7-4
「巨大な船内に十二人だけ残された私たちは、彼らの目覚める日が必ずやって来るよう、何度も議論を重ねた。
或いは、船ごと着陸して、ここを拠点に周辺に食糧施設を作って暮らしていくのはどうかという意見も出た。方法や資材を鑑みると、一見現実的な方法のようにも思われたけど、火星の表面で何か不測の事態が起きた時には逃げられない恐れがあった。計算では、一度重力に捕まれば、船は二度と空へは戻れそうになかった。それにテラ・フォームの影響からか火星では、地球で考えられないほど大規模な砂嵐が、定期的に起こるようになっていたの。
テラ・フォームの短縮。取るべき道は、それしかなかった。
では、どうすればそれは実現可能なのか。議論は、次の段階へと進んだ。
尤も、今にして思えば長々と話し合いをする必要があったかは疑問ね。様々な案が出たところで、環境的要因からそれを採用できないのであれば、そんなのはハナから出てくる必要がないのだもの。
私たちがしていたのは、選択肢など残されていないことを確認する作業だった。会議は、一人では受け止めきれない現実を十二等分する場だった。
そうして、いよいよ火星が近付いてきた頃、私たちは一つの結論に達した。
テラ・フォーム中の地表を開拓し、人間が住める環境を整備する――。
火星に住む上での最大の懸念点は空気だった。地表に降りたっても、酸素を背負って出掛けるか船から出られないのであれば、リスクばかりが大きくなるだけ。けれども試算では、環境さえ整えれば、六百年――つまり、生命維持装置の寿命とタッチの差で、人間が生活出来るようになるとのことだった。
希望的観測に則った計画であることはわかっていた。私だけでなく、わたしたち全員がそれに気付き、けれどもその疑念を胸の奥に押し込んでいた。
代替案はなかった。代替案がないという事実を直視するにも、私たちは疲れすぎていた。
航宙船は火星の周回軌道上――空の上に固定された。今、あなたたちが〈天の揺りかご〉と呼んでいる光がそれね。光の中ではその名の通り、千人以上もの人間が今でも眠っている。おとぎ話ではなく、現実に。
あなたたちの話をしましょう。
もう薄々勘付いているかもしれないけれど、あなたたちは、いわゆる〈人間〉の定義とは外れた存在。あなただけでなく、この星に生きる、全ての人々が、ね。
あなたたちが人型の機械に対して使う〈オルタナ〉という言葉。あれはそもそも、あなたたちも含めた呼び名だったの。人間の代替生物。それが、あなたたちの正体よ。
人間が降りられないのなら、降りられる生命を作る。つまりは、当時の火星の環境に適応でき、且つ地上を開拓する働き手を創造する。しかも、彼らには知性を与え、自己繁殖させ次々に新たな働き手を作り出させる。
熱心な宗教家が聞いたら泡を吹いて卒倒しそうな考え方だったけど、私たちはもう、畏れを抱くほど神の存在を信じられなくなっていた。むしろ、自分たちは最後の審判から取り残されたとさえ考えていた。だから生命の、しかも人間と同じ知性を持った存在を作ることに、罪悪感などなかった。
幸いにして、人体を作る材料はあった。そういう研究もしていたから。足りないものは、他の物質で補ったわ。
きっと気を悪くしたことでしょうね、アニー。
私にはどうしても、面と向かって、この事実をあなたに伝える勇気がなかった。あなたの、大きな穴に突き落とされるような顔を見るのが怖かった。
恨みを抱くのなら、まずは私を憎んでほしい。そうして罰を引き受けることだってきっと、私自身の贖罪意識を満たすことにしかならないのでしょうけど。
でもね、アニー。安い自己満足を乗り越えてでも、あなたに事実を伝えたいという気持ちは本物よ。私のことを信じてくれなくてもいい。ただ、最後まで耳を傾けてくれさえすれば。後は私に対して残る気持ちが憎悪でも構わないわ。
むしろ、そうであることを願っている。
妙な言い方かもしれないけれど、私はあなたに、あなたたちに、そうした感情を抱いてほしいと思っているの。それはあなたたちが、本当の〈人間〉になったことを意味するのだから。
あなたたちの祖先を作る時、私たちは或る仕掛けを施した。
〈怒り〉の感情を抜き取ったの。
私たち人間が滅びかけているのは、結局は〈怒り〉が原因だった。改めて振り返るまでもなく、人は〈怒り〉によって、数多くの戦争を繰り返してきた。戦争によって科学が発展してきたのは事実。けれど、百億いた人口が1868にまで減ったことは、見過ごすわけにはいかなかった。
もしオルタナが争いでも始め、火星を開拓する前に滅んでしまったら――。
私たちはその可能性を怖れた。自分らの同胞がまさに同じ事をして滅び去り、しかも地球を二度と住めない場所にしてしまっただけに、この可能性だけは何としても潰さなければならなかった。
生物として生存に必要な感情は損なわないまま、他者に対する怒り、憎しみ、暴力衝動は取り除く。何度もシミュレーションを重ね、私たちはようやく、理想の人格を生み出すことに成功したわ。それを同時進行で作っていた肉体に流し込み、十二人の人造人間を作った。彼らには、私たち科学者の遺伝子が組み込まれていたの。
もちろん、いきなり彼らだけを火星に下ろすわけにはいかない。だから、何人かの人間が付き添いとして同行することになった。その後も五年ずつ交替で、地上に降りることと決まった。
危険が伴う先触れの役に、率先して手を挙げる者はなかった。さっさとオルタナの働きに任せて、冷凍睡眠に就きたい。そう考えるのは、誰でも同じだった。結局、最後は公平にくじ引きで決まった。
不運な二人のうち一人が私で、もう一人がヒース=ベケットという男だった。地球が死の色で染め上げられた日、いち早く月の危機を予見したのも彼だった」
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