凪少尉だ。戦争中の共和国軍での階級はもっと高く、翼竜隊が拡充されるとふさわしい地位に昇進することは確実と思われている。本人は実家で手伝いと内職でもしながらゆっくりしていたところ、やってきた元部下であり義妹でもあった女性に説得されてここにいる。いる以上は最善をつくす。説得した者の思惑通りである。

「子供を婚家において戻った未亡人になにさせるのさ」

 最近は飲み友達になったグリフォン隊の中尉に愚痴るのが唯一のガス抜きだ。彼女の夫は懲罰人事で配置された城壁で龍砲に粉砕された。その後、家督を父にゆずりながらも強権をたもつ祖父に実家に連れ戻された。いやしきれない傷をおもに身内から受けた彼女が説得に応じたのは、たまったうっぷんもあったのかも知れない。家にいれば所詮は女、それも出戻りあつかいである。

 その彼女は射撃訓練場で新装備候補の連弩や散弾射出器のテストを部下とやっていた。別に賢者の友商会から直接売り込まれたという偵察用の記録魔法具もおかれている。その横には従来の使い捨てだが一瞬で静画が記録できる目玉型の魔法具もおかれていて、運用についての議論をまとめた紙が重ねて文鎮をおかれている。

「集弾、優良、操作、難、弾倉が交換できるのはいいけどはめこみにくい。壊れそう」

 テストしている隊員の言葉を別の隊員が書き取っている。

「ねえ、隊長、これ書かなきゃだめ? 」

 書記係がまた不満をいった。

「無駄をはぶいて不便のないよう補給するためには運用側の意見も必要だ、そうよ」

「あるものでがんばれ、ってわけじゃないのはありがたいけど、本当にそうなるのかな。それならあのハゲのノームにキスしてもいいわ」

 試射していた隊員が次の試作品に手をのばしながら笑った。

「あ、これいいかも。三発だけの散弾の連弩か。散りすぎないといいけど」

「やってるわね」

 声をかけられて振り向くと、航空隊統括司令の葉の舞がいた。かなり高齢の谷エルフで、本人はもう乗って出撃はしない。だが、その指揮能力は敵側にいた夕凪には苦渋をもって思い知らされている。

「どうしました」

「うん、みんな。ちょっと隊長借りるわよ」

「なんか利息つけて返してくれればいいですよぉ」

「じゃあなんかみつくろっとく」

 きのうまでの敵に軽口きくくらいには親しまれている。たいしたもんだと夕凪は司令に一目おいていた。

 連れて行かれたのは休憩室。そこに憲兵隊の制帽をかぶったオークの曹長と検非違使の制服の男がいるのを見て夕凪はいやな顔になった。

「ああ、そう構えなくていいぜ」

 階級は曹長にすぎないが、憲兵は将校だって逮捕できる。だからか憲兵は横柄だった。

「今日は非公式の訪問です」

 フォローにはいる検非違使は元々共和国の警察組織で、治安維持のため組織が維持された一つであった。この検非違使は地味だがなかなかハンサムだ。怖がられてなければいいが、と夕凪は自分のきつめの外見を気にする。

「まだ公式になってませんが、翼竜隊の装備の横流しがありました」

「主計のほうもそれ以外に想定より少し請求のおおい品があるって不審に思ってるぜ」

 憲兵はリストをひらひらさせた。

「それで、協力しろと? 」

「いっときおとなしかった共和国再建運動マフィアがまたあちこちで顔を出している。うちとしては、あんたの部下にマフィアから送り込まれたか、弱みを握られて手先になったやつがいると思ってるが、ガサ入れは政治的にまずいというのが上のほうのご判断だ」

「あなた、必要ならそれでも強行しそうね」

「そいつはかいかぶりだが、最後の手段としては考えなくもない。だがね、そんな末端抑えても仕方ない。アセビ殿、あれを」

 検非違使アセビは別のリストを出した。隊員の名前がいくつかと、背景情報が書かれている。

「身上調査は既にやってある。んでもって可能性のあるのがそいつらだ」

 目を通すと、彼女も知らない事がたくさん書かれている。

「ここまで調べているなら見当はついてるのでは」

「そうでもねえ、で、こいつらについてあんたのわかることを教えてくれ」

「逮捕するの? 」

「いや、つながってる先のマフィアを引っこ抜く。できるだけ深くできるだけたくさんな」

「本人は? 」

「そのへんは調査結果を共有するから、あんたらのほうで決めてくれ。末端には興味はない」

 葉の舞の手が肩におかれた。

「あなただけにやらせないからね」

「ありがとうございます」

 夕凪は唇をかみしめた。こういうこともある。だからいやだったのだ。

 だが、逃げる気も彼女にはなかった。

「では、はじめましょうか」

 曹長はオークらしく強面全開で微笑んだ。


 水晶球の中に少し歪んだ映像が浮かぶ。

「昔はこういう魔法具、とってもごつかったのに」

 朝露は心底感心した。技術は日進月歩。負けられない戦争の間は特に顕著だ。

 龍砲、航空隊の火器、対空散弾、導入されるたびに中佐がぶちきれ、主計局全員の魂がとびかける。おもいだして彼女はぐったりした気持ちになった。

「ああ、小型のでも背嚢三つ分くらいあったね」

 工兵少尉は苦笑した。

「航空隊に偵察に使えないかともってったらこんなの積めるかとつっかえされたっけ」

「試しはしたんだよ。重くておっことしそうになるし、飛びにくそうなグリフォンがそれ棄てていいかっていいたそうに見てくるし」

「魔法使いってのは頭でっかちが多いからね」

 その点、技術は違うぞと眼鏡のノームは胸をはる。

「はいはい」

「見えた! 」

 半しっぽが声をあげた。水晶球の中に石組みのようなものが見える。

「少し離れて、と」

「砦ね」

「見てくれ、このへん兵舎だ」

 どれどれ、と覗き込む主計の二人の目の前で水晶球の中の天地がひっくりかえり、そして草の中に落ちたようだ。

「攻撃された? 」

「いやあ、たぶん普通に壊れた。なにせ試作品だからね」

 いくら突っ込んだ試作なのか知らないが、その程度のをよく飛ばせたものだ。

 二日後、彼らは現地にいた。目にしたのは半壊した砦とその外に柵で囲んだ木造兵舎のならぶ駐屯地だった。どちらももぬけの殻となっている。兵舎には大急ぎで撤収した混乱の跡があり、さらにそこを何者かの集団があさった痕跡もあった。

 念のため、護衛についている小隊に残党や勝手に住み着いた好ましくない住人がいないか確かめてもらったが、半分ひからびた死体がいくつかころがっているほかは誰もいなかった。

「全部とかげ人ね、黒鱗の人かしら」

「あさりにきた連中で争いになったのかな」

「砦としては補修もしてなかったけど、このへんの古い倉庫は最近まで使ってたみたいですね」

 いまとなっては床に麦の穂一つおちてない庫内をみまわして半しっぽ。そのゆびさすさきはきれいに四角く残った床の痕跡。そんなに遠くない前にここに大量の木箱がつまれていたことがわかる。

「本土防衛のためになにもかも持ち去って、残ったものも全部持ち去られたんですね」

 砦は本当に古いもので、共和国が二つのとかげ人の国を屈服させるより前にどちらかによって国境の砦として建設されたものと思われた。共和国はこれを補修する必要を感じなかったらしい。

「じゃあ、お仕事しましょうか。少尉、ここに駐屯地をかまえるとしたら何が必要ですか」

「前の候補地よりずっと安くあがるのは保証するよ」

 回収した試作品を愛おしそうになでながら少尉はいった。

「やったあ、ってそれですまないのがうちらの仕事よ。さあ、きりきり見積もりを出してください」

 朝露ばそろばんをじゃかじゃか鳴らした。

「たぶん、中佐に一回真っ赤にされるくらいですむのができるわ」


「はじめまして。帝都より顧問として派遣されてきた薄明の虹の澄明です」

 一同はちょっと視線をかわした。

 まず、若い。こんな若造で大丈夫なのか。そして軽い。威厳を感じない。うごきがぎこちないのは急いできたせいらしいが、身なりはこぎれいにまとめてある。

 速記係を二人も用意し、きちっとしたお仕着せをきた秘書に資料を多数用意させてあるあたり、やはり周到な人物のようだ。

 だが、彼らが気になるのはこの青年が黒エルフの血を引いているということだ。

 共和国が健在のころなら半エルフ辺境領においやられ、議事堂に足をふみいれるなど許されない身分だ、それが帝都からやってきた。共和国を出た黒エルフは多くはない。だが確実にいる。

