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しばらくは一本道だった。
やがて開けた場所に着いたかと思うと、それまでとは違う空気がわたしを呑み込んだ。
そこは〈神の居室〉というより〈墓場〉に近かった。少なくともわたしには、そう感じられた。
薄闇の中に、蒼白い光が灯っていた。それが横に並び、更には同じ数を保ったまま、ずっと奥まで続いている。百は下らない。何百、或いは千の単位で並んでいたのかもしれない。一つ一つは丁度、棺桶ぐらいの大きさだった。
「へえぇ」ブッツァーティが声を漏らした。「こいつはスゲえ。全部中に人間が入ってんのか」
ヒースは答えずに進んでいった。足音が、これまでとは異なって金属の板を踏み鳴らすものに変わっていた。わたしたちは蒼い光の間を貫く通路を歩いていた。
光は、近くで見ると余計に棺のような印象を強くした。中に人が入っている(そして恐らくは棺に収まるのと同じ格好をとっている)と、知っていたせいなのかもしれない。棺桶でいうところの蓋に当たる表面は硝子張りだけれど、霜が張っているため寝姿までは確認出来なかった。ただぼんやりと、人らしき形をした黒い影が見えるだけだった。
前方で足音が止んだ。わたしたちも、立ち止まった。
ヒースは虚空を見上げているようだった。そこにある、或いは〈いる〉、何かと無言のうちに言葉を交わしているようにも見えた。やがて彼は振り向いた。蒼い光に照らされているせいか、その表情はどこか死体めいていた。向こうからすれば、こちらとて同じだったのかもしれないけれど。
青い騎兵隊服が一歩下がり、闇の中に没した。代わりに、額縁の幻が現われた。地上で見た時とは違い、十一枚ではなく一枚だけ。嵌まっていたのは、両手で掴んだ白い何かに齧り付く、一見すると老人のようにも見える眼を剥いた怪物だった。
「ようこそ、アン=モーゼス」〈怪物〉は言った。男の声。ヒースの元となった、ベケットという男なのかもしれなかった。「心からの歓迎を。そして感謝を」
「感謝される覚えはないわ」本当に、思い当たることがなかった。
「君はオリガの意志をここへ持ってきてくれた。それは大変な感謝に値することだ」
「その〈意志〉を、あなたたちに渡すと決めたわけではないわ」
「ほう?」
わたしは一呼吸置いてから、言った。
「今すぐ地上の人々を――あなたたちが〈オルタナ〉と呼んでいる存在を襲うのを止めて」
返事はなかった。
「あなたたちにとって、わたしたちはただ地上を均すための道具に過ぎないのかもしれない。けれど、わたしたちにはわたしたちの家族がいて、帰る場所があるの。それを愛おしく思う〈心〉だって――。古くなった農具を買い換えるのとはわけが違うのよ」
「たしかに」〈怪物〉は頷くように言った。「農具は、持ち主に意見などしない」
そうではなくて、という言葉を呑み込んだ。わたしは懐に収めていた〈魔女〉のペンダントを取り出し、額縁に向けて掲げた。
「あなたも既に御存知の通り、ここにオリガ=ブルガーコフの〈意志〉があるわ。あなたにはこれが必要な筈。というより、わたしがこれを持っているのは、あなたたちにとっては由々しきこと、と言った方が正しいかしら」
返事はなかった。絵の中の〈怪物〉に、値踏みする眼を向けられているようだった。
「アン=モーゼス」やがて、〈怪物〉が静かに言った。「それを我々に渡したまえ」
本物と認められたようだった。
「騎兵隊を止めるなら、条件を呑むわ」
「交渉というのは、対等の立場にある者同士がするものだよ」
「今のわたしたちのように」
「アニー」諭すような声。「聞き分けのないことを言うものではない」
「交渉は決裂かしら」
「あまり図に乗るものじゃないよ」
「力ずくで奪ってもいいのよ?」
「悪い子だ」
両脇でライフルを構えていたテラーズたちが突然、瘧に襲われたように身体を揺らした。次の瞬間、彼女たちはわたしに銃を向けてきた。
「君の脳は解析のし甲斐があると思ったんだが」
「あなたに触られるぐらいなら、吹き飛ばされた方がマシよ」
「さようなら、アニー」
引き金が引かれた。
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