3-6

 毛布の中で薄目を開いた時、まだ夜は明けていなかった。

 焚き火は消えていたけれど、全くの闇というわけでもなかった。満天の星々が辺りを冷たく照らしていたからだ。

 身体が震えた。気温が下がっているようだった。

 身を起こすと、消えた焚き火の向こうに横たわる影が見えた。ヒースだ。彼が寝ている位置から視線をずらすと、寝ずの番をしている〈名なし〉に行き当たった。わたしが眠った後で戻ってきたらしい。

 彼は空を見上げていた。

「起きてるの?」念のため、訊ねてみた。

 返事はなかった。わたしは眉間に皺を寄せた。

「起きてるなら火を焚いていてくれればいいのに」

 〈名なし〉は空を見上げたままだった。

 わたしもつられて上を向いた。

 空を横切る光があった。〈天の揺りかご〉だ。

「あなたも寝たら?」わたしは言った。「全く疲れないというわけではないんでしょう?」

 彼がこちらを向くのがわかった。

「いざという時に役立たずじゃあ困るの。それにお腹は人並みに空かせてるじゃない」

 機械の身体といえど、オルタナたちは人間と同じ有機物を摂取し、体内で分解して動力源としている。だから食事が少なければ、彼らの活動にも制限が出てくる。この日の夕飯は、ヒースの缶詰を三人で分け合っただけだった。

「……」彼は座ったままだった。

「痩せ我慢しちゃって」わたしはブランケットを首元まで引き上げた。

 わたしの胸に、昼間から浮き沈みを繰り返していた疑問があった。丁度また、それが水面に顔を見せたので、拾い上げることにした。

「誘っておいてなんだけど、どうして一緒に来たの? 腕を直すならナサニエル・ヨークの方が良かったのに」

 特に理由はない、と言われているような沈黙だった。

「嘘」わたしは言い切った。「オルタナが理由もなしに行動を決めるものですか」

 彼は更に黙り込んだ。

 ややあってから、更に問いをぶつけた。

「あなた、本当にオルタナなの?」我ながら馬鹿げた質問だった。こんな問を口にする日が来るなんて、夢にも思わなかった。

 オルタナというのは飽くまで「人間の形をした機械生命」である筈だった。〈名なし〉のように人間と見分けのつかないオルタナなど見たことがないし、実際一緒にいてもその存在を信じることが出来ずにいた。わざわざ人間そっくりに造る理由もわからない。そもそも、技術的に可能なのかも知らなかった。少なくとも荒野では、ソートの人工筋を精製するのが関の山だ。

 ブッツァーティもヒースも、〈名なし〉がオルタナであることをすぐに受け入れたようだったけれど、わたしはその前段階で引っ掛かったままだった。或いは、彼らのように戦いの中に身を置いていると、大抵のことを受容できるようになるのかもしれなかった。そうした点でいえば、当時のわたしはまだまだ世間を知らなかった。

 〈名なし〉はもちろん、何も言わなかった。なんとなく、見当違いな質問を嗤われた気がして顔が熱くなった。

「分解して確かめようかしら」

 抵抗も、慌てる素振りも、彼は見せなかった。

 ふと、視線を感じた。

 ヒースではない。彼が寝ているのとは別の方向からだった。振り返ってみたけれど、蒼白く照らされた荒れ地が広がるだけで、人影のようなものは見当たらなかった。

 同じ感覚を昼間、ソートに乗っている時にも味わっていた。

「この辺りに、わたし達の他に誰かいる?」わたしは〈名なし〉に訊ねた。

 首を横に振る気配があった。

 その答えを聞いても尚、わたしは無人の大地を見つめていた。

 テラーズ。

 そんな言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。

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