「私は大楓屋のつむじ風ともうします。失礼ながら顧問、あなたは我らと祖先を同じくするように見受けられるが」

 共和国三大商店の一つのこれも若い当主が声をかける。

「三百年くらいまえに、始祖十七家の一つから勘当され、出奔したのがうちの先祖と聞いています。といっても、共和国に思うところはありませんからご安心を。そんな了見の能無しは私をふくめ当商店にはおりません」

 にこやかにそう答えてほかの三大商店、黒蔦屋と王室屋の店主ともあいさつをかわす。

 それから旧共和国議員である顧問と彼はがっちり握手をかわした。

「月光泉家のせせらぎ殿ですな。御作は楽しく興味深く読ませていただきましたよ」

 穏健派で政治家というより文化人として知られる人物だ。学者でもあり、その知識を生かして共和国の歴史叙事詩を執筆している。

「これはこれは光栄ですな。ですが、もうしわけないですが終焉の章は書き上げたものの公開する気にはなれません」

「心中おさっしします」

「ところで顧問、研究上の興味からの質問をお許しねがいたい」

「どうぞ」

 にこやかである。

「始祖十七家ともうしましたが、もしやきしきし山家ではありませんか」

「そうらしいですね」

「そして急いできたともうされたが、もしや赤星運輸をご利用か」

「山びこ殿はすばらしい乗り手でした。嫌われてしまいましたが」

「なるほど」

 何がなるほどかわからないが、せせらぎは納得したようだ。

「ところで聞くところでは、あなたは学校を開設し、新聞を創刊したとか。いずれ訪問させていただいてよろしいか」

「帝都の真似にすぎませんがご来臨いただけるなら歓迎いたします」

 次に澄明が挨拶したのは主計局の代表だった。といっても黒森屋中佐ではない。黒牙と補助のためにつきそうヤマノシタだった。

「あなたは確か旧都黒森屋のかたですな。黒森屋中佐は今日はおいでではないのか」

「忙しいそうです」

「嫌われたものです。悲しいな」

「以前あったときは、三時間くらい議論したと聞きました。仲がよすぎるのも考えものです」

 こいつ、本気でいってるのか。表情を崩さない薄明の虹のスタッフたちが目をむいた。

「あなたは不肖の息子と思っておられるようだが、やはりあのお父上のご子息ですな」

 澄明は感心してうなずいた。黒牙の父はいまは帝都の教授である。そして帝国相手に激戦の末に開城したオークの王だった。

「世が世ならあなたはオークの王国の王太子だったはず」

「無意味な仮定です。それより副官のヤマノシタはご存知でしょう」

 ヒトの中年男は面倒くさそうに会釈した。

「どうも」

「あなたとここであうとは思ってもいませんでした」

「あいかわらずですな。タイプは違うがあなたは中佐の同類だ。みんなこれからそれを思い知ることになるでしょうな」

「あなたも相変わらずでうれしいかぎりです」

 そして澄明はあたりを見回した。

「賢者の友の紅木蓮氏がいませんね」

「まあ、中佐と同じ理由でしょう」

「そうですか。残念です。さて、では」

 澄明は一同を見回した。

「まずはみなさん、全体的な認識のすりあわせをしましょう。少々お時間をいただきますよ」

 ヤマノシタはけっという顔になって黒牙にささやいた。

「つまり楽しいお仕事のはじまりってわけだ」


 きしきし山家のはなれはかつては使用人宿舎であったが、いまは下宿となっている。その下宿人の一人、オークの憲兵曹長が早めの家賃をもってきた。山びこは仕事でいない。叔母が不在のときはきしきし山家の主人代理をつとめる少女、響が応対した。

「坊やが歩いてましたね」

 オークの愛想笑いはこわい。けれどこの人の心根には安心できるものがある。少女は自分の直感を疑うことはなかった。

「叔母さまの与えたおもちゃの剣がことのほかお気に入りで。血ですね。わたしはあんなものより糸と針とそろばんが好きです」

 この時代に剣など役に立たない。彼女はそう思っていたが、祖父がその剣で不埒者から自分たちを守って死んだため口にすることははばかっていた。

「動きだすときはいろいろ危険です。シッターさんはよくわかっておられる人を頼んでいると思いますが」

「腰に紐をつけられて、祖父がみたら次の当主を犬みたいにあつかうなと怒りそう。でも見栄より安全です」

 それで、と彼女は曹長に微笑みを投げた。

「早めのお家賃、何の口実かしら」

「さすが大家さんの自慢の姪御さん。いえね、ちょっと警告しておきたいことがありまして、乗り手の空音さんを読んできていただけますか」

 山びこが増やした乗り手の一人、鍛冶屋横町の空音は下町出身の少女であこがれて翼竜にのる資格をえた努力家である。実戦の経験はないが、教えた中でも乗りこなしのセンスがとてもよいほうであったことから、声をかけたものだった。

「あいあい、なんでございますか」

 響よりほんの二つ三つ年長なだけなので、分はわきまえているがときどき甘味屋にいっしょにでかけるくらいに仲はよい。

「こちら、うちの店子の曹長さん。ご存知よね」

「あの、あたしなんかやりました? 」

 怖がっている。曹長は安心させるつもりかにっと笑ったが逆効果だ。

「曹長さん、用件をどうぞ」

 本気でこわがってるのに傷ついて曹長は頭をかく。

「これは内密にねがいたいのだけど、翼竜隊の誰かに愛国マフィアがちょっかいをだしているらしいのですよ」

「ええっ、あたし知りませんよ」

 空音はおびえる。

「あんたが今のところシロなのは確認済みだよ」

 もう調査済みらしい。空音はほっとしていいのか、勝手なことするなと怒ったものか困った顔になった。

「だが、これからもそうとは限らない。身内をたてに弱みを握ってくるくらいはあり得る話だ。君の兄さんが悪い癖で借金をこさえてしまうとかね」

「わあ、ありえます」

「兄嫁さんに狙われやすいことは話をしてあるが、もしそんな兆候がでたら大家さん経由でいいから俺に相談してくれ。ちょっとしたことでもいい。俺のほうにも情報が集まってるから早めに対処できる」

「へ、へえ。ご親切に」

「手遅れになると大家さんに迷惑がかかる。頼むよ」

 そこで曹長はきっと顔をあげた。視線の先に帰宅したばかりフライトスーツもぬいでいない山びこの姿があった。

「私の紹介した娘たち? 」

 彼女は疲れていたがそれをわすれるくらい激昂していた。マフィアは主計にいたころの彼女を抱き込もうとし、父を死なせ、彼らの一員ではあったが恩人でもあった叔父を切り捨てるように暗殺した。戦争初期の英雄であり、戦果のあるうちの早期講和を唱えていた長兄を死地においやった連中に似た臭いを感じて彼女は憎しみすら覚えていた。

