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 途中に点在する街や村に立ち寄りながらも、三日間の殆どを馬に揺られて過ごした。その間、何度も心が挫けそうになったけれど、復讐を果たしたいという思いによってどうにか支えられた。

 やがてペリグリンの麓の街に辿り着いた時、わたしはこの山中にブッツァーティがいることをヒースに伝えた。

「なるほど。ここなら容易に追手も来られまい」

 聳える山は〈フロンティア〉にある他の土地に輪を掛けて、真っ赤な岩しか見当たらないような所だった。山の裏側には川が流れているというけれど、水音は愚か、その気配すら感じることは出来なかった。

「よく教えてくれたね。心から礼を言うよ」ヒースは言った。

「少しも責められないと、却って嫌味に聞こえるわ」わたしは返した。

「参ったな」

 苦笑するヒースはしかし、少しも参った様子はなく、宿を手配しに行った。わたしは戻ってきた彼に訊ねた。

「すぐに準備をして、山に乗り込むのではないの?」

「この三日、野営続きだったからね。まずはベッドで眠るべきだ」

「けど、今なら半日の差で追い付けるわ」

」とヒースは重ねるように言った。「向こうは途中で何度も馬を変えている。一方、こちらは草臥れた老ソートのまま。差は殆ど一日分開いてる」

 口を噤むしかなかった。

「とにかく一旦落ち着こう。君だって相当疲れが溜まっている筈だよ。『急いては事をし損じる』。昔の賢人の言葉だ」

 彼はわたしの肩に手を置き、宿へと歩いて行った。

 部屋に入ってから翌朝までの記憶はない。ベッドに倒れ込むなり、そのまま眠ってしまったのだ。ヒースの言葉は正しかった。

 夢さえ見ないほど深い眠りだった。お陰で身体に溜まった疲れは消え去った。

 翌日は準備と情報収集に費やされた。わたしは取り敢えず、無事と迎えが不要な旨を伝える電信を家へ送った。

 ヒースは、助っ人を雇い入れるために使う筈だった経費を武器の調達に回し、銃と弾薬を買い揃えた。わたしにもライフルが渡された。護身用に、とのことだった。

「遠くから奴を撃ち殺してしまうかもしれないわよ?」

「まったく頼もしい。ご活躍を期待しているよ」

 わたしは密かに、射撃の訓練を行うことを決めた。

 騎兵隊員という格好が功を奏したのか、ヒースはわたしなんかより余程効率的に、ブッツァーティに関する情報を集めてきた。恐らく、あの小さな街から搾れる限りの量はあったに違いない。

 曰く、ブッツァーティはこの辺り一帯を取り仕切るカルヴィーノ一家と合流し、山中に潜んでいるとのことだった。時折一味の者が、食糧を調達しに街へ下りてくるそうだ。

「大体週に一度。三人で馬車を引いて来るらしい」

 夕食の席で、ヒースは集めてきた証言を話した。

「最後に来たのは一昨日だそうだ」

「だとすると、次に来るのは四日後……」

「彼らが律儀にカレンダー通りに動く連中ならね」

「その買い出しの男たちを待つの?」

「ああ。道案内もなしに乗り込んでいくより安全だよ。オルタナ君も、それで良いかな?」

 〈名なし〉は僅かに頷いた。

 街で大量の買い物をしている三人組が現われた時が作戦の開始と定められた。夕食の後、わたしはヒースに射撃の訓練を付けてくれるよう頼んだ。彼は肩を竦め、〈名なし〉に頼んでみては、とわたしの依頼を躱した。わたしに獲物を横取りされるのを怖れた、というわけではなさそうだった。

 〈名なし〉に頼みに行くと、意外なほどあっさりと引き受けてくれた。理由は上手く話せないけれど、わたしは胸の隅で、断られるような気がしていた。兎にも角にも、そうして翌日から、ガンショップの裏手に設えられた射撃場でのレッスンが始まったのだった。

 尤も、〈レッスン〉といえるほど、何か助言があったわけでもなかったのだけど。


 二十メートル離れた場所に打ち込まれた杭に空き缶を乗せ、それを撃ち抜く。〈名なし〉がわたしにやらせたのは、ただそれだけのことだった。

 何発も撃てば一発ぐらい命中するだろうと思いきや、どれだけ狙いを定めても撃った時の反動が強すぎて銃口が跳ね上がってしまった。杭を掠りこそすれ缶をずらすことすら出来なかった。ライフルに装填可能な弾を使い切ってしまうと、わたしは〈名なし〉に批難の眼を向けた。

「ちゃんと教えてくれなくちゃわからないわ」

 すると〈名なし〉はわたしの手からライフルを抜き取り、弾を込め、狙いを定めた。

 一発目が命中して缶が跳ね上がったかと思うと、二発目、三発目も当たった。その後も甲高い金属音が鳴り続け、缶が落ちるのを許さなかった。最後に地面へ落下した時、僅かに歪んだ円筒状だったものは、穴だらけの金属片と化していた。

「嫌味――というわけではないのよね?」

 〈名なし〉はライフルを少しずつ動かすようなジェスチャーをした。狙いをよく定めろ、と言っているようだった。

「わたしも電子頭脳を入れたら出来るようになるかもしれないわ」

 そんなことを言いつつも、わたしは訓練を続けた。

 続ける内に、さすがにオルタナのように正確無比とはいかないまでも、杭の上の空き缶を弾き飛ばし、そこから三発ほど当てるぐらいの腕は身に付いた。

 あとは、空き缶がブッツァーティの頭に変わっても、同じように引き金を引けるかだった。その点に関しては、〈名なし〉の訓練ではどうにもすることが出来なかった。というより、わたしが自分でどうにかするしかないのだった。

 上手く決心が付けられぬまま、時間は刻々と過ぎていった。天体の運行は休むことなく進み、四日目の朝が来た。

 悪党といえど、カルヴィーノ一家はカレンダーを遵守する性格のようだった。

 馬車に乗った三人組の男が、街に現われた。

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