3-4
赤い大地に黒い影が三つ、くっきりと刻みつけられていた。
他に影を作り出すものは何もない。茫漠たる風景が、どこまでも広がっていた。〈フロンティア〉とは名ばかりの、この世の果てだ。
世界には無数の土地が余っているという。けれど人間たちは争い、時には他人を殺してまで、僅かな住みやすい土地を奪い合っている。土地を切り拓くには、並々ならない時間と労力を要する。そんな苦労をしたくないのは、誰だって同じなのだろう。
かといって、それが人の命を奪っていい理由にはならない。強者の暴力を看過し、か弱き者の弱さを責める世界。そんな価値観はやはり間違っていると、わたしは今でも思う。
「――怖い顔をしているね」
隣からヒースの声がした。彼は速度を落とし、わたしの横に付いていた。
しんがりを務めるのは〈名なし〉。ヒースの意見で、わたしを縦に挟む形での行軍となったのだった。
「ブッツァーティのことかい?」
「ええ、まあ」奴のことを考えなかったことなど、家を出てから一時もなかった。
「見つけたら殺してしまいそうな顔だったよ」
「大丈夫よ、殺しはしない」わたしは手綱を握りしめた。「やりたくてもそんなことは出来ない。だからせめて、あいつが法によって裁かれる様をこの眼で見たいの」
「君の願いが叶うよう、全力を尽くそう」
目の端で、何かが動いた気がした。
振り向いたけれど、何もなかった。赤い砂が、風に撫でられているばかりであった。
「どうかした?」ヒースが言った。
「今、何か動いた気がしたわ」
「この辺りには誰もいないよ。こんな荒野の真ん中には」
ああでも、と彼は続けた。
「テラーズの目撃情報はいくつかある筈だ」
「テラーズ……」わたしは呟いた。
terrors(恐怖をもたらす者)。荒野に出没し、人や家畜を襲撃するという野蛮人。彼らに攫われたら最後、二度と戻っては来られない。彼らは人肉を食べるのだ。バラバラに解体され、鍋で形が崩れるまで煮込まれる――。尤も、これらの噂は親が悪戯した子供を諫める時に語られる類いのものだった。人によっては、その存在を全く信じていない場合もあった。
「本当にいるのかしら。あれはおとぎ話の存在ではなくて?」
「ここは〈フロンティア〉だよ? 何がいたって不思議じゃないよ」
妙な説得力があった。
空想上の悪魔みたいなものに怯えなければならないなんて。またしても、ブッツァーティに対する怒りが沸騰し始めた。何もかも、あの男のせいなのだ。
それからいくらか進んだ所で、ヒースが言った。
「暗くなってきた……今夜はこの辺りで野営しましょう」
気付けば陽は傾き、地平線の近くにあった。上空は早くも濃紺の夜に染まっていた。
しかし、わたしはつい、声を上げてしまった。
「ここで?」テラーズの話を聞いた後では、とても野外で眠る気になどなれなかった。
「次の街まであと一日は掛かる。どんなに急いでも半日は必要だ」ヒースは言った。「それに、馬もそろそろ限界だよ」
彼の言葉通り、ソートの足取りは再び鈍くなり始めていた。無理をさせれば人工筋が快復出来なくなる。元々が年季の入った個体だから、丁寧に扱わなければ荒野の真ん中で移動手段を失う羽目にもなりかねない。わたしは観念した。
「大丈夫だよ、アニー」わたしの不安を見透かしたように、ヒースが言った。「彼と交替で寝ずの番をするから。君はテラーズなど気にせず眠るといい」
わたしは恥ずかしさで火照った顔を伏せた。
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