「わかっている範囲では公募に応じた隊員ですな。夕凪殿の心労いかばかりか」

「あのかたを推薦したの、間違いだったのかしら」

「ご本人にはそんなこといわないよう。叱られますよ」

 立ち向かっているのだな、ということのわかる言葉だった。

「話は以上です。ご自愛を」

 曹長は家賃をいれた封筒をおいて去った。空音もそそくさと仮眠室へ。

 山びこはどさっと腰をおろした。

「お疲れのご様子。叔母さまもおやすみください」

「いや、一緒に帳簿みよう。ちょっとむしゃくしゃすることが多すぎて、仕事の憂さを仕事ではらしたい気分だわ」

「叔母さま」

「なあに」

 山びこの口に少女は飴をおしこんだ。びっくりして目を丸くするのに微笑みが投げかけられる。

「そういうときは甘いものよ」

 まんまるになっていた目がきゅっと三日月を描いた。嬉しい。山びこは少女をだきしめたいと思った。

「そうね」

「じゃ、楽しいお仕事はじめますか」

「その言い方はやめてちょうだい。中佐の夢をみそう」

 笑い声が応接室にひびいた。


 黒牙は眠ってしまったヤマノシタを背負って明け方近くにようやく主計局に戻ってきた。

 黒森屋中佐は寝ているかというとそうではなく、工兵隊の鉄骨大佐と打ち合わせをしていた模様。ちょうど一段落したところらしく、大佐は試飲用らしい自家製密造酒のジョッキを手に、中佐はパイプを手にくつろいでいた。二人の前には何度もかいては消された石盤がいくつもころがっている。

 重要な打ち合わせの、必要なことをこの二人は全部頭にいれていることを知っている黒牙は軍団の移動と引き継ぎのことだろうなと見当をつける。

「旦那、いや中佐、もどりました」

「ご苦労さまです。おや、ヤマノシタさんは撃沈してしまいましたか。どうでした顧問との最初の打ち合わせは」

「死屍累々でした。あれが軽い現状確認とはぬけぬけよくいったものです」

「一つかそれ以上、根回しして決定済みのことを相談と称してのまされなかったか」

「ありました。聞きますか」

「まて、当ててみよう」

 鉄骨大佐がおもしろそうに割り込んできた。

「旧白鱗王国を自治領かなにかの形で切り離すのだろう。そして交代する軍団は最終的にはそこに駐屯する」

「ヤマノシタさんもしってたみたいです。びっくりしたのは旧共和国の面々で、長引いたのもそのせいです。彼らにもその可能性に思い当たるところはあったようですが、いきなり用意周到な奇襲をうけた形になったのではたまったものではありませんでした」

 穀倉地帯である旧白鱗王国を行政的に切り離すことで、生産性の向上と不平の解消、そしてパワーバランスを構築する。帝都のほうでそういう方針になってることは把握されていた。といってもそれほど前からではない。顧問の澄明はもっと前から知って準備していたのだ。

「それで大佐といろいろ話をしとった。主計にもその協力要請はくるだろうから、またいろいろ見直さなければならん。将軍が変なことを言いださなければいいが」

 黒牙がそのほかその日の報告をすませて出ると、時間も時間なのに目をぎらぎらさせた朝露と丸い背中の鱗のつやがすっかりくすんでいる半しっぽとすれ違った。

「戻ってきたのか」

「ええ、急いで相談したいこともあるの」

 二人の「戦友」は拳をかるくぶつけあってそれ以上の言葉を省いた。

 半しっぽが疲れ果てているがいやに緊張しているのが気になったが、黒牙はとにかくヤマノシタを宿舎に届けることを優先した。彼自身も仮眠でもとっておかなければもちそうにない。


 帝都からの経済再生顧問の到着は劇的な変化のはじまりだった。

 まず、いきなり薄明の虹商店の支店が看板をあげた。突貫工事で準備をしていたららしい。同時に売り込みと買い付けの荷駄隊が到着した。軍団にはりついて慰安を提供するのを主とするお楽しみ商会が同業者にも声をかけての大動員をやってのけたのである。

 開店特価で帝都からの豊富な物資が市場にあふれた。ものを売るだけではなく、雇用は生まれ失業した軍人や戦災孤児、未亡人たちが雇われた。町に明るい雰囲気が戻り、共和国時代をなつかしむ声は消えはしなかったが大半が気にしなくなった。

 これでマフィアがおとなしくなったわけではない。元共和国議員で、新興の商店を経営していた人物が惨殺され、死体を吊るされた。それと同時に軍需品の横流しがぴったりおさまったのは偶然なのか関連あるのかわからない。それでも曹長は数人のマフィア末端とその元締めの身柄を抑えた。商社のふりをした暴力組織だった。とかげのしっぽしかおさえることができなかったと曹長は無念そうにしていた。

「マフィア自体ががたがたになってるみたいだ」

 曹長の相棒である検非違使のアセビが分析する。

「後ろ暗いことをする必要のなくなった幹部が積極的でなくなっている。抜けようとすると殺されるから息をひそめているだけだと思うが」

「このまま消えてくれればいいんだが」

「そうはいかないだろうってのはわかってるだろう。だが、この風向きは歓迎だな」

 工兵隊も同様にこの風向きを歓迎していた。

「人も資材もスムーズにあつまるようになった。とんでもねえな帝都の大商店は」

「はったりですよ」

 中佐はパイプを手に鉄骨大佐に吐き捨てた。

「かなりの部分で実をともなっていない。けれど破綻しなければうまくいってしまうのも事実。うちの実家の敵じゃありませんよ。あんな連中」

「だが、あのケチな農園主どもがはったり事業の道路公団に出資してるじゃないか。おかげで分遣隊の駐屯地の建設も順調だ」

「そのへんは朝露くんと半しっぽくんの提案もあるのですよ。おかげで彼らがあの王子様の目にとまってしまった」

「王子様? 」

「あれでも薄明の虹の次の当主候補の最右翼ですよ」

「そりゃあとんでもない大物がきたな。帝都黒森屋のひねくれた分家筋にはおもしろくない相手だ」

「ふん」

 中佐は煙をふかぶかすって盛大にはいた。

「気に入らないのはうちの手塩にかけた局員を引き抜こうとしてるところですよ」

「ヘッドハンティングか。だが軍人を引き抜くのは簡単じゃないぞ」

「あれを甘くみてはいけません。必要と思えばやってのけますよ。しかし、黒森屋のように丁寧に育てるなんてことはしない連中です。自力で能力を示しきれなくなったらさっさと棄てますよ」

 こいつはこいつで、部下に歪んだ愛情をもってるんじゃないかだろうか。鉄骨大佐はこの旧友にそれをいうことはしなかった。

 将軍が主計局にやってきたのは本当にその翌日くらいだった。いつものことで中佐の後頭部の髪の毛はざわつき、局員はやっと安定して回せるようになったのに台無しかとなげいた。

