万国旗の条件

@MAHAMAN01

第1話

 ふとベランダに目を遣ると、万国旗の如く中空を彩っていたはずの洗濯物が、消え失せている。家人が取り入れたのだろう、と特段気にせずにも居たが、時間はまだ辰の刻(9時)を過ぎたばかりである。やはり乾く間もないな、と訝し気に窓から顔を出し、階下を見下ろすと、隣家の敷地に鮮やかな旗たちが幾重にも重なり落ちている。昨夜からの強風を思い出し、風に飛ばされたのだろうと考え、隣家に挨拶をしながら、鮮やかな旗たちを引き取りに向かう。


 隣家との境界を根城としているブチ猫が、「にゃあ」といって走り去っていく。どうやら微睡みの邪魔をしたらしい。


 色とりどりの旗の前で歩みを止め、地面を眺めながら、奇妙な違和感を憶えることとなった。万国旗としての洗濯物は、幾重にも重なって、地面に散乱しているのだが、何かが足りないのだ。この状況を構成するために必要な何かが。

 

 突然、頭上でカラスが、「かあっ」と大きな鳴き声を上げ、バッサバッサと飛び立っていく。ハッと我に返る。


 そうだ、確かにアレが無いのだ。かの洗濯物を吊るし留め、颯爽と風を受けてはためかせ、悠然たる万国旗たらしめたるあの物品。そう、ハンガーがないのである。

咄嗟に、幾つかの仮説が脳裏を過る。巨大ザルが侵入しての悪戯狼藉、不能犯の仕業か、妖怪「ハンガーはがし」の出現か。どうでも良い妄想ばかりが浮かんでは消えていく。楊文里の言葉が脳裏を過る。「正しい判断は、正しい情報と、正しい分析の上に成立する」


 その場に立ち尽くしていると、隣家の中よりワンコくんが「キャンキャン」と吠え立て室内を走り回る音が聞こえてくる。「傍から見ればこれほど怪しい人間はないな」と自嘲する。


 急いで洗濯物を抱え集め、そそくさと隣家を辞去するのだが、はて、この奇妙な出来事を家内にどのように伝えるべきだろうかと、蟠りをともに携えながら、拙宅の玄関をくぐるのだった。

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