4-2

 ヒースの立てた作戦は明快だった。カルヴィーノ一家の三人の男を襲い、二人を捕縛して街に留める。その二人に成り代わって彼らのソートに乗り、残る一人には馬車の手綱を取らせ、道案内をさせる。

 山へ入っても遠巻きに見たら行きの姿と変わらないから、敵を警戒させる恐れがない――。そう彼は言った。

 作戦の初段階は滞りなく進み、ヒースは男たちのうち二人を縛り上げ、街の保安官へと引き渡した。残る一人には〈名なし〉が銃を突き付けたまま(銃の持ち主がオルタナだとはもちろん伝えなかった)、馬車まで案内させた。

 ところで、わたしはどこに乗るのかといえば、荷台しか残っていなかった。半ば強引についてきた手前、文句を言うわけにもいかないのだけれど、男たちが買いに来た食糧や弾薬の間に挟まれながら馬車に揺られるのは、やはり愉快なことではなかった。

 その乗り心地といったら、表現しきれないぐらいひどいものだった。〈フロンティア〉に来て何度も辛い目には遭ってきたけれど、その中でも五本の指に入る経験だったと今でも思う。

 頭の芯までシェイクされ、お腹の底で吐き気がムクムクと膨らんできた。これ以上はもう無理だと幌から顔を出そうとしたところで、馬車の動きが止まった。街を出てから、恐らく一時間は経っていた。

「アニー、生きてるかい?」御者台の方からヒースが覗き込んできた。目的地に着いたらしかった。

「どうにかね」わたしは答えた。「もう少し掛かっていたら、どうなっていたかわからないけど」

 前方から外を覗うと、岩をくり抜いて出来たような開けた平地に馬車は止まっていた。平地の中心には石を積み上げて作った小屋が建っている。屋根には煙突が設えてあり、白い煙が上がっていた。

「目的地に着いたの?」

「そのようだ」言いながらヒースは、御者台の男に下りるよう命じた。そして男に銃を突き付けたまま、小屋へ向かって歩かせた。

 わたしも荷台から降り立ち、一瞬よろめきながらも続いた。後から〈名なし〉がついてくるかと思ったけれど、彼は辺りを見回すばかりで、なかなかやって来なかった。

「どうしたの?」

 わたしの問いにも答えず、ややあってから、ようやく彼は歩き出した。

 踵を返し再び踏み出したわたしの足取りはしかし、覚束なかった。初めは酔いのせいもあったけれど、次第に自分が緊張しているのがわかってきた。あの小屋の中にブッツァーティがいる。そう思うと、足元の地面が硬さを失ったように感じられた。

 今度こそは。

 今度こそは、絶対に仕留めなくては――。

 ヒースが扉の前でわたし達(というより〈名なし〉)を待っていた。

 彼は突入のタイミングを整えるため、目で合図を送ってきた。わたしは無言で頷いた。〈名なし〉がどう返事したかは、気配すらも伝わってこなかった。

 この先の段取りはシンプルなものだった。まず、カルヴィーノ一家の男を盾にしたヒースが小屋に踏み込む。相手を怯ませている隙に〈名なし〉が侵入し、中にいる全員を無力化する。わたしには、最後に入ってブッツァーティにライフルを突き付けるという大役が回ってきた。くれぐれも撃たないように、との注意付きで。

 ここまでは、まるで全員が台本通りに動いているかのようにヒースの筋書き通りに事が運んでいた。この先も同じように進んでいくのだろうと、わたしはいつの間にか思い込んでいた。だから、ブッツァーティに向けて引き金を引く機会は必ず来る、この手で父の敵を取れると信じ、ヒースの配役も黙って受け入れることが出来たのだ。別に自分の役割が必要ないとは、微塵も感じていなかった。

 ヒースが銃口で小突くと、男はドアをノックした。遠慮がちに三回。

 反応はなかった。もう一度、ヒースは男に扉を叩かせた。今度はもう少し大きな音が鳴ったけれど、結果は同じだった。

 わたしはライフルを構えたまま一歩下がり、屋根を見上げた。煙突からはやはり煙が上がっていた。中は無人というわけではなさそうだった。その間にも、男が中にいる筈の仲間に呼び掛けるのが聞こえたけれど、他に物音はしなかった。

 ヒースがこちらを見て、頷いた。突入の合図だった。

 彼は底の厚い軍靴で扉を蹴った。四度目で箍が外れ、扉は内側へ開いた。ヒースと人質の男が小屋へ消える。続いて〈名なし〉も踏み込んでいく。

 最低一発以上の銃声は聞こえる筈だった。

 けれど、それらしい音は何も聞こえてこなかった。男たちが無言のうちに和解したとも思えず、わたしは怖々戸口を覗き込んだ。薄暗い室内は蒸し暑く、黴と汗の混じった臭いが充満していた。

 尤も、それ以上にわたしを不快にさせるものは何もなかった。

「どういうこと、これは?」思わず声を漏らしてしまった。

 わたしは躊躇なく小屋に踏み込んだ。そのままの足で人質に詰め寄った。

「あなたの仲間は? ブッツァーティはどこにいるの?」

「しし知らねえよ」男の尖らせた唇の間から、黄ばんだ歯が見えた。「こっちが聞きてえくらいだ」

「山の中で他に根城にしている場所は?」ヒースが訊ねる。

「ここだけだ。神に誓う。間違いねえ」

 そんなやり取りの間にも、〈名なし〉は室内を歩き回っていた。一通り巡り終えたとみえて、彼はこちらへ戻ってきた。

「生活の痕跡がある」ヒースが言った。「直前まで何者かがいたのは間違いない」

 背中に水を流し込まれたような心持ちがした。

「――やられたね」

 ヒースが言い終えるか終えないかというその刹那、わたしの視界は何かに覆われた。

 かと思えば床に押し倒され、動きを封じられた。

 何事かと訊ねる声を圧するかの如く、無数の破裂音が鼓膜に突き刺さってきた。

 硝子が割れ、木が飛び散り、石の砕ける音が、まるで土砂降りのように小屋に満ちた。

 あまりに理解の及ばぬ唐突な事態に、恐怖を感じる余裕すらなかった。ようやく自分の命が危険に晒されたのだと実感が湧いてきたのは、長きに渡って鳴り続けた音が止み、更にしばらく経ってからだった。

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