 一つ違っているのは、将軍が澄明をともなっていたことである。

「諸君。戦争は終わった。融和と繁栄の時代がきた」

 相変わらず将軍のしゃべり方は芝居がかっている。ドワーフらしくはない。

「ご用件は手短かに願いますぞ」

 そろばんを手に中佐はいやみをいったが将軍がそれしきで堪えるわけがない。

「司令部は帝国の再建委員会と図って軍民共同プロジェクトを立ち上げることにしたのだよ」

「移管準備なら粛々とすすめておりますが」

「ちがうちがう。人材交流だ。旧共和国人民のための計画にぜひ主計の優れた人材をかしてほしいのだ」

「閣下。うちは常時人手不足ですぞ。それでなくともそこの顧問殿の派手な経済政策に翻弄されて安定せぬ物流に日々難渋しております」

「物価が下がり、需要もだが供給も多くなっている。主計はそうとう楽になってるはずですよ」

 中佐と顧問はにらみあった。どちらのいうことも間違ってはいない。たいへんなところと、楽なところが食い違っているだけだ。

「中佐、これは政治的な問題でもある。一人でよい貸してくれたまえ」

「非正規職員でよいですか」

「正規職員でないと意味がありません」

 かぶせるように言う顧問を中佐はぎろっと睨んだ。澄明は涼しい顔である。

「それで人事に調査させてこちらで適任を選んでおいた。政治的にもうってつけだ」

 主計の面々は中佐の後頭部の毛が生き物の職種のようにざわつくのをみて声もない。

「下士官の中では一番の新人だし、業務への支障は最低限になると思う。ええととかげ人の半しっぽ伍長だったかな。君の了解を得たら印鑑を押すだけの辞令も用意してある」

 それはつまり決定事項ということだ。

「そうですか、そこまで進めているなら仕方ありませんな」

「すまないね」

 二人が去ったあと、中佐はあとは頼むと自室にこもってドアをしめた。

 ドア越しにも彼の罵声は聞こえてきた。


 分遣隊が出発したころ、引き継ぎの軍団から視察団がやってきた。あちらの主計の代表もきていて、多忙な日常業務に加えて彼らとのミーティングがはいるようになった。

 中佐は最初の一回でただけで黒牙にまかせた。その黒牙も主計のほかのものにまかせてしまう。

 任されたのは希少民族であるゴブリンのとっつぁん。助手につれてきたのは軍務につくには早すぎる年齢の黒エルフの少女だった。

「きしきし山家の響ともうします。書記と文書整理を勤めさせていただきます」

 びっくりする相手方主計は年配のドワーフ女性大尉を筆頭としてヒトと谷エルフの男性ばかりだ。いずれも彼女の親でおかしくない年齢。

「このお嬢さんはヘルプだが、かなり優秀だぞ。まずはまとめてきた資料を見てくれ」

 これまた相手より小柄なとっつぁんは気後れなど知らない風情で彼らに綴じた書類を配布する。

「引き渡しのスケジュールはできたことだし、そのときの引き渡し資産の状態の推測をもってきた。ぴったりこの通りとはいかないが、違いはあってもせいぜい三割だと思う」

 みっしり書かれた目録と資産ごとに添え書きされた細かな備考に相手主計の面々は目をむく。

「うちでもぎりぎりまで必要なものはその通り補充された状態でおいていくが、さすがにそうでもないものはそちらで着任後の調達を願いたい」

「うちもこういうのは作っているが、これは細かい」

 大尉は感心した。

「やはり黒森屋ですね」

 偏執的な商売マニア集団、帝都黒森屋はそう思われている。

「いや、うちの軍団は歩兵、弓兵、装甲騎兵、龍砲兵、対空部隊、航空隊と多種の兵科を共同運用するので、これくらいやらんと麻痺してしまうのですよ」

「ああ、うちは歩兵と軽騎兵くらいですから融通ききますからね」

 でも、と大尉は部下たちに目をやった。

「うちも航空隊を新設するよう言われてるのよね」

「新設、ですか」

 どこかの航空隊から小隊をひとつ転属させ、それを核に増員するのだろうか。一番ありそうなのは、自分たちの航空隊だ。

「およびして」

 最下位のヒトの曹長が別室に姿を消すと二人の人物をともなってもどってきた。黒エルフの女性二人だ。中尉の階級章と少尉の階級章をつけている。

「叔母上」

 響の声があがった。

「あなた、なぜここに」

 驚くのは夕凪。中尉に進級している。

 思わぬ身内の再会にみなあっけにとられた。

「叔母さまの命令で主計でお手伝い兼修行を」

 なるほど、と夕凪はなっとくし、一同に軽く頭をさげる。

「少々取り乱し、もうしわけありません」

「このお嬢さんは帝都と最速で結んでいる赤星運輸からおあずかりした、社長の姪御さんです。先ほど申した通り、優秀なのでともないました。先ほどの資料も一部彼女に任せたものです」

 とっつぁんがフォローする。

「なるほど、翼竜乗りの関係者ですか」

 大尉は納得という顔でにっこり微笑む。

「もしや、新設する航空隊は」

「ええ、翼竜隊です。ここなら元乗り手の募集もしやすく、エルフ谷よりグリフォンと乗り手を連れてくる手間もないです」

「それで、新部隊の隊長を誰か選抜してくれないかと言われてここに山嵐少尉をつれてきたのです」

「山嵐です。共和国軍では偵察隊におりました」

 まじめそうな純朴な顔の少尉がぴしっと敬礼する。

「新部隊の目的は偵察、観測、連絡ときいて、彼女に承知してもらった」

「なるほど、そのために主計のノウハウがほしいと。では、山嵐少尉とそちらのどなたかと、うちの航空隊担当の誰かで打ち合わせを持ちましょう」

 議事録をつけながら、響は不安を覚えた。航空隊にマフィアの手がのびていた。夕凪も知っているはずだ。山嵐少尉は問題のない人物なのだろう。だが、今後はどうなるのか。

 打ち合わせがおわり、解散となるとき少女は義理の叔母だった女にすりよって頼んだ。

「坊やにあってください」

「あわせる顔がないわ」

 響は落城前に見た光景を忘れられないでいた。ゆっくりはばたく翼竜の上の夕凪と、城壁守備隊長の叔父が見つめ合うのを。わすかな時間だったが、届け物を抱えたまま彼女はそれが永遠のように思えた。城壁はその後龍砲の巨弾に崩壊し、叔父は骨も残らなかった。その一粒種に残った母親が顔向けできないという。悲しいことだ。

「で、だな」

 とっつぁんが何かいっていた。

「朝露ちゃんがボスのお供でいないから嬢ちゃんとあの兄ちゃんで担当してくれないか」

 気づくと新航空隊の打ち合わせ面子にされていた。拒否は許されそうにない。

「代理の黒牙中尉がうんといいますかね」

 内心悲鳴をあげながら彼女はそう返した。

「言わせるさ」

 とっつぁんは邪悪な笑みを浮かべた。


 元白鱗王国は穀倉である。湿地で産する穀物、米がたくさんとれるのだ。王国はこれによって繁栄し、黒鱗王国を属国とし黒エルフ共和国をたびたび退けていた。

 その繁栄は遠い過去だが、繁栄をもたらした農業はいまでも盛んだ。奴隷化された元王国民を使う黒エルフの貴族たちの荘園がそこかしこにある。今や共和国は崩壊し、奴隷身分だったとかげ人たちは開放された。農園主の三分の一が荘園を売った。買い手はここにいつくことを決めた他の荘園主や、主の目を盗んで蓄財していたとかげ人。残った農園主は二種類に別れた。土地を元奴隷だったとかげ人たちに貸し付けて賃料を受け取るだけの者、とかげ人たちを雇用し、自ら経営を続ける者。うまく行くものもいればいかない者もいる。半しっぽは、自治領発起委員会の面々と視察して回って疲れ果てていた。

 現地にすまうもの、黒エルフだろうととかげ人だろうと責めるような目をむけるのである。おまえはなんでそこにいるのか。委員会はこの地に強固な地盤をもった元共和国議員二人、ヒト族の薄明の虹商店の番頭二人、帝都からやってきたやたら豪華な衣装のドワーフの議員一人、それに半しっぽでできている。質素な軍服、たかが伍長の階級章、場違いな感じはあった。

「ああ、そこの主計のあなた」

 暇そうにしてるのをヒトの番頭がよんだ。

「なんです」

 用事は道路整備の相談だった。主計の負担で戦争であれた共和国首都への街道整備をしてくれないかというのだ。

「だめですね」

 半しっぽは即答した。

「それは軍の資金の横流しになります。それに主街道は荒れてるがちゃんと使える。大きな街道なら分遣隊基地への道路の補修が優先です」

「いや、それは委員会の決定と違うから」

「大丈夫です。そっちは主計と工兵隊で粛々とすすめていますから。そんな大きな道路より、共和国時代に放置されていた末端村落への連絡を委員会の予算で改善するべきです」

 はっきりものをいうので男は気分を害したようだ。

「あのね。頭の悪い君に教えてあげるがこれは政治の問題なの」

「政治の問題ですね。奴隷身分で搾取されるだけだったとかげ人たちのモチベーションをあげるほうが新自治体の税収の底上げが大きい。共和国時代の気分で大きな顔の黒エルフの地主たちの御機嫌なんかとってる場合じゃありません」

 思わず熱く語ってしまって半しっぽはしまったと思った。自分はこんなのではなかったはずだ。まるで黒森屋中佐がとりついたようだ。

「いや、でも委員会の決定には従ってくれよ」

「僕も委員ですよね」

 番頭は鼻白んだ。

「いちおうそうだな」

「議事録みましたよ。全会一致とありますね。軍にきかれたくない決定だけ僕ぬきだ。このことは報告させていただきました。ちょうどいい。上の判断が降るまで主計は引き上げさせてもらいます」

「ま、まて」

「分遣隊のところにいますから」

 半しっぽはさっさと飛び出した。愛国心だの同胞愛だの自分にあるとは思わなかったが。主計でだめなものはだめと言いきらなければならない生活が続くと、不正の多い委員会の活動はどうもがまんならなかったのだ。

 主計からは彼一人だったので、最低限の荷物だけもって乗り合い馬車にのる。とかげ人用の小汚い馬車だ。帝国軍の軍服をきたのが乗り込んできたものだから、同乗していたとかげ人たちは目をまるくした。一応帯剣しているので怖がられている様子がある。

「次の町までよろしくおねがいします」

 とかげ人の挨拶のしぐさで丁寧に挨拶したのがよかったのか、気さくなおばさんがいたのがよかったのか、ゆらゆらのんびり揺られて行く旅はいつかうちとけたものになった。

「へえ、捕虜から軍人さんに。共和国じゃ考えられないねぇ」

「あ、これおたべよ。軍隊でいいもの食べてる人の口にはあわないかもだけど」

 いえいえ、軍の兵糧はそれはまずいものです。半しっぽは苦笑した。

「共和国がぶっつぶれて、あたしらのくらしもましになったりするのかねぇ」

 まだまだ道は遠いけど、望みはありますよ。半しっぽはあいまいに笑うしかない。

「いまだに鞭の手放せない地主もいるし、他所でくってく自信がもてないから鞭を受けてる連中もいるし」

 そうだ、と半しっぽは思い付いたことがあった。分遣隊の兵糧はいまは軍倉庫から輸送している。もともと彼らの分は倉庫にあるわけだが、分遣隊の種族構成を考えると地元で調達できるのではないか。好みはともかく、米が食べられない種族はいなかった。兵糧は遠くない移動のために温存したほうがいい。調達できそうな村について彼は同行者たちから話を聞いた。

 夕方、軍の出張所のあるところから分遣隊の主計出張所まで馬ではこばれた彼は、現地の主計局事務所に顔を出した。あまり一緒に仕事をしたことはないが、愛嬌のあるドワーフ娘の軍曹がそこにいた。

「で、怒って飛び出してきたわけね」

「ええ、まずかったですかね」

「ううん、上出来よ。主計なめくさって」

 興奮して斧の素振りを始めなければ彼女も結婚していたかもしれない。何しろ、とりまわしのキレがすごいのだ。夫婦喧嘩がエスカレートすると殺される予感しかしない。

「まあ、その番頭はクビになるわね。あそこは能無しには容赦ないから」

 そしたら主計で拾って使い物になるなら鍛えてあげようかしら。鼻歌まで出始めた。

「それでですね、来る途中考えたのですが」

 現地調達案に彼女は飛びついた。

「輸送手配が大変すぎて、倉庫たてましてたくさん備蓄できるようにしなきゃって思ってたとこ。それ、うまくいったら嬉しい」

 そこから話はトントン拍子だった。

 目指したのは近くの村、ここではやる気のない地主がとかげ人の元奴隷たちに土地を分譲し、代金の分割払いを要求していた。といっても販売のつてや輸送手段は地主しかもっていなかったので、生活はそれほどかわらないことになった。安く売って利息を免除してもらうだけの借金地獄だ。

 そこに買い付け交渉に軍が現れたものだから元地主はあわてた。なんとか丸め込んで追い返そうとするものの、言い負かされた上に斧の素振りをはじめたドワーフ娘に気圧され、勝手にしろになってしまう。

 最初は疑り深かった村のとかげ人たちは村長の決断で軍に納品する話に応じた。

「米はわかりますが、干し藁もですか」

「帝国にはいろんな種族がいるから」

「いいけど、道路もちょっと整備がいるね。買い付けの馬車がはいれない」

「分遣隊の工兵に頼みましょう。穴を数カ所埋めて岩を一つどけるだけだし」

 そこのほかに、三つほど村をまわり、かいつけと道路整備の約束をする。

「村の人が手伝ってくれるなら、一つはわたしが担当するよ」

 彼女は工兵ではないが土木建築を得意とする一族の出らしい。

「あれもそろばんがいるからね」

 彼女がここに派遣されているのは普請事が多いからなのだろうな、と半しっぽは思った。

 とりあえず、仮修繕で最初の買い付けを行った。それだけで次の利息は払えるらしい。

「あの農民たち、だまされやしないかしら」

 地主の黒エルフの老人がしぶい顔をしていたので彼女が気にしたひとことをいう。しかもかなり買いたたいていのは代金を受け取った反応でわかった。

「そうですね、では頼りになりそうな方に相談してみます」

 駐屯地には赤星の定期便が来る。巡回しているのは空音だ。面識のあった彼女と半しっぽはついでに少し話をする。

「お嬢様が大変そうなのよ。あんた手伝ってあげない? 」

 お嬢様というのは社長の姪である響のことだ。

 新しい翼竜隊の小隊をたちあげるとかで、毎日おそくにげっそりした様子で帰ってくるのだという。

「社長はどういってるの? 」

「質問に答えてあげる以上のことはするなって」

「うん、じゃあ無理だ。こっちの仕事もあるし、山びこさんこわい」

「ええー、社長はやさしいよ。仕事についてはすごくきびしいけど」

 苦手意識を克服できない半しっぽはあいまいに微笑むしかなかった。といってもとかげ人の表情はわかりにくい。次にまわるところのある空音の反応は「ま、いっか」だった。

 翌々日、反応があった。白鱗旧都のほうから装甲騎兵の護衛を受けた旧共和国の公用馬車がかけつけてドアがばたんと開き、何事かと見守る兵士たちの前で参謀の肩章をつけた谷エルフと連れ立った顧問の澄明が降り立ったのだ。

「お手紙ありがとう。君の指摘した問題は興味深かった。黒森屋なんかにはもったいない人材だね、君は」

 いきなりべたぼめである。びっくりして半しっぽの瞬膜が何度も上下する。

「まさか顧問がおいでになるとは」

「君の仕事ぶりが見たくなってね」

 この人物が暇なわけがない。ではなぜ時間を割いてここにきたのか。

「で、委員会の君がここで何をしとるのかね」

「委員扱いされてないので、軍上層部に報告して沙汰をまってるとこです」

「なめられてがまんできなかったのかい」

「僕だけなら慣れっこですけど、軍を代表してきてる以上、突っ張らないとあとがこわいんですよ」

「正直だな。それで軍の手の届く範囲で自治の改善を? 」

「そんなつもりはありませんよ。でも調達を円滑に行うために現地の事情に気をつかうのは基本中の基本と中佐に教えられました」

「あの癇癪ノームがねぇ」

 澄明は苦笑する。そして連れてきた者たちをふりむく。

「少尉、参謀としてご意見を拝借したい。伍長の行動は正しいと思うか」

「正しいですよ。あなたの元番頭のやったことは戦争をしかけたのと同じことです」

 元、といった。あの薄明の虹の番頭は処分されたらしい。

「それについてはなるべくはやく将軍に謝罪しよう。それでは角兵衛商店の角兵衛殿、さきほどの件をはなしてやってくれるか」

 進みでたのは痩身がおおいエルフ族なのにぷっくり太った黒エルフ。えびす顔でにこにこしているところが少々うさんくさい。

「こんにちは。あなたがが半しっぽさんですね」

 奴隷身分だったとかげ人に腰が低い。およそ高慢な黒エルフとはかけ離れた人物だ。

「角兵衛商店は白鱗旧領でも指折りの穀物商人でね、私も舌をまくような発想の持ち主だ」

 元々角兵衛商店は買い付けだけでなく農地の生産管理も引き受けていて、二つのものが収益に大きな貢献をすることに気付いていたのだという。

 その二つとは、農業技術とモチベーションだそうだ。前者は収率を格段にあげるし、後者は技術の適用を確実にするのに必要だ。そのために、まずはご褒美を用意したらしい。やがてそれは角兵衛商店が提供する嗜好品や実用的な小物といったものに交換可能な商品券にかわり、奴隷解放後は給与となった。ほとんどの農地奴隷がいまは社員になっているらしい。

「さらに拡大しようと契約農家をさがしているところでしてね。ただ、古い気質の地主はなかなか聞いてくれない。幸い、そこの村は地主が土地を切り売りしたあとだそうで大変都合がよろしい。買い付け隊には法律に詳しいものが一人以上いますから、元地主が無茶なことをいってきても相談にものれますよ」

「どうしてそこまで? 」

「気付きませんか? 彼らは買い付ける相手であるだけでなく、当商店のお客様でもあるのですよ。大事にすれば共存共栄です」

 その発想はなかった。半しっぽは瞬膜を動かす事も忘れてこの異色の黒エルフ商人を見た。

「どうだね、これで君の希望への答えになるかね」

「想像以上です。感服しました」

 半しっぽは膝をまげ、両手を広げて頭をたれた。これは両親にならった最敬礼のマナーだった。

 どうしたわけか、それを見て澄明が目をまんまるにしていた。

「これであのハゲノームより尊敬してくれるかい」

 軽口が飛び出す。

「少なくとも、中佐と数時間議論したという話は信じることができました」

「よし、じゃあ委員会に戻ってくれないか。面子はだいぶいれかえた。この角兵衛殿もメンバーだ」

「指示がきましたらすぐに」

「流されないね、きみ」

「黒牙中尉にしつけられました」

「その中尉から指示書をあずかってきている」

 参謀がかばんをひらいて封書をだした。

「あらためてくれ」

 翌日、半しっぽは委員会に復帰した。二人いた薄明の番頭は姿を消し、元共和国議員も一人姿を消していた。かわりに角兵衛商店の主、在地地主だが地主というより学者という雰囲気の黒エルフ、これまた学者然としたノームの老夫妻が加わっていた。一番驚いたのが最後のノームの夫婦が黒森屋の一族につらなっていることである。帝国で農業会社をいとなんでいたという。

 がらっと雰囲気が変わっていた。残留メンバーの元共和国議員が前の委員会で企画していたことを説明すると、侃々諤々議論が始まった。いくつかの政策は引き継がれるがほかはすべて見直し。行政、立法、司法についてはドワーフ議員から十数案が出ており、彼がいうには当面の情勢、将来の情勢にあわせてスムーズに切り替えていけるのが理想だという。

「どれも一長一短であるからな。こうあるべしではなく、今はこれが適しているで選ぶべきだ」

 実在するものはそれぞれ木箱二つ分くらいにみっしり資料をもってきている。中には元共和国議員が顔をしかめるような体制もあった。

「まずは経済政策だ。そいつをきめてくれればわしがよさそうなのを仕立ててやろう」

 ちなみに前委員会の時に考えていたのは寡頭共和政で黒エルフの有力者が大半をしめる政府であった。しばらくはうまくいくが、すぐに立ち行かなくなり、暴力的な体制転換をよぎなくされるだろうと警告していたが、前の委員会は聞く耳はもっていなかった。

「あんた、あの子のとこで仕込まれたんだってな」

 ノームの老夫婦のいうあの子とは中佐のことだ。ノームも長寿であるが、この夫婦はいくつかわからない。一線からは退いてコンサルタントのようなことをたまにやってるそうだ。黒森屋の一族でもかなり重きにある人たちと思われる。

「そいじゃあ、角兵衛さんとわしらと一緒にちょっくら数字の整理を手伝っておくれ」

 はい、と答ええてから半しっぽはいやな予感にとらわれた。これは中佐の一族である。ちょっくら、の程度が絶対狂ってる。

 四日後、高齢なのに二人だけ元気な老夫婦の前で角兵衛と半しっぽと、農学者でもあるためちょいちょい質問をされていた先生(そうよばれるようになった)がぐったりしていた。

「これで始められる。ゆっくり休憩していておくれ」

 老夫婦はドワーフ議員のところににいき、ひそひそ話を始めた。

 部屋を出た半しっぽは、そこに見知った顔がいることに気付く。

「よう、とかげのにいちゃん」

 愛想笑いのほうが怖い種族、オークの憲兵曹長だった。何かあったのか頭に包帯をまいている。

 その向かいで固い表情をしているのは元共和国議員だ。端正な顔が青ざめているように見える。

「こんなとこまで出張ですか」

「例の共和国再建運動、という名の集金マフィアをおっかけてきたんだ」

 元議員が顔をしかめる。

「中には本当の愛国者だっているんじゃないか」

「愛国心はカネになりますからね。利用しやすいんですよ。あんた銀樹家の当主殿をしっておられるか」

「多少のつきあいはあった。死んだときいているが」

「殺されたよ。典型的な共和国貴族で、裏切ったわけでもなく、ただ俺に目をつけられたってだけの理由で口を封じられたんだ」

「信じられん」

「ところで旧共和国の自治制度が決まったんだが知ってるかい」

「いいや。公表されたのか」

「間接民主制さ。とかげ人たちも一票を持つ」

「最悪だ」

「そう思った連中も多かったんだろうな。おかげでこの怪我だ。といっても、大規模な暴動はおきてない。帝国と帝国に協力的な市民に凶刃が向けられたくらいだ。全部検非違使が取り押さえてしまったが」

「掌の上でおどっただけか」

「というより、本気の連中を切り捨てたというところかな。マフィアの首脳部は新しい制度を歓迎するつもりらしい。間接民主制には金権のにおいがつきものだ」

「あの議員殿もこっちの制度としては勧めていなかった、のはそのせいか」

「あんたは理解が早いな。で、だマフィアには少なくない白鱗旧領の地主がいた。だいたい不在地主なんだが、そいつらがかなりの数こっちに戻ってきたというわけだ」

「捕まえるのか」

「いいや、ただ、あっちには検非違使って強力な治安組織があるがこっちにゃないだろう」

 元議員はゆっくり曹長を見た。

「それで私が委員会に残されたのか」

「ああ、あんたは俺と同類のにおいがする」

「そうなると、とかげどもも使わないといけなくなるな」

 議員はよしっと膝をうった。

「あんた、誰かしらないがとっつかまえたら都にもどるんだろう。手紙を何本かかくから検非違使経由でとどけてくれないか」

「わかった」

 曹長はにやっと笑む。

「そのかわり俺の欲しい情報もくれよ」

 半しっぽはぽりぽり頭をかいた。そっちの予算も算段しなきゃいけないのか。

「楽しいお仕事に終わりはないな」


 市内は緊張した空気につつまれていた。新しい制度に対する不安、このままではすむまいと思って息を殺す人々。そして現行犯逮捕で連行される黒エルフの過激派。

 通りを見下ろす一室。部屋着の澄明の前に一人の黒エルフの若者がオークとドワーフの護衛にとりおさえられていた。手から落ちたナイフに少し血がついているが、刃物の扱いに不慣れなために自分で怪我をした血だった。

「これで四人目。さて言い分があれば十秒だけ聞いてあげますよ」

 若者はきっと彼を睨んだ。

「国を奪いにきたのだろう、この混ざり物の王族め」

「ほう、今までとはちょっと違いますね。どこでそんな与太話を? 」

「黒エルフで国を追放されたのは王家だけだ」

「だけってことはないんですがね。まあ、混ざり物ですから仮に王家の者だとしても王座なんて望むべくもないじゃないですか。誰に吹き込まれましたか」

「自分で、見抜いたんだ」

 澄明はため息をついた。

「連れて行っておくれ。あとはまかせていいかな」

 護衛二人はうなずいた。どうするとかよけいな事は言わない。彼らは雇い主の立場や不都合、必要なことはだいたい把握している。若者は乱暴にたたされ、引きずられていった。

 そして少しはっきりした独り言を続けた。

「仮に王の血筋であったとしてもこの国を取り戻すより、より広い帝国で上をめざすのがロマンってもんだ。共和国人は自大妄想で国を失したというのにわからんのかな」

 そして小さく、さて、聞き耳立ててるやつはいたかな、とつぶやく。

「旦那様」

 黒色種のヒト族の老人がすすとあらわれて会釈した。黒色種はヒト十大部族の中でも知力、魔力に特にすぐれた上位種とよばれる種族で、彼らを憎むヒト族の中には魔族という名前で呼ぶものもいる。この老人は薄明の虹商店の執事筆頭であった。

「赤星運輸の山びこさまがお見えです」

「通してくれ」

「それと、くせ者が一名おりましたがご下命の通り様子を見ていただけなので見逃しておきました」

「ありがとう。伝言の意味が伝わればよいのだけどね」

「旦那様の予想があたっておれば通じましょう。では山びこさまをおよびして参ります」

 その山びこは何かをひきずりながらのっしのっしとやってきた。

「帝都よりお届けものです」

「ずいぶん重そうなとどけものだね」

「あ、これは手土産です。着地したところを襲ってきたので鞭で武器をたたき落として絞めて落としました。迷惑料だと思ってあとは御願いします」

 ぼろぼろになった黒エルフの若者が口から泡をふいて横たわっている。

「ほっとくと死ぬので、蘇生して検非違使にでもわたしてください」

「君が軍人だったってことをいやでも思い出すね」

「うちは軍人一家で、兄妹喧嘩も軍隊格闘術でしたから」

「軍隊格闘で喧嘩」

 澄明もさすがにおどろいた。

「木刀で喧嘩したらご飯抜きでえんえん稽古でしたからしかたありません」

 彼女は背嚢を下ろすと魔法の封印がほどこされた豪華な文箱を出した。箱にはいっているのは先触れの星とよばれる夜明けに見える三つの明るい星座。薄明の虹商店の商標ではないがなにかのしるしであることは察せられる。

「さすがだ。親父どのは動きがはやいな」

 澄明は拝むようにして文箱をうけとる。

「さてお代だが」

「いただいております」

「そうか。ではこんど食事でも」

「わたくしもあなたもそんな暇はないと存じますわ。ではごめんあそばせ」

 貴族令嬢式の礼をするとフライトスーツ姿は優雅にあとずさり、ほどよいところで優雅にターンしてこれまた静かに、しかしすーっとすばやく姿を消した。

「ふられましたな」

 執事筆頭がいつのまにかそこにいた。

「それを片付けておいてくれ」

 床にころがる若者をさして澄明は執務に戻った。山びこの言う通り、彼には暇などなかった。敵はこの旧共和国に内在していた面倒な情勢だけではない。一族の中にもいるし、一歩引いて隙をうかがっている帝都黒森屋や賢者の友などもいる。

 帝都からの報せは、彼の足をひっぱろうとしていた愚かな従兄の処分に関するものだった。競い合うのは大いに結構だが、店の利益を損なうものは失格とされる。およがせ、握ったその証拠を提出しただけで従兄は帝都の幹部から孫会社の跡取りとして婿にだされることになった。悪評高い帝国軍共通兵糧の製造元だ。

「野心がなければ、いいポジションだと思うなぁ」

 まあ、野心だして味の改善をして売り上げをのばしてくれればハゲノームもちっとは態度をあらためてくれるかもしれない。

「いや、ないな」

 ありえない妄想を忘れて彼は仕事に没頭した。


 軍団の移動、再編が発表された。黒牙の仕事が忙しくなる。出張からもどった中佐が決定された移転先の書類をどさっと積み、楽しいお仕事が始まったからだ。

 主計局は主計部に縮小がきまっていて、引き継ぎ先の軍団の主計課が主計局になるため、移籍する人員とそのまま臨時雇用を続ける職員の仕分けが本格化した。最近は朱入れがだいぶへってきた偽造親方、そこらの正規職員より評価の高い響もこれを機にそれぞれ工兵隊、赤星運輸へともどることになる。響はともかく、偽造親方も評価は高いほうだったので惜しまれた。

「いや、この娘は帝都に遊学させるべきだと思う」

 黒牙は響については違う意見を言った、

「そもそも軍で正規採用するには年齢がたりてない。よりしっかりした教育こそ彼女に必要だと思う。本人とご家族の了解があれば父に紹介状をかくよ」

 黒牙の父は帝都大学の教授だ。諸民族史を帝国前後にまたがって研究している。

 保護者である山びこは反対しなかった。

「月光泉家のおじさまが女子教育もはじめておられるけど、旧共和国では家庭内教育にたよってばかりで手探りもいいとこ。あの娘はもっと広い世界を見て、好きに生きればいいのよ」

「でも、坊やと離ればなれに」

 本人は遠慮深い。

「学校には休みがあると聞くわ。そんときにあんたをもってかえってあげる。なんなら乗り方覚える? なんにしろ、一度帝都にいって大学の空気にふれてみるといいわ」

「では、父に紹介状をかこう」

 響の進路はきまった。

「いとこどの、私はしばらく手伝うよ、赤星のできそうな商売をいくつか思い付いた」

 影の薄い身内の元商人の場合はあっさりしたものだ。彼が思い付いたのは郵便事業。枚数に制限のある手紙を廉価でまとめて運ぶというもの。軍でも連絡飛行でまとめて運んでいるが、これを民間に提供しようというのだ。

「現地で配達人をやとったりしなければいけないので、そこは相談だ」

「あっしも朝露の姐さんにお墨つきもらったから工兵隊で書類の偽造に邁進しますよ」

 偽造親方はへっへっへと笑う。出張帰りでいつにもましてぐったりしている朝露に偽造書類のできを聞きに行ったのだから、そんなに自慢できることでもないし、大声でいう内容でもない。

「あっちで求められているのは偽造の看破と、不正、手抜きの発見、あたしが偽造をやってたからの仕事ですよ。本当は」

 業者を使うことも多く、そのへんはかなり重要な問題らしい。

「半しっぽはどうするんだろう」

 この中で、彼のことを一番最初に気にしたのは上司の黒牙ではなく、なぜか鞭もっておいかけてた山びこだった。

「白鱗自治領に残るかもな」

 さびしそうに黒牙が言った。


「これが選挙用紙です」

 紅木蓮が御歴々の前においたのは、機械装置と魔法石の組みあわさった装置だった。大きい。蒸し焼き用の小型の竃ほどはある。

「高価そうですね」

「高価です。何しろ最新の装置ですから。帝都黒森屋と賢者の友の共同開発です」

「うちは仲間はずれなのね」

 澄明がいつもの軽口をたたく。紅木蓮はうやうやしくわざとらしい会釈をしてみせた。

「ソフトパワーは御社に一歩ゆずるものです。うまく運用されますよう」

「どう使うのかね」

 質問するのはいくつになるのか、到底若いと見る事のできない黒エルフの老人。最高齢の長老にして名誉をもって共和国議会の議長をつとめてきた人物だ。陥落後、これまで静かにことの推移を見ていたが、いよいよ重い腰をあげてきたというわけだ。その首には魔法使いとして最上級のものをしめすメダルがさがっている。

「まず、権利をもつすべての市民の魔力紋を記録する必要があります。これはもうすぐ始まる市民登録で同時に登録してもらう必要があります」

「愉快なことではないな。わしも例外ではないのだよね」

「恐れながら。これからはとかげ人も黒エルフもドワーフだろうとヒトだろうと住人すべてを登録管理する必要があります」

「反発もあろうな」

「おかしな勘ぐりをするものもでるでしょうね。師伯が反対であればやむをえません」

「まずは最後まで聞かせてくれ」

「かしこまりました」

 紅木蓮はうやうやしく礼をして話を再開した。

「選挙当日、決まった時刻に魔力紋をたよりに市民全員にといかけが行われます。魔法のささやきの呪文の応用です。選択式のといかけに答える答えないは自由。誰がどう答えたかは記録されず、答えだけが集計されて自動筆記で結果が出されます」

「代議員制度と聞いているが、それでは自分の地区の候補から選べないのではないか」

「居住地情報でといかけの内容をふりわけることもできますし、その区分ごとの集計もできます。旧型は選挙区ごとに一台必要でしたが、これは一台で最大五十万人まで管理できるのです」

「そういうのは黒森屋のいかれた技術者の得意なあたりだね」

 思わず苦笑した澄明が尋ねる。紅木蓮はうなずいた。

「そもそも集計は彼らの得意とするところです」

「よかろう」

 元議長が鷹揚に言った。

「投票そのものに不正の余地がないところが気に入った。魔力紋の登録、わしが垂範しようではないか」

「ありがたき幸せ」

 投票そのものに不正がなくても、それ以外にならやりようはある。この最長老自身はなにかするつもりはないが、政治ゲームのありようが基本的に変わらないところは気に入っていた。

 きれいごとだけで政治はまわらない。彼はよく知っていた。

「水楢、こちらへ」

 議長は後ろに控えていた一人の男を呼び寄せた。全身に火傷のあとがあり、治療と機能の再生のためあちこちに小さな魔法石が埋め込まれている。

「水楢ともうします。長老様の秘書をつとめております」

「その怪我は戦争で? 」

 澄明のさぐるような視線と言葉にも男は平静だった。

「はい、死ぬところを長老に助けていただきました」

「見所のある若者だったのだがな、政治の世界のことだ。ゆえに元の身分、名前を棄てさせわしの弟子にして秘書としておる」

「恩讐を棄てよ、とも言われました。それが助命の条件です」

「なるほど」

 紅木蓮は魔石の種類と埋め込み箇所をみてだいたいの推測をつけた。あれは興奮を抑制する効果があるはずだ、と。

「わしはしんどいので、こやつを代理にたてる。雑用も頼むので、町中でこそこそしてても勘ぐらんでくれよ」

 そんなもの、勘ぐるにきまってるじゃないか。澄明も紅木蓮も、発言はなかったがほか二名の共和国長老も、そして白鱗時治療の立ち上げ委員でもある派手なドワーフ議員も全員が同じ思いだった。

 この老人は積極的に事態に関与しないが、誘導する事は巧みであった。それでも敗戦にいたった情勢を覆すことはできなかったのだが。

「共和国本土はこれでいいとして、白鱗自治領なのだが」

 ドワーフ議員がここで発言した。

「治安維持組織がまだ貧弱で、同じ制度をいれるのはためらわれる。地主たちには不満も出るだろうが、王制をしいてから立憲君主制に移行し、この装置を導入するのがいいと思う」

「とかげ人の王をたてるのか。だが、あの王家は根絶やしにされたはずだ」

「王家かどうかわからないが、貴人の系統と思われる適任者を見つけた」

「そのことですが」

 澄明が苦々しい顔で報告した。

「断られました」

「むう、やっぱり内紛とかとかげ人の過激化の可能性とかが理由かね」

「いやまあ、それはどうやっても避けることはできないのだけど、同胞の過剰な期待が怖いとか」

「ああ、臆病だったね、彼」

「それで考えたのですが、彼を据えて今までかせいだ名声を台無しにするより、伝説にしてしまったほうがまとめやすいのではないかと」

 ドワーフ議員は腕組みした。

「では、泥は違う人たちにかぶってもらおう」

「地主たちですか? 」

 長老の一人がはじめて口を開いた。

「その中で、時代の変化のついていけない人たちです。いずれ淘汰されるのは必至の人ですな」

 長老はううむとうなってしまった。おそらく身内がいるのだろう。そしてあまり期待がもてないに相違ない。

「暫定政権は寡頭制、最初の選挙までの代議員ということで地主層を任命、こうします。問題多発で混乱してるうちに組織形成と選挙の準備を委員会で実施、選挙後、委員会は解散」

 ここまでのやりとりを静かに聞いている全身火傷の男、水楢。澄明は視界の端でこの人物をじっと観察していた。

 彼が愛国マフィアのトップであると彼は確信していた。議長が後ろ盾でなければ理解できないことが多い。だが、議長はそれ以上は何もしない。それなら一番疑わしいのはこの人物だ。

 ここにきて表舞台に出てきたことということは今後は違う関係を結ぶためだろう。

 ゲームは始まったばかりだ。澄明は楽しいお仕事が始まると思った。


 航空隊の司令部では司令の葉の舞と翼竜隊の夕凪、そして新設小隊の隊長として交代する軍団に転属する山嵐が少し緊張した面持ちでお茶をのんでいた。

「遅くなりました。うわ、なにこの雰囲気」

 ばたんと騒々しくドアをあけてはいってきたのはグリフォン隊を任されている谷エルフの木漏れ日中尉。

「引っ越しの話は聞いてるよね」

 高齢の葉の舞はお茶のさめたカップを木漏れ日におしやる。

「聞いてます。先ほどまで部下につかまって離してもらえませんでした」

「じゃあ、こっちがどうなってるかは想像に難くないわね」

 葉の舞が夕凪たちを見やると木漏れ日ははい、とはっきり返事した。

「彼女たちからすれば生まれ故郷から見た事もない遠い土地へ、だからね」

 山嵐のところに編入してくれとつめよる隊員が何人もいるという。

「家族やしなってる隊員もいるし、単身赴任は不安があるでしょうね」

 木漏れ日は理解をしめす。

「でも、休暇もあるのだし、帰省もできるでしょう」

「そのまま脱走する娘もでそうでねぇ」

 夕凪が頭をかかえる。

「いろいろいったのだけど、なかなかこういうのは」

「持つべきものは友だなぁ」

 不意に木漏れ日がそんなことをいうのでほかの三人は説明をもとめる。

「わが朋友、航空隊同期にして敏腕主計将校の朝露先生が家族ですめる官舎を手配してくれています。戦地に赴任するならそんなもの用意はできませんが、今回は軍団の再編です。簡素でもうしわけないのだけど」

「無茶な御願いしたんじゃないでしょうね」

「御願いしたのは黒森屋中佐にたいしてですよ? ホームシックな隊員のために何かできないかってね。もちろん賃料は格安ながら発生します。施工は鉄骨大佐とは犬猿の仲の地元の花崗岩工務店。腕の違いをみせてやるとはりきって仕事してくれたそうです」

「それ、本人は絶対断れないルートよね」

「嫌になってはやく航空隊に帰ってくれると嬉しいかな、と」

 よく言うわ、と葉の舞はあきれる。

「それと、用意したのは航空隊だけ? 」

「全兵種対象ですね。必要な数は調査済みで、翼竜隊の家族持ちは数にはいっています。費用はなんと将軍が出してくれました。開村式は彼の功績としての派手なイベントになりますけどね」

 どうかしら、と聞かれて夕凪は考えた。

「山嵐、編入してほしいといってきたやつに貴族は何人いた? 」

「二人くらいですね。あとは庶民の家族持ち、それと例の不正の容疑者」

「貴族二人は家の命令だな。実家に説得にいくとしよう。例の容疑者はあの憲兵曹長同席の上でおとなしく移転したほうが身のためという事をいってきかせよう」

「大丈夫そうね」

 木漏れ日はぬるいお茶を飲んだ。

「いや、万全とはいくまい。とどこおりなく、なんてのはこの世に存在しない事実だ」

「そうね。主計見てていつもそう思うわ」

 何かツボにはいったらしい、司令の葉の舞がくっくっくと笑いをもらす。

「あのハゲも大変だよな」


「本当にいいのですね」

 中佐は身支度を終えた半しっぽに念をおした。

「次の赴任地は赤ドワーフの国です。鉄骨大佐がげっそりするようなところですよ」

「どこだって、共和国の奴隷社会しか知らなかった僕にとっては同じです」

 半しっぽの返事ははっきりしていた。以前のおどおどした感じはすっかりなりを顰めている。

「いまなら、自治領でいい地位にもつけますよ」

「いつかあそこに帰る日が来るでしょう、でも、今の僕じゃ中途半端すぎます」

 中佐はじろりと彼を睨んだ。半しっぽの業績は彼も把握していた。正直たいしたものだと思っているが中佐は絶対言葉にする気はない。

「人数がへりますが、再編成は主計にとってはむしろ大変な仕事です。後悔しますよ」

「ああ、後悔ならとっくに」

「ではなぜ? 」

 聞かれても半しっぽは瞬膜をぱちぱちさせるだけだった。それがとかげ人の微笑みだと中佐は悟った。

「わかりました。好きになさい。でも仕事で容赦はしませんからね」

 そして中佐は彼に昇進をつげた。

「明日からあなたは軍曹です。さっさと士官になってもらわないと困ります」

 半しっぽはまた瞬膜をぱちぱちさせた。

「さあ、楽しいお仕事の始まりです」



      終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

従軍商人黒森屋大尉と部下たち @HighTaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る